【完結】露蜜のカンバス~メスなボクでも幸せになりたい 作:渦螺しお
肌にうるさい夏の日差しが落ち着き、街の空気が軽くなる。
リオは母・美佐緒と共に、代菅山のアパレルショップ『EIDOS』の
コンクリートとメタルとガラス。ミニマルに構成された、30坪ほどの店内。会場となった今日は業界関係者が50名ほどひしめき合う。簡単な立食がセッティングされた中で、それぞれに談笑している。そのざわめきが、美佐緒たちの登場で一気に静まり返った。
”井山美佐緒だ”
”提携先で、出すデザインを全部当てているっていう、あの”
”それより隣の子、何? めっちゃくちゃスタイルいい!”
"専属モデルよきっと。すっごい美人! ノーメイク! 顔ちっさ!”
今回の新ショップ/ブランド立ち上げに当たり、新たに独自デザインの提供を頼まれていた美佐緒。場の誰もが知る実績を持って、混みあう中へ威風堂々と入っていきながらも……その内心はリオにだけこそっと吐露された。
「どう、リオ。すっごいでしょぉ~あなたの注目度。ほら、もっと顎と口角を上げて」
「む、無理だってこれ以上。恥ずかしくて泣きそう……」
美佐緒がこの日のためにデザインした、シルキーな黒のジャンプスーツのみの出で立ち。完璧なバランスのAラインに、会場の誰もが目を奪われる。美佐緒の隠し刀──親バカがさく裂した、鮮烈なお披露目であった。
一方、リオは顔面が硬直したまま。幸いにもそのおかげで近寄りがたさが増し、美佐緒が挨拶をする間も気安く声を掛けられることもなく。鉄面皮の下で安堵を感じていた。
「美佐緒さん! 遅いよ~」
「あ、鳴瀬君。ごめん、ちょっと手間取っちゃって」
快活な様子で、親し気に。爽やかなアップバングに薄く顎髭を整えた男が近づいてきた。
「ともあれ、来てくれてありがとう。美佐緒さんがいないとこのレセプション、意味が無くなるから」
「まあ、
「プレッシャーがキツいなあ。ま、バリバリ売らなきゃね、協力してくれる皆さんのためにも」
鳴瀬は小気味よく美佐緒と話し込みながら、ふっと後方で顔を背けながら、隠れるように立つリオに目を留めた。
「ところで、後ろの方は? それ、ウチで出すジャンプスーツでしょ。美佐緒さんのところのモデルさん?」
「ふふ~ん、よくぞ聞いてくれました!」
「きゃっ?」
美佐緒はリオの両二の腕をつかみ、ぐいっと前に突き出した。
「あたしの子、リオ! どお、驚いた?」
急に晒しものにされ、怨み半分戸惑い半分。リオは俯き加減で顔を赤らめる。
「ほら、リオ。ママの大事なクライアントにご挨拶して」
「こ、こんにちは……」
ゆっくりと上目づかいに。視界に入った鳴瀬の顔は、少し驚いた様子で、リオの顔を見つめていた。
「──っ、あ……『EIDOS』代表の
「やだ鳴瀬君、何なのそのカチコチの挨拶。らしくない」
「すみません。あまりにもウチの服が似合ってるもんだから……あらためて。美佐緒さんの面影がありますね。髪の癖まで」
(えっ──)
リオはどきっとした。今日は服に合わせ、ジェルでかなりタイトに撫でつけている。その髪を、母に似ていると指摘されたことに。
(すごい……ママがやり手だって言ってたけど、こういう細かい観察力のことを言うのかな)
それに、妙なお世辞を並べ立てないところ。大概の男はなめるように上から下まで見ては、顔とスタイルを褒めそやす。それが無いのは好感触だった。
「こら、鳴瀬君。ダメよこの子は。まだ学生なんだから」
「やめてくださいよ、そういうの。でも……出来たらウチのオンラインショップでモデルやってほしいですね。CVR(購入率)がとんでもないことになりそう」
「それは聞き捨てならない! リオ、ちょっと考えよっか」
「いいい、いやっ、だめダメ! そんなこと絶対できない!」
リオの歳相応で素な取り乱しに、近寄りがたさがくずれたのか……ふうっと周りに和んだ空気が漂う。鳴瀬は名刺を取り出すと、リオに手渡した。
「当然、美佐緒さんは通すけど……気が向いたら連絡して。是非、お待ちしてますので。じゃあ美佐緒さん、また後で」
にこやかに挨拶すると、また忙しなく別のテーブルへ。騒々しい一幕を終え、リオは手にした名刺をつかんだまま、無意識に指先でなぞっていた。
(モデルだなんて……そんなまぶしいところに。和樹さんに話したら、何て言うかな)
どんな時でも、
「へえ~、美佐緒さんの子かあ。カワイイね。学校でもモテモテでしょ」
「え、フリーなの? じゃあウチでモデルやらない? 君、今一番現場が欲しがるタイプだよ!」
堰を切ったかのように、わらわらと集まる人々。そのすべてが自分に向き、圧をかける。みるみる内に顔が青くなるリオ。気づいた美佐緒が慌てて飛んできた。
「──っと、通して。ごめんリオ! 大丈夫? ママ、無理させちゃった」
「ん……いいの。ボクこそごめん。ちょっと人に酔ったみたい」
美佐緒は『EIDOS』のスタッフを呼ぶと、リオを休めるべく部屋の隅、パーテーションの陰で座らせた。
手に持たされた炭酸水。口に含むと、しゅわしゅわとして少し気が紛れる。
(はあ……ダメだなあ、ボク。こんなお祝いの席でもちゃんと振る舞えないなんて。またママに迷惑をかけちゃった)
「注目されるから嬉しいとは限らないよね、こんな業界だって」
気が付けばすぐそばに、スーツ姿の女が立っていた。
「あの……?」
寄り添うようでいて、明後日を向いて独り言を
「
「井山……理央です」
「リオちゃんかあ。綺麗よね、その琥珀色の瞳。幸せの色だ」
「幸せ、ですか」
「琥珀の宝石言葉。きっと、毎日とても満たされているんじゃない? 大きな愛に守られて」
何気なく放つ言葉がリオの胸をかすめる。何かの勧誘だろうか。でも不思議と警戒する気になれない。
プライベートサロンの経営者だという加蓮。アイスグレーのセットアップにネイビーのベアトップ。デコルテが美しく、鋭い大人の色気を放っている。
人懐っこく、とりとめのない会話が弾む。リオは気が付けば、さっきまでの酔いが驚くほど覚めていた。
「へえ~、東美に行ってるんだ。なんかこの業界、不思議とあそこに縁があるのよね。専攻は……待って。当ててみる。油画?」
「わあすごい。正解です。アートセラピー学科のスチューデント・アシスタントもやってるので、ちょっと大変なんですけど」
「アート、セラピー?」
加蓮の表情がほんの一瞬固まる。
「先生のお名前って、ひょっとして
「──! ご存知なんですか」
「……うん、少しね。そっか、な~るほどねえ」
打って変わって、リオを見定めるような視線を向ける加蓮。次いで何やら一人で納得し始めるさまに、リオは微かに首を傾げた。
加蓮はすっくと立ちあがり、背伸びをした。
「さ~て、思わぬ収穫もあったし、帰るか」
「あ、ありがとうございました。楽しかったです」
同じく立ち上がって礼を言うリオの背中に、加蓮はそっと手を回した。
「また会いましょうね。うん、きっと会うから」
姿勢よく、颯爽と場を後にする加蓮。リオはその後ろ姿を笑顔で見送るも……どこかちりちりと、小さな火種が
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