fate/Apocrypha偽書 千人斬りのアストルフォ 作:鰻天ぷら
南欧の静かな海辺の町。月明かりに照らされた小さなホテルの角部屋で、世界を揺るがす力を持つ魔法使いの少女は、ただの一人の女として、果てのない快楽の波に幾度となく呑み込まれていた。
「あ、ぁあっ……! アス、トルフォ……っ! もう、だめ……っ、私……っ!」
「だめじゃないよ、青子。ボクの青子……っ、すごく、綺麗だ……っ!」
アストルフォのがっしりとした腕が、青子の汗ばんだ背中を強く、逃げ場を与えないほどに抱きしめる。
彼から与えられるのは、魔術的な干渉でも第五魔法への探求でもない。ただ純粋な、狂おしいほどの『愛と熱』の質量だった。青子の強靭な肉体と精神は、その圧倒的な肯定の前にドロドロに溶かされ、彼女の口からは自分でも信じられないほど甘く、無防備な嬌声が絶え間なく溢れ出し続けていた。
「んんっ、はぁっ……! あ、熱い……っ! あんたの、全部……私の中で……っ!」
「青子……好きだよ。キミの全部が、大好きだ……っ!」
互いの最も熱い部分が深く、激しく結びつくたび、青子の脳髄は白く弾け飛ぶような絶頂を何度も迎えていた。
終わりのない逃避行の中で、常に気を張り詰め、誰にも背中を見せまいと生き抜いてきた彼女の『孤独』が、物理的な熱量によって内側から完全に塗り潰されていく。
やがて、二人の吐息が最も高く重なり合った瞬間。
青子はアストルフォの広い背中に爪を立て、弓なりに身体を反らせて、泣きじゃくるような長い声とともに甘い虚脱へと沈み込んでいった。
***
「……はぁっ、はぁ……っ」
激しい嵐が過ぎ去った後のベッドの上。
乱れきったシーツに沈み込みながら、青子は荒い息を繰り返していた。全身の筋肉が心地よい疲労と甘い麻痺に包まれ、指先一本すら動かすのが億劫に感じられる。
その彼女の横に、アストルフォがゴロリと転がり込み、背後から青子の身体をすっぽりと抱きしめた。
彼の逞しい胸板が青子の背中に密着し、規則正しい、力強い心音がトクトクと伝わってくる。
「……重たいわよ、ばか」
「だって、青子がどこかに行っちゃいそうだったから。しっかり捕まえておかないと」
汗に濡れた青子の栗色の髪を、アストルフォの大きな手が優しく撫でる。
ちゅっ、と、彼女のうなじに残された赤い痕に、再び愛おしむようなキスが落とされた。そのくすぐったさと微かな痛みに、青子は小さく身じろぎした。
「どこにも行かないわよ……こんなに腰を抜かされて、立ち上がれるわけないじゃない……っ」
憎まれ口を叩きながらも、青子の声には棘が一切なく、蕩けるように甘かった。
彼女はゆっくりと身を反転させ、アストルフォの胸の中に顔を埋めた。鼻先を掠める、彼特有の花のような甘い香りと、微かな汗の匂い。それが今の青子にとって、どんな魔術的な結界よりも安心できるものに感じられた。
「……ねえ、アストルフォ」
「ん? なあに、青子」
「私、魔法使いなのよ。世界中で一番、厄介で面倒なものを背負ってる女なの。……あんた、本当にわかってて私を抱いたの?」
それは、魔術の世界で生きる者としての、最後の確認のようなものだった。
しかし、アストルフォはふにゃりと無邪気に笑い、青子の鼻先を指でツンとつついた。
「わかってないよ! ボク、難しいことは全部『理性蒸発』しちゃってるからね!」
「……っ、あんたねぇ!」
呆れて顔を上げようとした青子を、アストルフォは両手で彼女の頬を包み込み、真っ直ぐな紫水晶の瞳で見つめ返した。
「でも、これだけはわかってる。キミがどれだけ強い魔法使いでも、どれだけたくさんの敵に狙われていても……キミは、ボクの腕の中でこんなに可愛く泣いて、ボクに甘えてくれる『青子』だってこと」
「……」
「キミの背負ってる荷物が重たいなら、ボクも半分持ってあげる。キミが敵から逃げるのに疲れたなら、ボクのヒポグリフに乗せて、世界の果てまで連れ去ってあげる。……ボクは、キミを笑顔にするためなら、なんだってできるんだ」
一切の陰りも、打算もない、純度百パーセントの愛の言葉。
青子は、そのあまりにも真っ直ぐな瞳の奥に、かつてシャルルマーニュ十二勇士として数々の武勲を立てた、高潔な騎士の魂を見た。
「……ずるい男。そんなこと言われたら、もう……あんたを手放せなくなるじゃない」
「手放さなくていいよ。ボクはずっと、青子の騎士だから」
青子は再びポロポロと涙をこぼしながら、アストルフォの唇を自ら塞いだ。
今度は激しい情欲のぶつかり合いではなく、互いの存在を確かめ合い、心の深い部分を溶かし合わせるような、甘く、どこまでも優しい口付けだった。
夜の闇の中、二人の吐息だけが静かに交差する。
終わりのない旅路を生きてきた青子にとって、この夜は、彼女の生涯で初めて手に入れた、本当の意味での『安息』だった。
***
――翌朝。
開け放たれた窓から差し込む、地中海の眩しい陽光と潮騒の音で、青子はゆっくりとまぶたを開けた。
「……んっ」
寝返りを打とうとして、腰の奥と太ももの内側に走る気怠い痛みに小さく顔をしかめる。
昨夜の狂乱の記憶が鮮明に蘇り、青子の頬がカッと熱を帯びた。魔法使いとしての威厳などかなぐり捨て、ただ彼を求めて泣きすがった自分の姿。思い出すだけで恥ずかしさで爆発しそうになる。
しかし、その恥じらいを上回る圧倒的な温もりが、彼女の身体をまだしっかりとホールドしていた。
「……すぅ……すぅ……」
背中から青子を抱き込むようにして、アストルフォが穏やかな寝息を立てている。
桜色の髪が青子の肩口に散らばり、彼のがっしりとした腕は、青子の豊かな胸元に無意識に回されていた。素肌と素肌がぴったりと密着しており、朝の少し冷たい空気の中でも、シーツの中は驚くほど熱い。
(……信じられない。私、本当に……英霊と、こんな……)
青子はそっと彼に触れようと、自分の胸に回されているアストルフォの腕に手を重ねた。
その瞬間。
「……ん。青子、おはよ」
「ひゃっ!?」
寝ていたはずのアストルフォが、パチリと目を覚まし、青子の耳元で甘く囁いた。同時に、彼の手が青子の胸の膨らみをふにふにと無邪気に揉みしだく。
「ちょっと! 起きてるなら離しなさいよ、このバカっ!」
「えー、やだ! だって青子のここ、すごく柔らかくて気持ちいいんだもん。……それに、昨日の夜はあんなに『離さないで』ってボクにしがみついてたのに?」
「〜〜〜っ! そ、それはっ……夜の話でしょ! 今は朝よ、朝!」
真っ赤になって抗議する青子をよそに、アストルフォは「あははっ!」と笑いながら彼女の上にのしかかり、その艶やかな唇を塞いだ。
ちゅっ、ちゅっ、と何度も落ちるモーニングキス。
「んんっ……こら、アストルフォ……やめ……っ」
「青子、すっごくいい匂い。ねえ、朝ご飯の前に、もう一回だけ……だめ?」
下から覗き込んでくる紫水晶の瞳が、昨夜の『オス』の色を再び帯び始める。
彼の身体の熱が再び高まっているのを肌越しに感じ取り、青子は観念したように大きなため息をついた。
「……一回だけよ。あんたのせいで予定が狂ったら、承知しないんだから」
「やったー! 青子、大好きっ!」
強がりの言葉とは裏腹に、青子は自らアストルフォの首に腕を回し、彼を受け入れた。
朝の眩しい光の中で、再び甘く淫らな水音がホテルの部屋に響き渡る。孤独な魔法使いは、こうして完全に、底抜けに明るい騎士の愛の虜となったのだった。
***
数時間後。
すっかり日が高く昇った頃、青子は身支度を整え、ホテルのテラスでコーヒーを飲んでいた。
その表情は、昨日までの険しく張り詰めたものとは別人のように、柔らかく、女としての艶に満ちていた。
「ぷはー! やっぱり地元のジュースは美味しいね!」
テラスの手すりに座り、足をブラブラとさせているアストルフォが、無邪気に笑う。
青子はコーヒーカップを置き、彼を見つめた。
「ねえ、アストルフォ。あんた、これからどうするつもり?」
「どうするって? もちろん、青子と一緒に世界中を旅行するんだよ!」
当然のように答える彼に、青子はくすりと笑った。
「そう。なら……ちょっと、寒いところに行ってみない?」
「寒いところ?」
「ええ。イギリスのロンドン。魔術師たちの総本山、『時計塔』がある場所よ。……私、あそこに少し野暮用があってね。あんたみたいな目立つ英霊を連れて歩くのは厄介だけど……まあ、ボディーガードくらいにはなるでしょ?」
青子の瞳の奥で、悪戯っぽい光が揺れた。
それは、アストルフォを自分の「隣にいる存在」として完全に認めた証拠だった。
「ロンドン! 時計塔! なんかすっごく面白そう!! 行く行く、絶対行く!」
「ふふっ、言っておくけど、面倒な連中がいっぱいいるわよ。私のせいじゃなくて、あんたのその派手な見た目のせいで絡まれるかもしれないわね」
「平気平気! その時は、ボクが全部ヒポグリフと一緒に吹き飛ばしてあげるから!」
アストルフォが元気よくガッツポーズをした直後、森の方から「クエェェェッ!」とヒポグリフの元気な鳴き声が聞こえてきた。まるで主の言葉に同意しているかのようだ。
「……頼もしいこと。じゃあ、準備ができたら出発ね」
青子は立ち上がり、アストルフォの桜色の髪を優しく撫でた。
「私の旅は、これから少しだけ……騒がしくなりそうね」
「うん! 絶対に退屈させないよ、青子!」
南欧の強い日差しの中、二人は顔を見合わせて微笑んだ。
孤独な魔法使いと、自由な騎士。奇妙な二人の旅路は、魔術世界の中心・ロンドンへと向けて、今まさに新たな一歩を踏み出そうとしていた――。