fate/Apocrypha偽書 千人斬りのアストルフォ 作:鰻天ぷら
エーデルフェルト別邸のゲストルーム。
分厚い遮光カーテンが引かれた薄暗い部屋の片隅で、青い法衣を纏ったシエルは、ひざまずいて祈りの姿勢をとっていた。
『――ええ、枢機卿。ご報告の通りです。私は現在、対象の信頼を完全に勝ち取り、懐に潜り込むことに成功しています』
冷徹で、抑揚のない代行者としての声が、念話の術式を通じて聖堂教会の本部へと送られる。
『対象の魔術的な防壁は極めて強固。不用意に動けば、異端の魔術師たちに察知されます。……したがって、現在はこちらからの一切の武力介入を控え、私の内部工作に一任していただきたい。教会からの刺客が追加されれば、私の計画が水泡に帰します』
『……了解した、第七位。対象の抹殺、あるいは無力化の吉報を待っている』
通信のパスが切れ、部屋に完全な静寂が戻った。
その瞬間。
「はぁっ……あ……っ」
シエルの口から、冷徹な代行者とは似ても似つかない、甘く、ひどく熱を帯びた吐息がこぼれ落ちた。
丸い眼鏡の奥の瞳は情欲にトロンと濁り、彼女はひざまずいたまま、無意識のうちに自らの太ももをきゅっと強く擦り合わせた。
青い法衣の下、彼女の雪のような肌には、首筋から胸元、そして柔らかな秘所の周辺に至るまで、無数の真っ赤な印が刻み込まれている。
彼女はすでに、教会の任務などどうでもよくなっていた。
教会の介入を退けたのも、己の任務を完遂するためではない。ただ単に、自分が愛してやまない彼(アストルフォ)と、この心地よい『愛の城』の平和を、教会の連中に邪魔されたくなかったからだ。
彼女の心身は、すでに昨夜のうちに、あの桜色の騎士によって骨の髄までドロドロに溶かされ、完全に作り変えられてしまっていたのである。
***
「……ふふっ。見事な二重スパイぶりじゃないか。教会上層部も、まさか自分たちの誇る最強の殺戮兵器が、すでに異端の魔術師のベッドで鳴かされる『可愛い雌』に成り下がっているとは夢にも思うまいよ」
別室の防衛管制室。
水晶球を通してその通信を傍受していたライネス・エルメロイ・アーチゾルテが、悪戯っぽい笑みを浮かべて紅茶を傾けた。
「ええ。生真面目な代行者様ほど、一度タガが外れれば、あいつの底なしの熱に溺れて後戻りできなくなるものね。……とはいえ、彼女が完全に陥落するまでには、それなりに骨が折れたけど」
隣でモニターを眺めるオルガマリーが、銀髪を優雅に揺らしながら、昨夜までの数日間を思い返すように目を細めた。
大人のレディへと美しく成長した彼女の金色の瞳には、シエルを『同じ男の熱を分け合う家族』として迎え入れた、極上の妻の余裕が漂っている。
――時計の針は、数日前に遡る。
サンルームでの無防備なハグの後も、シエルは諦めていなかった。
彼女は「屈したフリ」を完璧に演じながら、エーデルフェルト邸での日常に溶け込み、アストルフォの隙を執拗に窺い続けた。
食事の時間。風呂上がり。庭園での散歩中。
黒鍵を隠し持ち、彼の急所を貫くタイミングはいくらでもあったはずだ。しかし、彼女の暗殺計画は、ことごとくアストルフォ自身の「規格外の無邪気さと優しさ」によって粉砕され続けた。
背後から忍び寄れば、「シエル! 一緒にケーキ食べよう!」と振り返りざまに満面の笑みで抱きしめられ。
就寝前の廊下で鉢合わせれば、「今日もお仕事お疲れ様。シエルの手、すっごく頑張ってる手の匂いがする」と、武器を隠し持っていたはずの右手を両手で優しく包み込まれ、指先から直接、火傷しそうなほどの体温と愛情を流し込まれる。
彼の行動には、一切の裏がない。
純度百パーセントの肯定感と、目の前の少女を慈しむ熱量。
不死の呪いを抱え、血みどろの殺戮の中でしか自分の価値を見出せなかったシエルの冷たい心は、その底抜けの暖かさに触れるたび、少しずつ、しかし確実に溶かされていった。
(もちろん、シエルが行動を起こそうとする直前に、凛やルヴィアたちがさりげなく魔術的な結界の圧を強め、「私たちは全部お見通しよ」とプレッシャーをかけ続けていたことも、彼女の決断を鈍らせた大きな要因ではあるが)
そして、決定打となった昨日の夜。
シエルは、自らの揺らぐ心に決着をつけるため、決死の覚悟でアストルフォの寝室へと忍び込んだ。
彼が眠っている間に、心臓を一突きにする。それ以外に、自分が自分であるための道はないと信じて。
しかし、広大なキングサイズベッドの天蓋を開けたシエルを待っていたのは、眠る標的ではなく、ベッドの上で優しく微笑んで彼女を待ち構える、一人のオスの姿だった。
『……眠れないの、シエル?』
『なっ……。貴方、起きて……っ』
黒鍵を構えようとしたシエルの手首を、アストルフォの大きな手が、優しく、けれど絶対に逃げられない強さで掴んだ。
『シエル、ずっと怖い顔してる。……ボクたちのこと、殺さなきゃいけないって、一人でずっと苦しんでたんでしょ?』
図星を突かれ、シエルは息を呑んだ。
彼の紫水晶の瞳は、すべてを見透かしているように澄んでいた。
『私は……教会の代行者です。貴方たちのような異端を狩るのが、私の存在意義……っ。だから、放して……っ』
『嫌だ』
アストルフォは、彼女の手首を引いて、バランスを崩したシエルをそのままふかふかのベッドの上へと引きずり込んだ。
『ひゃうっ……!』
シエルの背中がマットレスに沈み込む。
彼女の上に、アストルフォの逞しい身体が覆い被さった。
『シエルが、一人ぼっちで冷たいところで泣いてるの、ボク知ってるよ。……不死身だからって、痛くないわけじゃない。傷つかないわけじゃない。……今まで、すっごく辛かったね』
その瞬間、シエルの瞳から、せき止めていた涙がボロボロと溢れ出した。
代行者として、誰にも見せてはならないはずの弱さ。それを、彼は一瞬で見抜き、そして丸ごと肯定してくれたのだ。
『あ……っ、ぅあ……っ。ちがう……私は、人を殺すための道具で……っ』
『道具じゃないよ。シエルは、すっごく優しくて、カレーを食べる時すっごく幸せそうな顔をする、普通の女の子だもん』
アストルフォの顔が近づき、彼女の頬を伝う涙を、熱い唇でそっと舐めとった。
『あぁっ……』
彼の唇が触れた瞬間、シエルの魔術回路の芯に、強烈な熱が灯った。
『教会のことなんて、もうどうでもいいよ。……ボクが、シエルの冷たいところ、全部ボクの熱で温めてあげるから。……もう、絶対に一人にしないよ』
アストルフォの大きな手が、黒い法衣のボタンをゆっくりと外し、彼女の雪のような素肌へと直接触れた。
『んんひぃッ……!! ぁ、ああっ……! アストルフォ……さんの、手……あつい、です……っ』
物理的な戦闘力では負けないはずの彼女の肉体が、彼から放たれる圧倒的なオスの体温とフェロモンの前に、全く力が入らなくなる。
彼の手のひらが、彼女の柔らかな腹部から、胸の膨らみを下からたっぷりと包み込んだ。
『シエルのここ、すっごく柔らかい。……トクトクって、すっごく早く動いてる』
『だめっ……そこは……っ。私、頭が、真っ白に……っ』
彼が親指で頂を優しく弾くたび、シエルの理性は音を立てて崩壊していく。
彼女は無意識のうちに自らの脚をモジモジと擦り合わせ、もっと彼に触れてほしいと、柔らかな身体を彼のがっしりとした胸板へと擦り寄せていた。
『シエル……ボクの、可愛いお姫様』
彼の熱い吐息が、シエルの耳たぶを直接撫でる。
『はぁっ……あ……っ! アストルフォ……っ、私を……っ、貴方の熱で……めちゃくちゃに、して……っ』
もはや、教会の教義も、自分の存在意義も、何もかもがどうでもよかった。
彼女は自ら腕を伸ばし、アストルフォの首にしがみつくと、震える唇で彼の熱い唇を貪るように求めた。
『んんっ……!! ぁ……っ、んちゅ……っ、ふぁ……っ』
甘い唾液が交わる水音が、静かな寝室に響き渡る。
不死の呪いに縛られていた孤独な代行者は、この夜、世界で一番温かい太陽の腕の中で、ただ彼に愛されるためだけに存在する極上のヒロインとして、その身も心も完全に生まれ変わったのだった――。
――回想終わり。
「……というわけさ。あの夜の彼女の蕩けた嬌声ときたら、別邸中に響き渡りそうなくらいだったからね。私や遠坂が、慌てて追加の防音結界を張らなければならなかったほどだ」
ライネスが、肩をすくめながらも楽しそうに笑う。
「ふふっ。でも、これで教会との交渉カード(あるいは最強の盾)が手に入ったわね。彼女が内部から情報を操作してくれれば、私たちのこの平和な『お城』が脅かされることはないでしょう」
オルガマリーが、水晶球に映るシエルの姿を見つめながら、艶やかに微笑む。
画面の中のシエルは、通信を終えた後、自らの身体に残る彼の熱を確かめるように、法衣の上から自らの胸をきゅっと抱きしめ、ひどく甘く、幸せそうな笑みを浮かべていた。
最強の代行者すらもドロドロに溶かし、自らの愛の沼へと引きずり込んだエーデルフェルトの魔窟。
ここからさらに、彼らの狂おしくも甘い日常は加速していくのだった――。