※この作品はR-18です。

【完結】露蜜のカンバス~メスなボクでも幸せになりたい   作:渦螺しお

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23 フィットネスクラブ④

 木工科の工房。老朽化した配管むき出しのコンクリート壁に、蒸し暑さと木くずの匂いがこもる。徹夜続きで顔色の悪い学生たちが、鬼気迫る様子で課題制作に没頭していた。

 

「……椅子か」

 

 神代(かみしろ)は高木健也と、彼が取り組んでいる風変わりな椅子に目を留めた。合板で構成されたそれに何度も座り、ぎいぎいとしならせては心地を確認している。

 

「良いねこれ。コンセプトは?」

「あ、神代先生! え~っと『木に抱かれる』です」

「これは予想外に使えるな……いや、こっちの話。ああ、板野教授。彼の作品すごくいいですね、癒しがあって。どうでしょう、うちの演習で講評してみたいのですが」

 

 丁度通りがかった、薄汚れた作業服に口ひげの男が、笑顔で返した。

 

「構わんよ。単位だけうちの課題扱いにしてくれれば」

「もちろんです。じゃあ高木君。今回の提出は免除でいい。うちに来てもらおう」

「まっ、マジですか!? うおお、やったあ!」

 

 歓喜で小躍りする健也に、他の学生たちから微妙に白けた視線が集まる。

 

(駒をひとつ確保だな。さて、タスクを手早く潰していくか)

 

 神代は椅子の縁をひと撫でして、にっと笑った。

 

 

 17:00からのシフトで『コアフィット』へやってきたリオ。雑居ビル一階の看板、クラブのロゴタイプを見るだけで気持ちは沈む。それでも健也との約束を律儀に守る自分が、正直よくわからなくなっていた。

 

 郷原の顔を見たくない。あんな写真を送りつけて……思い出すだけでも身の毛がよだつ。せめて今だけでも、出かけてくれていれば……

 ささやかな安堵を思いながら、エントランスへ。受付には、ユニフォームを着た見知らぬ男が立っていた。

 

「──あっ! 君……ひょっとして、高木健也君のヘルプの子かな」

「はい。何か……?」

 

 男はしきりに目を泳がせながらリオに近づいた。

 

「突然でごめんね。急遽『上』からの指示で来ていて。それで君、もう今日からここに入らなくてOKだから」

「え、え?」

 

 本当に突然過ぎて、思考がついて行かない。マネージャー代理だと言う男は、何とも滑舌の悪い様子で、作り笑いを浮かべている。

 

「お詫びに、シフト入っている分は全部清算して振り込むから。とりあえず今日は帰って。ね、ね?」

 

 腫れ物に触れるかのように、しきりに出口へと促す。リオは言われるがままに名札とロッカーの鍵を渡すと、ぼんやりと会釈して踵(きびす)を返した。

 

「──リオ! お~いっ!」

 

 雑居ビルを出たところで、再び驚く。健也が手を振りながら、息せき切って走って来た。

 

「健也君。どうしたの」

「ま、間に合った……聞いてくれ。俺の課題、神代先生のところで講評がもらえることになってさ! 晴れて免除! だからバイトも、もう代われるようになったんだよ」

「それ、本当なの?」

「マジもマジ。迷惑かけて本当ゴメン! あらためてお礼す──あれ。どうしたの?」

 

 リオはその場で崩れるようにしゃがみ込み、顔を覆った。事情はわからず混乱したまま。それでもただ一点「もうここへは来なくていい」と楔(くさび)が打ち抜かれたことで、全身が震えた。

 泣きながら動かなくなるリオに、ただおろおろする健也。その間へ、低くよく通る声が入ってくる。

 

「往来でか弱い娘(こ)を泣かせるなど、感心しないな、高木君」

「ちょ、先生、俺も何が何だか」

 

 リオはその声にびくりとし、涙でくしゃくしゃになった顔を上げる。聞き間違えるはずがない声。その主──神代が、現実となって目の前に立っている。

 

「か、かずっ──神代先生……」

「迎えに来たよ、うちの大事なSAをね」

 

 適切な距離の中にこもる思いやり。リオは琥珀色の瞳をゆらゆらとさせながら……必死で抱き着くのを堪える。神代はしゃがみ込み、そっとリオの背中へ手を置いた。

 

「車で話そう。じゃあ高木君は、ここでいいかな。後は頼んだよ」

「はい! ありがとうございます!」

 

 元気よく雑居ビルへ入っていく健也を尻目に、神代はゆっくりとリオを立ち上がらせ、愛車へと向かった。

 

 

 神代は適当な地下駐車場へ車を滑り込ませると、薄暗い隅の方で壁に面して停車した。

 シートベルトを外すなり……リオが胸にしがみついてきた。

 

「うわあああああん! 和樹さん! ごめんなさい、ごめんなさいぃぃ!」

 

 名を呼び、謝り、泣きじゃくるリオ。神代は背中に手を添え、ただされるがままになる。短くも長い。そんな時間が過ぎ……リオは落ち着きを取り戻しつつ、神代の胸の上で、訥々としゃべり始めた。

 

「和樹さんが……助けてくれたんですね」

「大して何もしていない。気にしなくていい」

「何でも、お見通し。だけど……」

 

 リオは強くしがみつき、また泣きそうな声になった。

 

「ボク、汚れてしまいました……もう、あなたに愛される資格なんて……──ぁっ」

 

 言葉を遮るように、神代はぐっと力強く抱きしめた。

 

「何度でも上書きしてあげるよ。お前は私のものだからね。お気に入りは手離さない主義なんだ、絶対にな」

「和樹、さん……ぁむ……」

 

 久しぶりのキスは、塩味(えんみ)が利いている。神代はそれを舌先で頬伝いにたどりながら、リオの眼球を舐めた。

 

「んあぅっ」

 

 心が跳ねる。焦らしては満たす、至福の愛撫。とろけるような、肉体が融解する感覚。神代の導きの深さに、リオはただ心の中で赦しを請うた。

 

 神代はリオの頬をそっと手で包み、額にキスをした。

 

「全て任せておけ。私が決着(ケリ)をつけてやる」

 

 再び強く抱きしめながら……神代は助手席の窓の向こう、その先の闇を睨みつけた。

 

(〝業腹〟などと、よく言ったものだ。私の「特別」を穢した罪、生きて償いきれなくしてやる──)





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