※この作品はR-18です。

【完結】露蜜のカンバス~メスなボクでも幸せになりたい   作:渦螺しお

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24 高架下

 夕闇が降りる頃。『コアフィット本社』から緊急の呼び出しを受けた郷原は、その帰り道を鬼の形相で歩いていた。怒り肩で風を切る様子に、通りすがる者の誰もが避けていく。

 

「懲戒解雇だあ!? ふざけやがってぇ!」

 

 立ち止まり、ビルの壁を殴る。本社法務部に送られてきたという、メール告発。送り主は東京美大総務課と、顧問弁護士の連名。

 

『本学学生に対する貴社社員の深刻な性加害行為』

 

 ──と題された書面。プリントアウトされたそこには、LyNEでの恐喝の写しと共に、企業倫理とイメージの乖離についての言及、大学としての対応要求が淡々と綴られていた。それを受けての、事実確認すらままならないほどの即時解雇。あっという間に追い払われたのだった。

 

「うがああああ──っ!」

 

 拳で殴り、パラパラと落ちるコンクリート片に、血が混ざる。食いしばった歯茎からも血が滲んでいた。

 

「……井山だ。あのガキぃ、一度ならず、二度までも。あんなによがるほど仕込んでやったのに、恩を忘れやがって!」

 

 リオ相手に晴れ晴れとし始めていた積年の恨みが、一瞬で、黒い怨念にまで転化する。拳の痛みなど感じぬほどに。

 

「──ああ?」

 

 コール音を耳にして、派手なラメ入りのセカンドバッグからスマホを取り出す。非通知設定だったが、郷原は躊躇なく出た。

 

「はい」

 

<<恐れ入ります。私、弁護士の『カ(・)ミ(・)ヤ(・)マ(・)』と申します。依頼人からの要請でかけておりますが……少しよろしいですか>>

 

「な、な……ちょっと待て。待ってください」

 

 慌ててビルの影に身体を滑り込ませる郷原。『カミヤマ』と名乗る男から、〝低くよく通る声〟で、事務的な伝達が続く。

 

<<──とまあ、〝過去の経緯〟も含め、警察への起訴事実として報告書にまとめまして。あくまで告訴といいますか、刑事事件として立件する方向で、というのが依頼人の強い希望でして>>

「け、刑事だと? そんな……示談は、示談は無いのか?」

<<ん~、まあ、無くもないですが、それは私の一存ではちょっと……>>

「何だ! あれば教えてくれ……ください! こちらも誠意を尽くしますから!」

 

 パニック状態で言葉遣いが安定しない。『カミヤマ』はのらりくらりとした様子で答えた。

 

<<では……今から言うところへ、今夜11時に来ていただけますか。担当の人間を寄越しますので、彼の指示に従っていただければ>>

「待ってくれ、メモを取っ……ああ、クソっ」

 

 セカンドバッグを滑り落とし、中身をアスファルトの上で散乱させる。這いつくばり、慌てて手帳だけひっつかむと、震える手でメモを取り始めた。

 

 

 夜でも蒸し返す暑さ。首都高の高架下、無数の自動車が走り抜ける轟音に晒される中。郷原は辺鄙(へんぴ)な場所での待ち合せに少し疑問を持ちながらも、ひたすら緊張で覆われていた。

 額の汗を腕で拭いながら数十分。待ち合わせより遅れて現れたのは、三人の黒ずくめの男たちだった。

 

「郷原ってのはあんた?」

「あ、ああ、そうだ」

 

 呼び捨てにする、筋骨隆々な男。ツーブロックに派手な刺繍が入ったジャージ。片手にはビール瓶を握っている。一瞥して普通ではない様に、体格に自信がある郷原でさえもすくんだ。

 

「おい」

 

 男が顎をしゃくると、傍らの手下らしき者が、封筒から書類を取り出した。

 

「……で、こいつを警察に持って行かねえように、あんたに買い取ってもらう話なんだがよ」

 

 男が掲げたのは、LyNE画面の写し。適宜モザイクがかけられているが、それはまさに、郷原とリオのやりとりである、決定的な証拠だった。

 

「そっ、相場がわからん。それは弁護士との相談で──」

「ぁあ? 知らねえよそんなこと」

 

 男は手に持っていたビール瓶を、高架の柱へ勢いよく投げつけた。派手に砕ける音に、郷原の身体がびくりと硬直する。もう一人の手下が、別の書面を郷原へと手渡す。そこに書かれた文言を見て、郷原は混乱して叫んだ。

 

「いいい、一億!? 一億の借用書って何──ひっ?」

 

 足元に、飲みかけのビール缶が勢いよく叩きつけられる。ツーブロックが近づき、銀色のボールペンを刺すように突き出した。

 

「あんたの名前を、その下に書け」

 

 気が付くと、三人で囲まれ、退路が閉ざされている。

 

「かかか、書くわけがないだろう! 正気じゃない! カミヤマって弁護士を出し──をごおっ!?」

 

 腹に勢いよく拳を打ち込まれ、息が止まる。くの字に折れ曲がったところ、首根っこをつかまれた。

 

「おいおい、ちょっと押しただけで大袈裟にすんなよ。まあとりあえずタイ辺りで船に乗ってもらうか。頑張ったら10年ぐらいで返せるんじゃねえか?」

 

 刺すような目でのぞき込まれ、郷原は失禁した。半グレから言い渡される、借金奴隷。テレビで観ていた絵空事が今、現実となって自分に降りかかっている。経緯もまったく謎なままに。

 男はスマホの時計を見ながら、手下に酒を買ってこいと指示した。

 

「まあゆっくりやろうぜ、郷原さ(・)ん(・)よ。どのみち、あんたみたいな犯罪者は、ブタ箱か〝これ〟しかねえ。まあ、嫌だってんなら親御さんと兄弟に頼んでもいい。千葉だっけか」

 

 シャツが汗で冷たく貼りつく。恐ろし過ぎて、冷静に判断ができない。ただ……男の台詞に、実家の老いた母親の顔を思い浮かべる。気が付くと郷原は、ミミズが這うような字で、借用書にサインをしていた。

 

 

 夜景を望む、自宅マンションの窓辺。神代はデザイナーズのソファに腰掛け、フリーメールの着信を確認した。

 

<買取完了>

 

 闇サイトからの短い返信を確認すると、神代はメールを削除してスマホを置き、正面でたたずむリオの横に座った。

 

「終わったん……ですか」

「ああ。もう心配ない。全て終わった」

 

 そっとリオの肩を抱き寄せる。安心からか、すっかり身体を弛緩させ、ゆだねきっている。そんなリオの頭を、神代はそっと撫でた。

 

 かつて学生がトラブルに巻き込まれた際、チェックしておいた闇サイト。神代はそこへ『暴行罪起訴寸前の男を売ります』と書き込み、買い手を見つけた。リオが何も知ることが無いままの決着。その時間、僅か半日。神代はPCとスマホだけで目障りなゴミを片付け終えた。

 

(おそらくもう戻ってはこれまい。せいぜい新しい職場で筋肉を鍛えるんだな、朽ち果てるまで)

 

 リオは髪に触れる神代の手に、そっと自分の手を添えた。

 

「和樹さんは、ヒーローです。ボクの、ボクだけの……」

「そうだな。まあ、悪役(ヴィラン)だがね」

「ヴィラ……ン……?」

「何でもいい。お前を守ってやれるのならな」

 

 深く、キスをする。リオは安堵を心から示すように、自分の舌を絡める。

 

(守ってやる……か。我ながら、つまらんことを言う)

 

 管理者か、保護者か。それとも──

 少し曖昧になる自分を、神代はリオの味と共に愉しんでいた。





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