【完結】露蜜のカンバス~メスなボクでも幸せになりたい 作:渦螺しお
東京美大・アートセラピー学科。リオは准教授・
「この論文をプリントアウトして」
「……はい」
二人きりの研究室。デスクの一角で、ノートPCの操作をしているリオ。神代はその後ろから、ぐっとモニターを覗き込んだ。
「井山君、今朝はどことなく元気がないようだけど。何かあったのかい」
「ひっ」
小さく悲鳴を上げ、大げさに退くリオ。今朝から様子がおかしいと気にかけたのだが、反応は決定的だった。
「過覚醒状態、だね。痛々しいほどの緊張が伝わってくる」
「ご、ごめんなさい」
「謝ることはないよ」
神代はゆっくりとリオのノートPCのモニタを閉じ、リオの横に腰掛けた。
「よかったら、話してごらん。少しでも言葉にするだけで、気持ちの区切りがついていくから」
リオは一瞬、期待を込めた目を神代へ向けたものの、すぐにうつむいた。
「でも……こんな悩み、話したところで……」
「私が何を教えているか、当然理解しているね」
「それは……」
心理療法のプロが、リオの、世界でおそらく自分だけしか抱えない悩みを聞いてくれる。彫りの深い、端正な顔立ちの神代。円熟した落ち着きのある大人。この一ヶ月の間、補佐に付き、心を寄せられる人物だと心服してきた。すがりたい一方、個人的なことでわずらわせたくはない。
「
「神代先生……」
低く、よく通る声。あたたかい抱擁を感じるトーンで聞く「特別」という言葉。優秀だと異例の抜擢を受けた一年。さらに名前のほうで親し気に呼ばれ、せめぎ合う心は一気に溶けていく。
リオは
「今日で、三回目なんです」
普通ではありえない、生々しく倒錯した体験。神代は聞くにつけ、リオの部分部分を目で追った。潤いのある髪、長いまつ毛、艶やかな唇。黒ニットから覗く首元には産毛が光り、裾からは白いスキニーに強調された太腿がぴっちりと、並んで伸びている。
(さもありなん、か)
入学時の提出課題から目を着けていた学生。その奥に潜むものが、神代の興味や研究対象の域を超え始めていた。
「ボクが女じゃないって、わかっているはずなのに。なのに『女の子よりいい』なんて。そんな身勝手な気持ちを、手指を使って、ボクに刻み込んで──」
言葉を飲み込み、身体を震わせて自分を抱きしめるリオ。か弱い姿に神代は高揚を覚えるも、巧みに隠しつつ、やさしくゆっくりと語りかけた。
「つらいことを、よく話してくれたね。だけどリオ君は運がいい。私はすぐに対処できる療法を知っているから」
「ほんとうですか!」
琥珀色の瞳を輝かせるリオ。神代はそっと立ち上がると、研究室ドアを静かに施錠した。
「今から君に、ハプティック・セラピーを試そうと思う」
「確か触覚療法、ですよね」
「脱感作といってね。不快な刺激を覚えている内に、心地よい刺激で上書きをするんだ。身体で受けた記憶は、身体感覚で更新するのが一番早い」
「先生が、ボクに……?」
「本来のアートセラピーなら石膏や粘土を用いるんだが……今の君にはこの方が効果的だろう。もちろん、抵抗があるならやめておくよ」
「……わかりました。どうか、お願いします」
敬愛する男性の思いやりに、リオはほっと安堵の息をつく。それを見た神代は、思わず唇を舐めた。
「ではまず、手先から二の腕を試して様子を見よう。そのシャツを脱いでもらえるかい」
「はい」
素直に従い、青いブラウスのボタンを外して脱ぎ始めるリオ。黒のキャミソールに際立つ真っ白な肌。細い肩紐が乗るなだらかなカーブに、神代は驚いた。どう見ても男性ではないラインを目の当たりにして。
恥ずかしそうにもじもじとする姿。神代は深くひと呼吸を終えると、リオの右手を手に取った。中指から手の甲へ、ゆっくりと指先を這わせる。熟知している神経の経路を丁寧になぞっていく。二の腕の内と外をつかむようにしながら、腋に向かって上がった時だった。
「んんっ……」
飲み込まれた甘い声。同時に、リオの陶器のような肌は、全身に渡り、あっという間に紅潮しはじめた。
(信じられん。まさか、感じているのか? それも、こんなに早く)
神代は一番わかりやすい股間の反応──その愛らしい隆起に気づかないふりをする。肩口までを撫で終えると、続けざまに左側を始める。ふと触れた手首から、脈が早くなっていくのが感じ取られた。
「んっ、んっ……」
堪えきれないさまで、またしても漏れてくる声。一応は真摯な治療のはずが、そうは見えにくい様相へと変わりつつある。
リオの肌はすっかり紅く染まり上がった。さらりとしていたそれは、しっとりと湿り気を帯び、ジャスミンのごとき香気が立ち上がっている。目を潤ませ、上気した表情のリオ。神代のあまりにも巧みな指先に、朝の痴漢体験への上書きどころか、上乗せになってしまっていた。
(ダメ……また〝開きそう〟。いけない気持ちがどんどん膨れ上がって、先生の親切を仇で返してるみたい)
「はぅ、ん」
ふと出てしまった、熱い吐息。神代は立ち上がると、リオの背後へと回った。
「筋肉の硬直はずいぶんとほぐれたようだが、気分はどうだい」
「は、はい。ありがとうございます。とても……その、ふわふわとして。気持ちいいです」
「上書きがうまく行っているようだね。今度は肩から胸をやってみようか。その前に、両手を背もたれの後ろで組んでみて」
「こう、ですか……ぁっ」
ハンカチのような何かが両手首にかけられたかと思うと、きゅっという音と共に縛り上げられた。
「せ、先生。何を」
「ああ、肩の力を抜いて。少しくすぐったいだろうからね。こうして少し拘束しておくと、身を任せやすいんだ。それじゃあ、続けるね」
「ひぁっ」
不意にうなじに触れた、指先とは違う感覚に、びくりと身体が踊る。
(は、羽ペン?……ふあぁっ)
首筋の産毛をふわり、絶妙に撫でては、硬めの先で神経をたどる。喉仏の目立たない滑らかな首から、やがて肩甲骨の下に進み……その途中、それはとても器用で、自然に。神代は親指でキャミソールの肩ひもをくっと引っ掛け、外した。
パットの重みではだけていく胸部分。リオは思わず身体をよじったことで、胸部分がすっかり脱げ落ちてしまった。
「ああっ、いや。先生、服が……」
「大丈夫。男同士なんだから、恥ずかしがることはない。とてもきれいな胸だよ」
「きれいって、そんな……んんっ」
ピンクの愛らしい突起。羽根がすうっと縦に横に、敏感なそこに触れぬよう、かわすようになぞられていく。
「んん、んっ」
何度も何度も、執拗に。まるで焦らされるかのように周囲を撫でられ続けたことで先端はぷっくりと膨れ上がり、その感度はピークに達していた。
「はぅ……先生」
「うん、どうした」
リオは神代を潤み切った目で見上げ、ぼんやりしながら懇願の言葉を口にした。
「触って、ください」
「どこをだい? はっきり言ってくれるとありがたいな」
「その、先のところを……ち、乳首をさわっ、んぁああああんんっ!」
お願いを言い終える前に、激しくリズミカルに指先で弾かれる乳首。その不意打ちに、リオは思わず大きな喘ぎ声をあげてしまった。
「ぁ、あん、ぁあんっ!」
「とても気持ちよさそうだね。こんなによく効くとは思わなかったよ」
耳元で囁く声にぞくぞくとしながら、乳首からの快感は跳ね上がる。〝
さらに前──控えめな
(ああ、ダメッ、いく、イク、いっちゃ──)
快楽の雷が脳天を突き抜けようとした、その瞬間。神代の指が、ピタリと止まった。
「……えっ?」
あと少し。あと数ミリで達していた快感。神代はまるで気づかぬ様で、淡々と縛った後ろ手を解き、リオのキャミソールをやさしく着せ直した。
「はい、お疲れ様。そろそろ時間だから。セラピー終了だよ」
突然打ち切られた快楽の波。リオの頭で複雑に渦巻く、未達の快感と混乱。脱いだ黒ニットを抱きかかえながら、切なげに言った。
「せ、先生、どうして」
「……君も二限目があるだろう。まずは学生の本分からね」
神代は研究室ドアに向かい、施錠を外した。
しばしの間を経て……リオは仕方なくトートバッグを手に取り、重い足でドアへと向かう。
「失礼、します」
ドアを開けて待つ神代が、通りすぎるリオに声をかけた。
「今度、私のマンションに来るかい?」
はっとするリオ。神代はにっこりとほほ笑んだ。
「明日の夕刻なら空いている。リオ君の都合がよければ、LyNEに連絡して」
ふっと耳元に唇を近づけ、囁く。
「その時に、続きを最後までしてあげるよ」
言葉が耳をくすぐる。呆然としたまま廊下へと出るリオ。数歩進み、研究室ドアのぱたりと閉まった音を聞くなり、へなへなとへたり込んでしまった。
「続き……」
リオはしばらく、その場から立ち上がることができなかった。