【完結】露蜜のカンバス~メスなボクでも幸せになりたい 作:渦螺しお
──アートセラピー学科・研究室
「ふあっ!」
リオは突然身体を硬直させ、持っていたバインダーを床に落とした。
「どうしたの? 井山さん」
「ん……いえ、大丈夫、です」
差し伸べられた学生の手を、やんわりと断る。
「無理はいけないよ、井山君。記録の照合が大変だったからな。よし、今日はもう終わりにしよう」
リオだけを残し、他の学生たちが部屋を出ていく。ドアが閉まり……廊下の足音が遠のき、途絶える。その拍子に、神代は右手に持っていたリモコンのスイッチを押した。
「ふぅっ、んんんっ」
「和樹さん、ダメ……もう感じすぎ、ちゃっ……んあんんっ!」
ヴヴンッと、振動が跳ね上がる。神代は肩で息をするリオを見て、久しく忘れていた加虐心を楽しんでいた。
(やっぱり、こうでなくてはな。最近少し馴れ合いがすぎていたかもしれん)
リオを見るたび己の中に生ずる、かつてない〝ノイズ〟。どれだけ熱を注ぎ込んでも掌握しきれない、リオの魔性。温泉宿以来、それらがまた一段高まっていることに、神代は苛立ちを覚え始めていた。
(つまらんやつだな
「ぁ……あん……ぁん……」
床に伏し、腰を震わせ続けるリオの元へゆっくりと近づくと……顎をつかみ上げ、乱暴にキスをした。
午前の講義とSAの仕事を終え──リオは代菅山『EIDOS』に来ていた。美佐緒に押し切られ、オープンの特別企画として二度だけ──彼女のデザインのものモデル撮影をするという約束で。
入口のカウンターデスク越しに立っていた鳴瀬は、現れたリオにいち早く気づき、満面の笑みで迎えた。
「
頭をくしゃっとかきながら、親し気に下の名で呼ぶ鳴瀬に、リオも思わず笑顔で返した。
「くすっ、ゴネただなんて。ママには『一生のお願い』って言われたんですよ」
「彼女って、時折そういう子供っぽいところを見せるのがいいよね。えーっと、じゃあ早速。今日のお仕事、お願いしてもいいかな──」
鳴瀬に導かれながら店内奥へ。出来立ての建物の匂い、荷ほどきたての服の匂い。新しい空気がリオの鼻先を漂い、肌を撫でていく。
「あの……ボクは何も知らない素人なので。ご迷惑をおかけしますけど、どうか──」
「大丈夫。そこはプロがサポートするから。それより、リオさんって『ボクっ娘』なんだ。はは、キャラが立ってるね」
「そういうんじゃなくて、その、ママから何も聞いてないんですよね」
「何が? どうしたの?」
地下へ降りる階段の手前で足を留め、リオは思い切って伝えた。
「ボク、男なんです。騙すみたいになったらイヤだから、どうしても先に言っておきたくて」
「え、そうなの?」
鳴瀬がごく自然に、普通に返したことに、リオは逆に面を食らった。
「驚かれないんですね」
「うん、この業界は、そういう感受性の強い人たちで成り立ってるところあるし。むしろ言ってくれたほうがクリエイティビティに火がつくよ」
(そういうものなんだ……)
鳴瀬の明るく屈託のない様子。神代とはまた違う「自分という人間の肯定」に、リオの顔がほころぶ。
「うん、これもみんな、和樹さんのおかげ」
リオは一人、聞こえないように声に出した。
まばゆい照明が、地下とは思えないほど明るくフロアを照らし出す。その最奥、白い撮影ブースには、既にスタッフとカメラマンが控えていた。
「さあみんなお待ちかね、リオさんの登場だ! 最大限、いやそれ以上に魅力を引き出せるよう、よろしく頼むよ!」
鳴瀬の檄で、一斉に視線が集まる。まばゆい光の下、求められて立つことへの緊張で、リオの心音は耳元まで届くほど高鳴っていく。
スタッフに用意された服は、どれも黒基調で直線的。美佐緒いわくの『シャープ&エレガンス』。大人な秋冬の服はどれもリオにとって、まるで神代と並ぶために用意されたように思える。
「リオさん、
「あ、はい」
鳴瀬のさりげない気遣いも心地よく、リオは気づかぬまま緊張がほぐれていく。
満を持して着込んだ、その結果。登場と共にスタッフ全員から声が上がった。
「うわあ、か、カッコいい……」
「めちゃくちゃ色っぽい」
透け感がある上に、背中が大きく開いた黒のブラウス。そのしなやかな背筋が醸し出す色気に、場の誰もが魅入られた。
(この服で、和樹さんに抱かれたら……ああ、いけないっ)
焦れを抑えようとするほどに凛々しい表情が決まる。
「いいよその顔! とてもいい! はい、真っすぐこっち見て、もう少し足を開いて……そうそう! 角度維持してっ──」
夢中でシャッターを切るカメラマンの隣、鳴瀬は複雑な思いに駆られていた。
(初めてって……本当なのか? ここまでカメラマンを前のめりにさせるほどの魅力。男だって? まったく取るに足らない。次元が違う)
混乱は、ただ目の前の圧倒的な現実に整えられ……鳴瀬は仕事を忘れたひと言を漏らした。
「美しい……」
たった三着の撮影はあっという間に終わり……リオはスツールに腰掛け、スタッフからもらったレモン水を口にしていた。
「リオさん、お疲れ様。最高の撮影だったよ」
「ありがとう、ございます」
頬に赤が差して、うつむく。鳴瀬は先ほど撮った写真をタブレットに転送したものを、リオに見せた。
「ほら。すっごくカッコよく、綺麗に撮れてる。カメラマンも『初めてってウソだろ』ってずっとブツブツ言ってるよ」
「どう……なんでしょう。何だか無我夢中で。撮っていただいている間のことが思い出せないぐらい」
「よそ事を考えてたんだ?」
「──っ、それは、その……」
頬の赤が、顔全面に広がっていく。照れるにしては、妙に艶っぽい。鳴瀬はさっきの凛々しさとギャップが
そしてそれはまた、自然に口を突いて出た。
「リオさん。もし時間があるなら、このあと食事に行かない? 今後のことも話したいし」
「二人で、ですか」
「うん。お家まで送るついででも」
男性からの、二人きりの食事の誘い。リオは少し躊躇したものの……この場では神代よりも、美佐緒の顔が浮かんだ。
「わかりました。じゃあママにLyNEしておきますね」
リオは誰へとなく、言い訳がましく口にした。
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※本作は下書き完結済 です!