【完結】露蜜のカンバス~メスなボクでも幸せになりたい 作:渦螺しお
並木が緑に色づいた表三堂。網目のように影が落ちるオープン・テラスの空席に、図録を差し込んだトートと
「んふ~、ここのイチゴショート最っ高! ほっぺ落ちるぅ~」
「くすっ、本当に落ちそう」
「そおそぉ。最近しもぶくれが加速して……って、カミングアウトさせるなっての」
「ぶにってしたくなるよね、その頬」
「くぅぅ、明日から本気を出すっ! だからそのザッハトルテ、ひと口ちょうだぃ~」
気兼ねのない友達との楽しい時間は、リオを普通の18歳にしてくれる。リオが自分と同世代の男女で、気楽に話ができるのは真憂と健也だけ。特に男子は苦手で、小さい時から常に自分を茶化す存在だった。
(……ついつい、嫌なことを思い出しちゃうな。もう関係ないのに──)
男性を好きになる心、反応する身体。そのせいで、未だ癒えきっていない大きなトラウマもある。
父親を亡くし、母親から娘のように育てられる。
「──ねえねぇ。ところでさぁ……」
物思いに耽るリオに真憂はぬっと顔を近づけ、小声で話し始めた。
「ここだけの話。リオってさ、〝彼氏〟いるんでしょ」
「うん」
今まさに思い起こしていた神代の存在が、リオの中で「彼氏」としてすんなり重なる。真憂はリオが躊躇なく返事をしたことに、安堵した様子で胸をなでおろした。
「そっかぁ、よかった~! じゃあ私が〝彼女〟だからね。いい?」
「『いい』も何も……普通に友達でいいじゃない」
「ダメぇ~。好きな女の子が出来たら、ぜぇったい教えて欲しいからっ。それまで暫定カノジョ。はい、もう決めたもんね!」
「えっと……まあ、いいか」
真憂は真っ赤な頬にショートケーキのイチゴを頬張り、にこにことリオを見ている。親しい友人を、彼女独特のニュアンスで言い換えたのだろう。リオは好意的に解釈して、オレンジティーを口にした。
真憂が見たいというので、美佐緒がデザインを手掛けるアパレルショップへ。道すがら、初夏の日差しがきらめくショーウィンドウに映りこむリオを見て、真憂は写真を撮らせてくれと頼んできた。
「ぅう~ん、素敵が過ぎるっ。今日の服も最高ぉっ。マネキンが踊り出て来たみたい~」
「もう、やめてよ大きな声で」
恥ずかしそうにするリオを余所に、スマホでカシャカシャ、乗りに乗って撮り続ける真憂。
透け感たっぷりのシアーレイヤードが女子垂涎の細身なスタイルを際立たせ、デニムのショートパンツから
「……うほほ、満足マンゾク。これしばらく待ち受けにしよ!」
手で光を遮りながら、撮ったばかりの画像を二人で覗き込む。そこへ、背後から男の声が聞こえてきた。
「リオ、だよな」
不意に自分の名を呼ばれて振り向くリオ。相手の顔を見るなり、仰天した。
「川辺……君?」
「やっぱり、井山理央だ。久しぶり!」
おとなしげなソフトセンターパート。オーバーサイズな白のブロードシャツ。高校時代の学友・川辺は、リオの反応にぱっと顔を明るくした。一方、リオは何とか笑みを作ってはいるものの、その表情に
「久し……ぶり」
「ああ。〝彼女〟が『すっごい綺麗な子がいる』なんて騒いでさ。よく見たらリオだったんで、ビックリして」
「なんか、その。すごく……綺麗になったな。高校の時も目立ってたのに……もうその辺の女子より可愛くて、本当にモデルみたいだ」
「……」
返す言葉がない。まったく思い出したくない「トラウマ」との、望まぬ再会。そして
「お話中、すみませぇ~ん。私たち、ちょぉっと約束があるんで。行こ、リオ」
真憂は二人の間に割って入ると、半ば強引にリオの手を引いてその場を離れていく。
「え、あ……ちょっと待ってくれ。リオ、連絡先を教え──」
「アタシたちも行こう?」
「う、うん……」
川辺もまた、彼女に引っ張られ反対側へ。誰もいなくなったところへ、日陰の冷たい風が吹きこみ、残っていた熱は消えた。
真憂に引っ張られ早足で歩いていたリオは、角を曲がったところで足を留めた。
「待って真憂。もういいよ」
「何よ、あのクソダサシャツ。昔の知り合いヅラして馴れ馴れしいったらもぉ。万死!」
やれデートの邪魔をされたなど、ひたすら怒る真憂。いささか過激ではあるが──リオは彼女の心遣いが頼もしく、素直に嬉しかった。
「ボクがもどかしくしていたから……ごめんね。でも、ありがとう」
「ぁいい、いやいやそんな! 私も調子に乗ってあるまじき強引な所業を。ほんっとゴメン!」
真憂も細かい事情がわからないなりに察して謝り続ける。
何とか気分を変えつつ、にこやかに歩き出すも……リオはなぜか不安に覆われる。
(やっぱり……ダメ。毎日がいい感じって思った途端、〝何か〟がやってくる。やだな、やっと普通に、幸せになってきてたのに……)
不意にぞくっとして、二の腕をつかむ。先ほどの冷たい風が、リオを追うように吹き付けていた。
リオとの衝撃的な
「……ねえ。さっきのって元カノ?」
沈黙に堪りかねて尋ねる彼女に、川辺は慌てて答えた。
「ええっ? 違うよ。何言ってるんだ」
「だって……さっきから、あからさまに変なんだもの」
「いや、本当に何も無いって。そもそもあいつ、男なんだから」
「うっそぉ──!? 冗談じゃないよね?」
「じゃないよ。ない……けど」
記憶がアップデートされ、興奮とともに鼓動が大きく耳を打ち始める。
(本当に驚いた。真っすぐ見られないぐらい、可愛くなっていて……つい昔を思い出して、熱くなってしまった。そういやリオ、東美(東京美大)に行ってるって──そうだ! あの古いスマホに、まだ電話番号が──)
とてつもない焦燥感に覆われる川辺。気づかぬうちに、薄気味悪い笑顔で虚空を見つめていた。
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※本作は下書き完結済 です!