【完結】露蜜のカンバス~メスなボクでも幸せになりたい 作:渦螺しお
──半年後。
「今日まで、本当にありがとうございました」
『EIDOS』社長室。リオは専属モデルの更新辞退書にサインし、そっと差し出した。鳴瀬はその書面を腕をまっすぐ伸ばしてつかんだまま、しばらく肘を折ることができずにいた。
「本当に……残念、だよ」
何とか書類を引き寄せると、うつむいたまま言葉を捻り出す。
「ただ……もし気が変わったら、いつでも言って欲しい。俺はきっと、君の役に立てると思ってる。まだ先だけど、就職だって──」
「じゃあそれまで、会社がつぶれないようにしなきゃいけませんね」
鳴瀬自身、惚れた弱みがありながらも真摯に伝えた言葉。そこへ、失言など気にならないほど爽やかな笑顔で返したリオに、鳴瀬は思わず噴き出した。
「はあ~……。最初から最後まで、君には何も届かなかった。まさしくこれを高嶺の花っていうんだろうな」
「花って言ってもらえて、嬉しいです。でもボク、男ですからね」
いつにも増してきらきらと輝く、琥珀色の瞳。鳴瀬はその向こうにあるもの──背中を守る何かを想いつつ、やさしく微笑んだ。
「いや、君は『リオ』だよ。世界中で君だけ。それ以外の何者でもない──」
「──っ、寒っ」
4月。春風が、薄手のトレンチコートを舞い上げる。最近ハイヒールを履き始めたこともあり、コートの裾からデニムの美脚がさらに美しく覗く。母譲りのウェーブがかった髪は、ショートボブから少し伸ばし、風に遊んでいる。
通りすがる男性はもちろんのこと、女性も皆振り向く。イイ女、美人、憧れ、嫉妬。自分がどう見られているかはもうわかっている。しかし、誰も見た目以上のことは知らない。リオにとってそんな衆目は、もうどうでもよくなっていた。
(ボクが本当に愛する人は、二人だけ。それで十分)
何があっても寄り添ってくれる母・美佐緒。自分を生んで、育ててくれて、今なお目一杯の愛を注いでくれる人。相変わらず仕事は多忙ながらも、楽しそうにしている。
そしてもう一人、敬愛する美大の師にして恋人、神代和樹。自分を「特別」だと言って、飽くことなく愛の絶頂を与えてくれる人。
最近、マンションの合い鍵を渡された。少しの服に下着、お気に入りのボディシャンプーと歯ブラシも置いている。でも毎日は行かない。適切な距離は大事。何より「一緒にいるほどおかしくなる」。
「──今日は……んっ、帰り、ます……」
夕日が、リオの真白の身体を紅く染める。タワーマンション31階、神代の自宅。全面の窓ガラスの向こうに灰色のビル群を見下ろしながら……リオは美しい裸体を「お披露目」されていた。
「そうか。久しぶりにひと晩中と思ったんだが……残念、だっ」
「んぁんっ!」
窓向かいのソファに腰掛ける神代。その神代に
幾度となく繰り返される、羞恥によるこの上書き。これもリオを精神的に強くする要素のひとつとなっていた。
「暗くなってきたな。そろそろ
指差す先に映る、半透明のはかなげな自分。上気して、潤んだ瞳が光っている。胸に神代の手が伸び……その指先が乳首をつまむ。
「ぁん。あっ……いや……やっぱり、恥ずかしい」
慣れてしまうことなど、決してない。そしてその、毎回嫌がる様が、神代を刺激して止まないのだという。
「まったく、いつまでたっても魔性だな、お前は」
「ちっ、違う……んんっ、こんなの、和樹さんとしか……んあんっ」
真剣に答えようとするたびに、突いてくる。その、反応を面白がっている神代が好きだから、さらに反応する。飽くことなく。
「ふむ、そろそろ一度イカセておくか。私も一緒に行こう」
「一緒……に……うれし──ぃああああんっ!」
背面座位のまま。神代が動くのに合わせ、リオの腰も
「和樹さんっ、愛してるのっ! 誰よりも……ボクを『特別』にしてくれた、あなたをっ!」
「そうだ! お前は、私だけの最高傑作だ……リオっ!」
「ぁぁあああああ────んっ!!!」
神代と合わせて三つ、快悦絶頂の
熱くほとばしる露蜜が、ガラスのカンバスへ。艶やかに伝い、彩っていく。
(ああ……ボク、幸せ……)
リオはうっとりとして、微笑んで……肩越しに神代と深く長く、舌を絡め合った。
~完~