【完結】露蜜のカンバス~メスなボクでも幸せになりたい 作:渦螺しお
──アートセラピー学科・研究室
「先生、おはようございます」
「おはよう、井山君」
SA(スチューデント・アシスタント)としてリオが入室する。
(ほう……?)
化粧をしている。初めて、唇だけ。赤く抜けのいい口紅を引いている。見られることを意識した、身体表象のあからさまな変容。神代の反応を、半ば確信しながらうかがっているように見える。
(セルフ・モニタリングか……巣立ちは結構だが、「佳くはない」。太々しいだけで、美しくない。誰から吹き込まれた?)
神代は少し憮然としつつもすぐに頭を巡らせる。ほどなくしていつもの悪い顔になると、その思い付きをリオに指示した。
「井山君、購買部に行ってスパチュラをひとつ買ってきてくれないか」
「はい。型番は?」
「小さいものなら何でもいい。ああ、スマホを忘れずに持って行って」
「……? わかりました」
リオはトートからスマホを取り出し、研究室を出ていく。その後ろ姿にもまた、大きな変化が出ていた。
(女性的な腰のゆれ……歩容も意図的か。いよいよ面白いことになってきたな)
敢えて持たせたスマホ。神代は今晩の久しぶりの逢瀬について、LyNEで愛想のない言葉を送った。
「和樹さん、こんなのダメ……恥ずかしすぎます」
早々に日が沈む夕刻。自宅マンションで神代はベッドに腰掛け、リオの身体をじっと眺めていた。
「ほら、もっと腰を突き上げて、胸を張って。女の部位に意識を集中するんだ」
黒のボディタイツに締め付けられ、浮かびあがる薄い乳房と乳首。丸みが一層強調された尻の肉。頭の上で後ろ手に、リオは体勢を維持することと羞恥で、小刻みに震えている。
神代はアイスボックスを片手に、リオの背後へ回ると、冷やしきったスパチュラ──購買部で買わせたそれを、開いた背筋にぺたりと押し付けた。
「ひゃうっ」
びくりとのけ反る背。再びスパチュラを冷やし、今度は今にも剥き出しそうな乳首へと押し当てる。
「んはっ」
「そういえば、温度を使った過敏化はやっていなかったと思ってね。とてもいい反応で何よりだ」
「ひぅっ……か、和樹さんダメ。もう腕が、痺れて」
熱い吐息混じりに懇願する、いつもと違う赤い唇。神代は少し不快そうに一瞥すると、やさしく耳元で囁いた。
「解いて欲しいのか」
「はい……解いて、ください」
「ダメだな」
「そんな……──! んむんっ」
リオの唇を丸ごと口の中へ入れる。目障りだった油臭い口紅をなめ尽くすべく、舌をざらつかせ続けた。
「んっ、んん~っ……ぷぁっ……はぁん」
とろんと虚脱した目。後ろ手はそのままに、リオをそっとベッドへと横たえる。
「
「そんな……ボク、何も悪いことは……ひぁっ!?」
神代はボディタイツの胸部分をハサミで小さく切り取る。ぷるんと乳首を露出させると、その周りを指で撫で、焦らし始めた。
「良いことか? それなら尚のこと聞かせてくれ。良きも悪しきも分け合うのが、愛する者同士の決まりじゃないのか」
「愛する者……ひっ」
刃先をつうと下腹部へ這わせると、今度は
「はっ、あっ、あっ」
「まあ、隠されるのも嫌いじゃない。身体に聞くのも楽しみのひとつだ。
「ふあああああんっ!」
指先で乳首を弾き、花芯を口に含み、もうひとつの指先を
「だめぇっ、ダメだめっ! もう、もうイッちゃうからぁっ!」
「おや、もっと焦らしてほしいと思ったんだが。それなら、くれてやるか」
「はい……欲しいの。和樹さんのが……欲しいぃ……んっ」
太腿を担ぎ上げ、
「……? 和樹さん、お願い、早く……」
「気が変わった。ここ数日で何があったか、話すんだ。話すほどに挿してやる」
切ない顔で、迷う。しかし、焦れる窪みに抗うことなどできず……観念したかのように口を開いた。
「モデルの仕事を、始めたんです。ポーズとか、女性らしさを出すように、言われて……ぁっ」
数ミリ、絶妙に挿れる神代。
「……で? 続けて」
「そ、それから、サロンを紹介されて。オーナーさんが、とっても素敵な女性で……ボクがもっと美しくなれる、みんなを虜にしていいんだって……ぁうっ」
また数ミリ。ひたすらに焦らす。その生殺しを追って腰をよじる〝知らない癖〟も、サロンの女のくだらない自己啓発も気に入らない。一方で、神代はそれらのノイズに、どこか既視感も覚え、もどかしく思っていた。
「どうやら、施術を丹念に受けたようだな。気持ちいい類の」
「──! そ、それは、その……あっ」
一旦、抜き取る。神代は少し目をつぶった。
いつもと違う様子を察し──リオは火照りきった身体を何とか抑え、慌てて言い訳をした。
「ち、違うの。ボクが普通じゃないことを、和樹さんみたいに、わかってくれて。『特別』だって。それが本当に、嬉しくって」
(何にせよ、うまく操られているな。相手の狙いはリオそのものか)
神代はゆっくりと目を開き、リオに決して向けまいとしていた「笑っていない目」でじっと見た。
「か、和樹……さん?」
「誰を好きになってもいい。誰かに抱かれるのも構わん。だが、愛を惑うな」
少し怖れを装うリオの頬に手を添え……鼻先を当てるほどに、顔を寄せる。琥珀色の瞳を力強く見据え、神代は言い放った。
「お前の全てを愛せるのは、私だけだっ!」
「ぁああああああ──っ!!!」
ずぶり、奥まで。リオは格別の──〝本物〟の、飛び上がるような熱が注がれるのを感じる。片時も忘れてはいけないはずの真実。一瞬で消し去られる『一時の毒』。リオはたちまちに、自分の浅はかさを悔いた。
「あっ、あっ……ごめんなさい、和樹さん。ごめんなさぃあああんっ!」
「謝らなくていい。だが誤った愛は、上書きする。何度でもな!」
その通り、何度目かわからない、悦びから溢れる涙。神代は自分の全て。もう何も恐れない。自我さえゆだねようとも。リオは、真っ白に解放される自分にぴったりと合う言葉を、
「ああ、和樹さん、ボクを……ボクを、『壊して』ぇっ!」
(──何っ!?)
リオの口から、初めて聞いたその言葉。だが神代は知っている。そこでついに、今日までのこと──もどかしさを明確に符合させた。
(そういう、ことか……やってくれたな、『加蓮』っ!)
怒りに任せ、腰のストロークを強くする。次いで揺れる花芯を、ぐっと握りしめた。
「!?!? ダメッ、イクいく、イッ……んぁあああああ────んっ!!!」
花芯を擦り上げ、前立腺を突き切られ……真っ白に果てるリオ。
しかし、神代は〝出さなかった〟。
(お預けだな、和樹。どうやら先にけじめを着けなければならん相手が現れたようだ)
「ぁ、あ、あっ……ん」
全身をビクビクとさせ、虚空を見つめるリオの髪を撫でながら……神代は過去の不始末を想い、笑った。
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