【完結】露蜜のカンバス~メスなボクでも幸せになりたい 作:渦螺しお
「ただいま」
自室に向かう途中、仕事部屋から母・美佐緒の返事が鋭く返ってきた。
「あ、リオ! お帰り。ちょうどいいところに」
部屋に入ると、美佐緒がウェーヴがかったロングヘアをポニーテールにし、PCの画面を鼻眼鏡越しに睨みつけている。リオに目をやり、眼鏡を置いて立ち上がると、デスクの傍らに積み上げている衣装サンプルの山から、何着かピックアップした。
「悪いけどこれ、今からフィッティングして。11月展開の秋冬新作のサンプルでさ、インナーとボトムスのバランスが見たいの」
「いいよ。わかった」
服飾デザイナーの母。仕事のスイッチが入っている彼女にとって、まだ大学一年生の我が子がこんな時間までどこで何をしていたかなど、もはや意識の外。リオは少し呆れ気味に嘆息をついたものの、いつものことだと服を脱ぎ始めた。
差し出されたのは、透け感のあるボルドーのハイネックと、厚手のウールをたっぷり使った黒のロングスカート。いそいそと着こみながら、神代に濃厚に抱かれて虚脱した身体には、冬の素材がやけに重く感じられる。
リオはあまりスカートが好きではない。性が曖昧なリオにとって、あれは女性だけのもの。子供の時から、美佐緒に着せられるたびに抵抗があったものだが……今は自ら「着てみたい」と思えた。
美佐緒は顎に手を添え、着終えたリオを上から下までじっと観察し終えると、にっこり笑顔を見せた。
「くるっと回って。……うん、このフレアスカートの広がり方、思った通りにパターンが入ってる。さっすがリオ。レディースの服がこれだけ映えてくれると、助かるわぁ」
美佐緒は短めのハグをすると、あらためてリオの腰のラインや、スカートの裾の落ち方を、厳しく測ってメモを取る。
「それにしても……今日はなんだか、いつもより生地が身体に沿う感じね。筋肉が解れてるっていうか」
「え、そうなの……かな」
母の職業的な目に、神代に調えられたばかりの肉体を見抜かれたような気がして、リオはどきんとした。
今日、何度目のバスルームだろうか。ゆったりとしたバスタブでだらんと身を横たえながら、リオはさっきまでの濃厚な時を繰り返し
「はあ、先生……素敵だったなあ」
鋭い顎の線。静脈が浮き出た腕に、ごつっとした手の甲。そして厚い胸板。触れて触れられて、そのすべてが夢心地。湯のあたたかさが、やっと落ち着いてきた身体の奥の熱を、またぶり返してくる。
「…………あっ」
神代を想い……無意識に、左手指は乳首に触れ、右手は
(やだ。あれだけ抱かれたのに……また)
いけないと思いつつも、ついつい転がし、こすり始める。
「ぁあ……あん、神代先生……」
「リオ~?」
「わわっ」
外から呼ぶ美佐緒の声に、慌ててばしゃばしゃと湯面を跳ね上げる。
「ごめ~ん。あたし、今日はもうお風呂に入らないから。お湯を抜いて、バスタブ洗っておいてね」
「は、は~い」
心臓が跳ね続ける。リオは少し罪悪感にかられ、ぶくぶくと顔を湯の中へ沈めた。
「──リオは確かに女の子みたいね。だけど何たって、カワイイは正義だから!」
幼いリオにかけられた、美佐緒の言葉。思えばあれが、最初に向かうべき方向を決めたものかもしれない。
父はスウェーデン人の商社勤めであったが、リオが物心つく前に亡くなった。その父ゆずりの、琥珀色の瞳と透けるような白い肌に、母ゆずりの少しウェーブがかったくせ毛。
リオは両親から授かった特徴を大切に想っている。その一方で、小さい時から男の子には女みたいと冷やかされ、女子からはお人形さんみたいともてはやされた。
どちらとも上手くかみ合わず、おまけにハーフ。言いようのない、もやもやとした自分自身。それを端的に「カワイイは正義」と言い表してくれた美佐緒を、リオはただ素直に受け入れた。
(かわいくても、いいんだ──)
デザイナーの母が嬉々として用意する、フェミニンな装いへ次から次へと身を包む。すると男子はどこかよそよそしくなりはじめ、女子は歓喜するばかり。そんな周囲の反応に、リオのもやもやは晴れていく。
しかしそれは、長くは続かなかった。
日を追うごとに、胸と腰回りが張ってしまう男子用体操服。乳首が目立って恥ずかしい。体育を休んでは、ついふさぎ込んでしまう。
そんなリオを心配した担任女教諭の報告を受け、美佐緒はある日、伝手を頼った心療内科へリオを連れて行った。それが『ささがわクリニック』の医師・笹川との、リオの今後を決定づけてしまう、忌まわしくも巨大な出会いであった。
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※本作は下書き完結済 です!