※この作品はR-18です。

【完結】露蜜のカンバス~メスなボクでも幸せになりたい   作:渦螺しお

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12 高校①

 リオは絵を描くのが好きだった。小さいころから、母・美佐緒が家でデザインラフを四六時中描いていた影響が大きい。

 高校進学も母の勧めで、自然と美大推薦枠が充実しているところを選んだ。

 

「ここ、制服カワイイじゃない! ジェンダーレス採用か……ありがたい時代よねぇ」

 

 女子用のズボンがある、たったそれだけで得られる安堵。実際に着てみれば、リオのために誂えたかと思えるほどだった。

 この時ひと区切りついていた笹川の調整。そのせいで〝忌むべき事件〟もあった。それでも……自分自身を自然に出せる機会を得、リオは前向きに挑んだ。

 

「行ってきまーす」

 

 毎朝の明るい声。美佐緒を始め、以前の学校からの説明が繊細に入っていたこともあり、高校生活は円滑に進んでいく。

 

(みんなやさしいし、ちゃんと新しい生活に入っていけてる。ママのためにも、しっかりしなきゃ!)

 

 ブレザーを脱ぐ6月。端正なAラインで、細身の身体にふくらみ始めた尻が際立つ。声もいつまでも高いため、誰も初見で男子と思う者はいない。

 それ以上に、日増しに研ぎ澄まされていく、ハーフで女性的すぎる美貌。性格はおとなしく、神秘的。生徒たちの間で密やかな「学校一の推し」になるのは、あっという間のことだった。

 

 月日は過ぎ──

 文化祭にバレンタインデー。節目で女子による抜け駆け告白──思春期女子にありがちな同性恋慕を受けつつ、男子とはどこか疎遠。

 色恋から適当に距離を取る日々の中。高校二年の時、『彼』はごく自然に現れた。

 

 「いい絵だよな、それ。何て言うやつ?」

 

 放課後、西日が差し込む図書室。画集を見ていたリオに、知らない男子が声をかけてきた。ソフトセンターパートの柔和な面立ち。リオは珍しく抵抗なく、自然に返した。

 

「……『膝を曲げて座る女』。エゴン・シーレっていう画家の作品だよ」

「へえ。俺、全然詳しくないけど……線の引き方がなんか、とてもやわらかでいいよな」

「自分の中でどう感じたかでいいと思う。ボクもこの人の絵に、何となく惹かれてるだけだから」

「そう、それ。何となく……この女性、ちょっと君に似てると思ってさ」

「え……ボクに?」

「寂しそうで、誰かを呼んでいるような」

 

 不意に投げられた言葉に、リオの心臓が小さく跳ねる。

 笹川から丹念に刻み込まれた、特異な自分。はっきりと言えないそのもどかしさを、カンバスに代弁してくれたようなシーレのこの一枚。それを「似ている」と言われ、リオは初めて、自分の内側にやさしく触れられたような、甘い感覚に囚われた。

 

「俺、川辺颯太(かわべそうた)。君の名前、訊いてもいい?」

「井山……理央。リオでいいよ」

「じゃあ、お言葉に甘えて。リオはよくここに来るの?」

「うん。ここか、部活の教室。静かに、一人で過ごせるから。川辺君は?」

「俺も似たようなもん。ま、赤点追試の勉強で来てるんだけどさ」

「くすっ。じゃあ誰かさんが画集を見てるのを、覗いてる場合じゃないよ」

「そ、そうだな。ごめん」

 

 くせ毛をきらめかせ、琥珀色の瞳で画集を見入る女子。その美しい横顔に魅かれて声をかけ……僅か数分、その大人びた笑顔と高くも落ち着いた声色が、何もかも川辺の胸の奥に刺さり込んだ。

 

「あのさ……また話かけていいかな?」

「いいよ。追試、頑張ってね」

 

 リオは画集を閉じ、本棚へ差し込むと、図書室を後にした。一人たたずむ川辺は、その場に残った微かな花のような香りを、思いきり吸い込んだ。

 

 それから二人は、図書室で逢うようになった。偶然を装い毎日覗きにくる川辺と、気まぐれで来るリオ。ほどなくしてLyNEを交換し、いつしか示し合わせて逢える仲になっていった。

 

「なあリオ、今度俺ん家へ遊びにこない?」

 

 下校の道。夕日に伸びる影を背に、川辺は深呼吸をひとつ、思い切ってリオを誘った。

 

「行って何をするの?」

「こないだ、俺が聴いてる音楽に興味あるって言ってたじゃん。ほら、イギリスの、ちょっと古いロック」

「あ……うん。名前は忘れちゃったけど、あの気だるい感じは好きかも」

「ああいうの聴きながらダラダラするの、最高なんだ」

「ふふふ。だから赤点なんじゃない?」

「いやもう頑張ってるって。追試はあの出会った時だけだから。で……今週の土曜日、ど、どうかな」

「いいよ。じゃあ待ち合わせ場所を決めてくれる?」

「やったあ! ……あ、ゴホンッ。後でLyNE送るな」

 

 天にも昇る心地で拳を握りしめる川辺。リオはその嬉しさをシェアする反面、少し困惑しながら髪を耳にかけた。

 親しい男子の部屋に行く。「普通の女子」なら、その先の展開を少なからず意識して行く場所。だが──

 

(ボクのことを知らないと思うけど、〝どっち〟だと思って誘っているんだろう。でももし、そ(・)う(・)なっても、川辺君なら、きっと……)

 

 ここまでずっと自然に接してくれていた川辺のこと。リオは特異な自分を受け入れてもらえることに、期待を募らせた。

 

 

 日中はまだ暑い、10月の土曜日。二人は川辺の家近くのコンビニで落ち合った。

 

「私服、初めて見たけど……カッコいいな」

「ありがとう。お呼ばれだから制服で行こうとしたのに、ママに着せられちゃって」

 

 薄グレーのタイトなニットに、チェックのショートパンツ。そこに、黒のニーハイに包まれた、驚くほど長い足が伸びている。落ち着いたモノトーンが、却ってスタイルのよさを際立たせていた。

 

「いやあ、めっちゃかわいいよ。それに今日はウチ、誰もいないから気にしなくていいし」

 

 二人きりであることを告げられ、あらためてどきんとする。その瞬間──下半身、花芯(ペニス)と窪み(アヌス)に、同時にじゅんっと熱がこもった。

 

(えっ……うそ。何で)

 

 リオは慌ててバックパックをおろし、前に抱えた。

 

「あれ? どうしたの。鞄、持とうか」

「いい、いいの。大丈夫。気にしないで」

 

 恥ずかしさと恐ろしさ。頬を赤らめ、青ざめる。かつてないほどの混乱がリオを襲う。笹川の調整が、初めて〝男〟を意識したことで、いよいよ開花し始めたのだった。





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