【完結】露蜜のカンバス~メスなボクでも幸せになりたい 作:渦螺しお
──数年前
家から二駅のところに位置する『ささがわクリニック』。美佐緒が急用で外し、リオは一週間前の検診の結果を聞くため一人でやってきた。
笹川はホルモン治療で、特に成長期の患者には名医と言われている。その肩書と裏腹に、見た目は肩までのロングを後ろに束ねた、色白の中性的な優男。
木曜午後の休診にわざわざ開けてくれた薄暗い診察室。触診からレントゲン、血液採取から検便まで。苦痛でしかなかった一週間前を思い出し、リオの気持ちは沈むばかりであった。
「やあリオ君、一人で来て偉かったね。さ、ここに座って」
「失礼、します」
明るい診療室内でにっこりと迎えた笹川。今日は威圧的な白衣は着ておらず、首元がはだけたブロードシャツにチノパンツという出で立ち。幾分気持ちがやわらいだリオを、笹川は銀縁の眼鏡をくっと整えつつ見据えた。
「緊張しなくていいよ。今日は結果を伝えるだけだからね」
「は、はい」
「ふふ、いい子だねえ」
笹川は一枚のパネルを取り出す。そこにはかわいい絵で、男女の裸体の比較が描いてあった。
「まず、訊きたいんだけど。これを見て率直に、自分はどっち寄りだと思う?」
リオはおずおずと口にした。
「女の子の、ほうです」
「自覚はあるんだね。じゃあ今から説明するから、ちょっとまっすぐ立ってみて」
笹川はPCにレントゲン写真を出すと、立ち上がったリオの腰に両手を添え、ぐっと骨盤を押えた。
「これが骨盤ね。写真を見ると、男性と比べて高い位置にあって、少し開いている。ここからお尻に向けて曲線が出ている」
背中の腰元から、尻の下に向けてすうっと撫でる。ぞくりと、リオは悪寒とくすぐったさを覚えた。
「それと胸。脂肪が少し厚くて、乳輪は大きく、乳頭が発達している。これも女性的な性徴だ」
無表情でパーカー越しに胸を軽くもみながら、乳首をくっと摘まむ。その時──
「んっ」
以前の触診では味わうことのなかった、ビリっとくる不思議な感覚。リオは思わず身体をよじった。
「ありがとう。もう一度座って」
戸惑うリオを余所に、笹川は検査結果の紙を見せながら、淡々と話を進める。
「この血液検査のホルモンバランスにも表れているんだけど……リオ君は今、身体の半分ぐらいが女の子で、男の子としての成長は全部止まっている状態なんだ」
「ええっ、そ、そんなのって」
高い声、生えない体毛、曲線的な身体つき。自分だけが、普通の男の子から切り離されていく。少なからず感じていたことを医学的な検診結果として突きつけられ、リオはあらためてショックを隠せない。
「ただね、これはすごいことなんだ!」
笹川は身を乗り出し、リオの落ち込む両肩にやさしく手を置いた。
「医学的には[[rb:性分化疾患 > インターセクシュアル]]の範疇に入るが、君の場合は単純に〝特異〟なだけで、病気じゃない。既存の性別を超越した、いわば『第三の性』の原型だ」
目を爛々と輝かせ、早口で難しい話を続ける。
「このまま放置すれば中途半端に崩れてしまう恐れもある。けどまあ……僕が適切に『調整』してあげれば、君は誰よりも端正で美しい大人になれる」
「……ちょう、せい?」
「そう。
想像が追い付かず、リオは怖くなったが……最後に聞き取れた「美しい大人」のひと言に、なぜかとても惹かれた。
興奮を隠そうとしない笹川は、事後報告とばかりに嘘をついた。
「先んじて、お母さんからも了承をもらっている。服のデザイナーなんだってね。きっと君が美しくなるのを、誰よりも願っているはずだぞ」
「ママが……」
「うん。あとは君の返事だけ」
リオはショートパンツから覗く固く閉じた両膝を、ぎゅっと握りしめた。
「……わ、わかりました。その〝ちょうせい〟を、お願いします」
「よく決意したね。偉いぞ」
笹川はリオの肩をぽんと叩いて立ち上がると、壁際のカーテンを引いた。そこには、何とも奇怪な……一般的内科にはあるまじき、電動式の開脚診察台が鎮座していた。
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