※この作品はR-18です。

【完結】露蜜のカンバス~メスなボクでも幸せになりたい   作:渦螺しお

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26 アパレルショップ①

 肌にうるさい夏の日差しが落ち着き、街の空気が軽くなる。

 リオは母・美佐緒と共に、代菅山のアパレルショップ『EIDOS』の開店記念パーティー(レセプション)へやってきた。代表の鳴瀬とは、彼が以前在籍していた大手アパレル時代からの付き合い。今日の参加はその独立を祝うためであった。

 

 コンクリートとメタルとガラス。ミニマルに構成された、30坪ほどの店内。会場となった今日は業界関係者が50名ほどひしめき合う。簡単な立食がセッティングされた中で、それぞれに談笑している。そのざわめきが、美佐緒たちの登場で一気に静まり返った。

 

”井山美佐緒だ”

”提携先で、出すデザインを全部当てているっていう、あの”

”それより隣の子、何? めっちゃくちゃスタイルいい!”

"専属モデルよきっと。すっごい美人! ノーメイク! 顔ちっさ!”

 

 今回の新ショップ/ブランド立ち上げに当たり、新たに独自デザインの提供を頼まれていた美佐緒。場の誰もが知る実績を持って、混みあう中へ威風堂々と入っていきながらも……その内心はリオにだけこそっと吐露された。

 

「どう、リオ。すっごいでしょぉ~あなたの注目度。ほら、もっと顎と口角を上げて」

「む、無理だってこれ以上。恥ずかしくて泣きそう……」

 

 美佐緒がこの日のためにデザインした、シルキーな黒のジャンプスーツのみの出で立ち。完璧なバランスのAラインに、会場の誰もが目を奪われる。美佐緒の隠し刀──親バカがさく裂した、鮮烈なお披露目であった。

 

 一方、リオは顔面が硬直したまま。幸いにもそのおかげで近寄りがたさが増し、美佐緒が挨拶をする間も気安く声を掛けられることもなく。鉄面皮の下で安堵を感じていた。

 

「美佐緒さん! 遅いよ~」

「あ、鳴瀬君。ごめん、ちょっと手間取っちゃって」

 

 快活な様子で、親し気に。爽やかなアップバングに薄く顎髭を整えた男が近づいてきた。

 

「ともあれ、来てくれてありがとう。美佐緒さんがいないとこのレセプション、意味が無くなるから」

「まあ、目玉(デザイン)は頑張ったけど、契約デザイナーなんて所詮裏方だし。後はあなたの腕次第じゃない」

「プレッシャーがキツいなあ。ま、バリバリ売らなきゃね、協力してくれる皆さんのためにも」

 

 鳴瀬は小気味よく美佐緒と話し込みながら、ふっと後方で顔を背けながら、隠れるように立つリオに目を留めた。

 

「ところで、後ろの方は? それ、ウチで出すジャンプスーツでしょ。美佐緒さんのところのモデルさん?」

「ふふ~ん、よくぞ聞いてくれました!」

「きゃっ?」

 

 美佐緒はリオの両二の腕をつかみ、ぐいっと前に突き出した。

 

「あたしの子、リオ! どお、驚いた?」

 

 急に晒しものにされ、怨み半分戸惑い半分。リオは俯き加減で顔を赤らめる。

 

「ほら、リオ。ママの大事なクライアントにご挨拶して」

「こ、こんにちは……」

 

 ゆっくりと上目づかいに。視界に入った鳴瀬の顔は、少し驚いた様子で、リオの顔を見つめていた。

 

「──っ、あ……『EIDOS』代表の鳴瀬真(なるせまこと)です。お母様にはいつもお世話に……」

「やだ鳴瀬君、何なのそのカチコチの挨拶。らしくない」

「すみません。あまりにもウチの服が似合ってるもんだから……あらためて。美佐緒さんの面影がありますね。髪の癖まで」

(えっ──)

 

 リオはどきっとした。今日は服に合わせ、ジェルでかなりタイトに撫でつけている。その髪を、母に似ていると指摘されたことに。

 

(すごい……ママがやり手だって言ってたけど、こういう細かい観察力のことを言うのかな)

 

 それに、妙なお世辞を並べ立てないところ。大概の男はなめるように上から下まで見ては、顔とスタイルを褒めそやす。それが無いのは好感触だった。

 

「こら、鳴瀬君。ダメよこの子は。まだ学生なんだから」

「やめてくださいよ、そういうの。でも……出来たらウチのオンラインショップでモデルやってほしいですね。CVR(購入率)がとんでもないことになりそう」

「それは聞き捨てならない! リオ、ちょっと考えよっか」

「いいい、いやっ、だめダメ! そんなこと絶対できない!」

 

 リオの歳相応で素な取り乱しに、近寄りがたさがくずれたのか……ふうっと周りに和んだ空気が漂う。鳴瀬は名刺を取り出すと、リオに手渡した。

 

「当然、美佐緒さんは通すけど……気が向いたら連絡して。是非、お待ちしてますので。じゃあ美佐緒さん、また後で」

 

 にこやかに挨拶すると、また忙しなく別のテーブルへ。騒々しい一幕を終え、リオは手にした名刺をつかんだまま、無意識に指先でなぞっていた。

 

(モデルだなんて……そんなまぶしいところに。和樹さんに話したら、何て言うかな)

 

 どんな時でも、神代(かみしろ)を思い出す。そのたびに、知らぬ場でどれだけ沢山の人がいようと、身体の芯から、彼の熱を思い出すのだった。

 

 

「へえ~、美佐緒さんの子かあ。カワイイね。学校でもモテモテでしょ」

「え、フリーなの? じゃあウチでモデルやらない? 君、今一番現場が欲しがるタイプだよ!」

 

 堰を切ったかのように、わらわらと集まる人々。そのすべてが自分に向き、圧をかける。みるみる内に顔が青くなるリオ。気づいた美佐緒が慌てて飛んできた。

 

「──っと、通して。ごめんリオ! 大丈夫? ママ、無理させちゃった」

「ん……いいの。ボクこそごめん。ちょっと人に酔ったみたい」

 

 美佐緒は『EIDOS』のスタッフを呼ぶと、リオを休めるべく部屋の隅、パーテーションの陰で座らせた。

 手に持たされた炭酸水。口に含むと、しゅわしゅわとして少し気が紛れる。

 

(はあ……ダメだなあ、ボク。こんなお祝いの席でもちゃんと振る舞えないなんて。またママに迷惑をかけちゃった)

 「注目されるから嬉しいとは限らないよね、こんな業界だって」

 

 気が付けばすぐそばに、スーツ姿の女が立っていた。

 

「あの……?」

 

 寄り添うようでいて、明後日を向いて独り言を宣(のたま)う風を装う。かと思えば隣に腰掛け、ぐっと距離を縮めてきた。

 

「須田加蓮(すだかれん)。よかったらお名前教えて?」

「井山……理央です」

「リオちゃんかあ。綺麗よね、その琥珀色の瞳。幸せの色だ」

「幸せ、ですか」

「琥珀の宝石言葉。きっと、毎日とても満たされているんじゃない? 大きな愛に守られて」

 

 何気なく放つ言葉がリオの胸をかすめる。何かの勧誘だろうか。でも不思議と警戒する気になれない。

 プライベートサロンの経営者だという加蓮。アイスグレーのセットアップにネイビーのベアトップ。デコルテが美しく、鋭い大人の色気を放っている。

 人懐っこく、とりとめのない会話が弾む。リオは気が付けば、さっきまでの酔いが驚くほど覚めていた。

 

「へえ~、東美に行ってるんだ。なんかこの業界、不思議とあそこに縁があるのよね。専攻は……待って。当ててみる。油画?」

「わあすごい。正解です。アートセラピー学科のスチューデント・アシスタントもやってるので、ちょっと大変なんですけど」

「アート、セラピー?」

 

 加蓮の表情がほんの一瞬固まる。

 

「先生のお名前って、ひょっとして神代(かみしろ)だったりする?」

「──! ご存知なんですか」

「……うん、少しね。そっか、な~るほどねえ」

 

 打って変わって、リオを見定めるような視線を向ける加蓮。次いで何やら一人で納得し始めるさまに、リオは微かに首を傾げた。

 加蓮はすっくと立ちあがり、背伸びをした。

 

「さ~て、思わぬ収穫もあったし、帰るか」

「あ、ありがとうございました。楽しかったです」

 

 同じく立ち上がって礼を言うリオの背中に、加蓮はそっと手を回した。

「また会いましょうね。うん、きっと会うから」

 

 姿勢よく、颯爽と場を後にする加蓮。リオはその後ろ姿を笑顔で見送るも……どこかちりちりと、小さな火種が燻(くすぶ)るような気がしていた。





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