※この作品はR-18です。

【完結】露蜜のカンバス~メスなボクでも幸せになりたい   作:渦螺しお

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28 レストラン

 プラザビルの上階、銀坐の夜景を望むギリシャ料理のレストラン。リオは鳴瀬に連れられ、窓際の席に向かい合わせで座った。

 

「とても素敵なお店ですね、ですけど……」

 

 エキゾチックで、ほどよくモダンな内装。大人のおしゃれを楽しむカップルが目立つ中、リオは自分のカジュアルな装いに、少し居心地が悪く感じていた。

 

「服装なら気にしなくていいよ。問題無いと思って来たから。ストレートデニムでも、その足の長さでキマってるし」

 

 そうは言っても、上は少し野暮なボウタイブラウス。神代(かみしろ)のSAとして教壇横に控える日は、なるべ控えめな服にしている。美佐緒の顔を立てて来たモデル仕事。そこも踏まえるべきだったかと、少し後悔した。

 しかしそれも、料理を口にしてすぐに消えた。

 

「これ……美味しい。甘じょっぱくて、濃厚で」

「ギリシャのチーズだって。でもね……」

 

 鳴瀬は少し前のめりになり、小声で囁く。

 

「ここの本店、オーストラリアらしいよ」

「くすっ。でも、いいですね。自由な感じで、だけどちゃんとしてるっていうか」

「境界がないっていいよね。食べ物も服も、生き方も。みんな自由に選んでいい」

 

 雑談の中で何気なく忍ばせる知性と鷹揚さが、心地いい。リオは軽やかに大人を楽しむ鳴瀬を、とてもまぶしく思った。

 最後のデザートを前に、鳴瀬はあらためて姿勢を正した。

 

「リオさん、もう美佐緒さんじゃなく、本人にゴネたいんだけど」

「何です」

「あと一回と言わず、これから週一回の二時間ほどでいいから。引き続き、モデルを手伝ってくれないかな」

 

 予想はしていた。カメラマンたちからかけられた言葉も、社交辞令と思えないほど熱意を感じた。今度こそ、神代と並ぶために自立する機会なのでは──そう思いかけたリオに、ふと陰が降りた。

 母も近い安心な外の世界。何より自らをゆだねる、神代の愛。それらがあってさえもまだ、先だっての身体に刻まれた恐怖が、癒えずにいる。

 

「少し、考えさせてもらえませんか」

 

 憂いを帯び、少しうつむき加減に返事をするリオ。鳴瀬はその機微を敏感にくみ取った。

 

「期限は無いよ。リオさんの心のままに。だけど……俺は君のお手伝いができる、そんな気はしてる」

「ありがとう、ございます……」

 

 こんな自分を知って寄り添う言葉をかけてくれる、数少ない人間。リオは鳴瀬に、心の扉を少しだけ開いた。

 

 

 食事を終え、駐車場へ向かいながら……鳴瀬真は、ビジネスだけでリオを口説こうとしたことを悔いた。

 

(ミスっちゃったな、俺としたことが。なぜこんなに焦ったんだろう)

 

 独立の勢いに任せ、今日まで順調に来ていたはず。それが……レセプションでリオをひと目見た時から、どうにも繕えないほころびが広がるばかりだった。

 夜の外堀通りで、シルバーのスポーツカーを走らせる。間を持たせる雑談を挟みつつ、停車するたびに助手席のリオを見る。見てしまう。

 

(禁欲的な服で、スレンダーで。なのにこれほど艶っぽいなんて)

 

 リオから漂う、ほのかな花の香り。女性そのものな高い声。やわらかな二の腕に、シートベルトで浮き上がった胸元。五感で受け取るもの何もかもが「ボクは男」という言葉をあっけなく裏切る。鳴瀬はハンドルを手に、無駄に肩を回して紛らわす。

 混乱の末……鳴瀬は、脳内でふと言葉にしたものに、愕然とした。

 

(俺はこの娘(こ)に、一目惚れしてたんだ──)

 

 長い付き合いであるデザイナーの、大切な子供であることを言い聞かせ続ける。その20分ほどは長く短く。唐突に、ナビはリオのマンションへの到着を告げた。

 

「今日はごちそうさまでした。あの、モデルの件は考えますけど……期待しないでくださいね」

 

 停車するなり、つれない締めのひと言を置いて、シートベルトを外すリオ。しゅるりとブラウスを擦る、乾いた音が鳴る。

 鳴瀬は汗ばむ手でぐっとハンドルを握りしめ……つい境界に踏み込むひと言を漏らしてしまった。

 

「リオさんって、〝彼氏〟はいるの?」

 

 自分の言葉に、青い高校生のように胸が躍る。ドアハンドルを引き、降車の体勢を取るリオから、即答が返った。

 

「いますよ」

 

 琥珀色の瞳が、降り際に鳴瀬の目と合う。薄っすらと浮かべた笑みに乗る、今までで一番、自信にあふれた目。

 

「ありがとうございました。おやすみなさい」

 

 リオの定型文な挨拶に送られ、鳴瀬は静かに車を出す。

 

「いるのか……」

 

 ぼそりと、つぶやく。その耳に、閉じられたドアの音を残したまま。

 

 

 

『EIDOS』二回目のモデル撮影を四日後に控えた夜。自宅リビングのソファでくつろぐリオに、鳴瀬からLyNE着信が入った。

 

<次回でもし最後なら、最高の状態で仕上げたい──>

 

 強いメッセージの後に添付されていたのは、ある店のリンクだった。

 

「『L'Ombre』ロンブル……プライベート・サロンって……あ、この人!」

 

 リンク先、略歴と共に写っていたのは、先だってのレセプションで会ったあの女性──須田加蓮(すだかれん)だった。

 

「『慶王大環境学部卒、フランス留学……フィトテラピーのディプロマ……? うう~ん、よくわからないけどすごそう」

「何見てるの、リオ」

 

 風呂上りの美佐緒が、濡れ髪をタオルでぬぐいながらリビングに入って来た。

 

「鳴瀬さんが、撮影前にサロンで施術を受けないかって。これ」

「あら、すごいじゃないロンブルなんて。芸能人やモデルの『駆け込み寺』で有名なところなのに」

「ママも行ったことあるの?」

「ううん。とにっかく予約が取れないの、ここ。だから鳴瀬君、頑張ったんだなって。彼の本気が伝わるわ」

「ええ~、何だか、大袈裟なことになってきたなあ」

 

 美佐緒はリオを肩越しにぎゅっと抱きしめる。

 

「ママは素直に嬉しいけどなあ。あなたにそれだけの価値があるってことだから。それに、彼はあたしの子だからとか、そういう忖度をしない人だし。行ってみるべきだと思う」

 

 母愛用のボディーソープの、やさしい香りが鼻腔をくすぐる。リオは美佐緒の腕に手を添えた。

 

「わかった。みんながボクのためにしてくれるんだもんね。行ってみる」

「う~んと綺麗にしてもらいなさい。お礼はあたしが仕事で返すから!」

 

 頬をぎゅっとすり合わせる美佐緒。自立を促すようで、子離れしない。母親の愛を感じつつ、リオはLyNEに了承の返事をした。





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