※この作品はR-18です。

【完結】露蜜のカンバス~メスなボクでも幸せになりたい   作:渦螺しお

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11 街

 並木が緑に色づいた表三堂。網目のように影が落ちるオープン・テラスの空席に、図録を差し込んだトートと手提げ袋(ショッパー)が並ぶ。リオと真憂はギャラリー観覧を終え、昼下がりのティータイムを楽しんでいた。

 

「んふ~、ここのイチゴショート最っ高! ほっぺ落ちるぅ~」

「くすっ、本当に落ちそう」

「そおそぉ。最近しもぶくれが加速して……って、カミングアウトさせるなっての」

「ぶにってしたくなるよね、その頬」

「くぅぅ、明日から本気を出すっ! だからそのザッハトルテ、ひと口ちょうだぃ~」

 

 気兼ねのない友達との楽しい時間は、リオを普通の18歳にしてくれる。リオが自分と同世代の男女で、気楽に話ができるのは真憂と健也だけ。特に男子は苦手で、小さい時から常に自分を茶化す存在だった。

 

(……ついつい、嫌なことを思い出しちゃうな。もう関係ないのに──)

 

 男性を好きになる心、反応する身体。そのせいで、未だ癒えきっていない大きなトラウマもある。

 父親を亡くし、母親から娘のように育てられる。神代(かみしろ)のような男性に安心し惹かれることは、不安定に生きてきたリオにとって必然のことだった。

 

「──ねえねぇ。ところでさぁ……」

 

 物思いに耽るリオに真憂はぬっと顔を近づけ、小声で話し始めた。

 

「ここだけの話。リオってさ、〝彼氏〟いるんでしょ」

「うん」

 

 今まさに思い起こしていた神代の存在が、リオの中で「彼氏」としてすんなり重なる。真憂はリオが躊躇なく返事をしたことに、安堵した様子で胸をなでおろした。

 

「そっかぁ、よかった~! じゃあ私が〝彼女〟だからね。いい?」

「『いい』も何も……普通に友達でいいじゃない」

「ダメぇ~。好きな女の子が出来たら、ぜぇったい教えて欲しいからっ。それまで暫定カノジョ。はい、もう決めたもんね!」

「えっと……まあ、いいか」

 

 真憂は真っ赤な頬にショートケーキのイチゴを頬張り、にこにことリオを見ている。親しい友人を、彼女独特のニュアンスで言い換えたのだろう。リオは好意的に解釈して、オレンジティーを口にした。

 

 真憂が見たいというので、美佐緒がデザインを手掛けるアパレルショップへ。道すがら、初夏の日差しがきらめくショーウィンドウに映りこむリオを見て、真憂は写真を撮らせてくれと頼んできた。

 

「ぅう~ん、素敵が過ぎるっ。今日の服も最高ぉっ。マネキンが踊り出て来たみたい~」

「もう、やめてよ大きな声で」

 

 恥ずかしそうにするリオを余所に、スマホでカシャカシャ、乗りに乗って撮り続ける真憂。

 透け感たっぷりのシアーレイヤードが女子垂涎の細身なスタイルを際立たせ、デニムのショートパンツから白皙(はくせき)の生足が覗く。雑誌モデルの撮影かと見まがう景色に、通り過ぎる幾人かは足を留め、リオの美麗さに見入っていた。

 

「……うほほ、満足マンゾク。これしばらく待ち受けにしよ!」

 

 手で光を遮りながら、撮ったばかりの画像を二人で覗き込む。そこへ、背後から男の声が聞こえてきた。

 

「リオ、だよな」

 

 不意に自分の名を呼ばれて振り向くリオ。相手の顔を見るなり、仰天した。

 

「川辺……君?」

「やっぱり、井山理央だ。久しぶり!」

 

 おとなしげなソフトセンターパート。オーバーサイズな白のブロードシャツ。高校時代の学友・川辺は、リオの反応にぱっと顔を明るくした。一方、リオは何とか笑みを作ってはいるものの、その表情に翳(かげ)りを隠せずにいる。

 

「久し……ぶり」

「ああ。〝彼女〟が『すっごい綺麗な子がいる』なんて騒いでさ。よく見たらリオだったんで、ビックリして」

 

 傍(かたわ)らに立つ、パステルカラーのフェミニンなワンピースに身を包む女子。リオをじっと見定めるなり、川辺に寄り添う。川辺はどこか目のやり場に困ったように、微妙に視線を泳がせては、リオの上から下までチラチラと目をやる。

 

「なんか、その。すごく……綺麗になったな。高校の時も目立ってたのに……もうその辺の女子より可愛くて、本当にモデルみたいだ」

「……」

 

 返す言葉がない。まったく思い出したくない「トラウマ」との、望まぬ再会。そして相(・)変(・)わ(・)ら(・)ず(・)デリカシーがないことを上書きする。妙に興奮している川辺に反し、さっきまで楽しくしていたリオの気分は、一瞬にして地に落ちた。

 

「お話中、すみませぇ~ん。私たち、ちょぉっと約束があるんで。行こ、リオ」

 

 真憂は二人の間に割って入ると、半ば強引にリオの手を引いてその場を離れていく。

 

「え、あ……ちょっと待ってくれ。リオ、連絡先を教え──」

「アタシたちも行こう?」

「う、うん……」

 

 川辺もまた、彼女に引っ張られ反対側へ。誰もいなくなったところへ、日陰の冷たい風が吹きこみ、残っていた熱は消えた。

 真憂に引っ張られ早足で歩いていたリオは、角を曲がったところで足を留めた。

 

「待って真憂。もういいよ」

「何よ、あのクソダサシャツ。昔の知り合いヅラして馴れ馴れしいったらもぉ。万死!」

 

 やれデートの邪魔をされたなど、ひたすら怒る真憂。いささか過激ではあるが──リオは彼女の心遣いが頼もしく、素直に嬉しかった。

 

「ボクがもどかしくしていたから……ごめんね。でも、ありがとう」

「ぁいい、いやいやそんな! 私も調子に乗ってあるまじき強引な所業を。ほんっとゴメン!」

 

 真憂も細かい事情がわからないなりに察して謝り続ける。

 何とか気分を変えつつ、にこやかに歩き出すも……リオはなぜか不安に覆われる。

 

(やっぱり……ダメ。毎日がいい感じって思った途端、〝何か〟がやってくる。やだな、やっと普通に、幸せになってきてたのに……)

 

 不意にぞくっとして、二の腕をつかむ。先ほどの冷たい風が、リオを追うように吹き付けていた。

 

 

 リオとの衝撃的な邂逅(かいこう)の後。川辺は心ここにあらずな顔をして、彼女と表三堂をふらついていた。

 

「……ねえ。さっきのって元カノ?」

 

 沈黙に堪りかねて尋ねる彼女に、川辺は慌てて答えた。

 

「ええっ? 違うよ。何言ってるんだ」

「だって……さっきから、あからさまに変なんだもの」

「いや、本当に何も無いって。そもそもあいつ、男なんだから」

「うっそぉ──!? 冗談じゃないよね?」

「じゃないよ。ない……けど」

 

 記憶がアップデートされ、興奮とともに鼓動が大きく耳を打ち始める。

 

(本当に驚いた。真っすぐ見られないぐらい、可愛くなっていて……つい昔を思い出して、熱くなってしまった。そういやリオ、東美(東京美大)に行ってるって──そうだ! あの古いスマホに、まだ電話番号が──)

 

 とてつもない焦燥感に覆われる川辺。気づかぬうちに、薄気味悪い笑顔で虚空を見つめていた。





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