fate/Apocrypha偽書 千人斬りのアストルフォ 作:鰻天ぷら
週末のエーデルフェルト別邸。
広大な敷地に響き渡る子供たち(イリヤ、美遊、クロエ)の元気な笑い声とは裏腹に、屋敷の最奥にある一流レストラン並みの設備を誇る巨大キッチンでは、今まさに血みどろの聖杯戦争すら生ぬるく感じるほどの、一触即発の殺気が渦巻いていた。
「……ですから、先程から申し上げているでしょう。カレーという神聖な食べ物を、市販の『ルー』などという小麦粉と油脂の塊で作るなど、言語道断の邪道です。クミン、コリアンダー、ターメリックをベースに、三十種類のスパイスを魔術的な精密さで焙煎し、完全なるインドカレーを構築すべきです」
青いエプロンを身につけた聖堂教会の代行者・シエルが、丸い眼鏡の奥の瞳を冷徹に光らせ、手にした木べらをまるで第七聖典のように構えて言い放った。
彼女はアストルフォの熱に完全に骨抜きにされたとはいえ、こと「カレー」に関してだけは、一切の妥協を許さない狂信者(マニア)である。
「あんたねぇ……ちょっとは状況を考えなさいよ! 今日はイリヤや美遊たち、子供も食べる『カレーパーティー』なのよ!? そんなガチガチのスパイスカレーなんて作ったら、辛くて泣いちゃうでしょ! カレーは家庭の味、甘口から中辛の市販ルーをベースに、すりおろしリンゴとハチミツでコクを出すのが基本でしょ!」
赤いエプロン姿の遠坂凛が、フライパンを片手に仁王立ちして反論する。
彼女は最高峰の魔術師でありながら、冬木の一般家庭で育った生粋の庶民派だ。「家族で囲むカレー」の温かさを誰よりも重んじている。
「おーっほっほっほ! 貧乏くさいですわね、遠坂は! いいこと? わたくしたちエーデルフェルトの食卓に並ぶ以上、使用する食材はすべて最高級でなくてはなりませんのよ! 最高品質のスコティッシュ・アンガス牛のシャトーブリアン、それに隠し味にはアルバ産の最高級白トリュフとキャビアをふんだんに使用しますわ!」
豪奢なフリルのエプロンを着こなしたルヴィアゼリッタが、扇子を揺らしながら高笑いする。彼女の後ろには、ヨーロッパ中から取り寄せた高級食材が山のように積まれたワゴンが控えていた。
「……ルヴィアお姉様。カレーにトリュフやキャビアは香りが喧嘩して、スパイスを完全に殺してしまいます。……やはり、ここは日本人の心。丁寧にとった鰹と昆布のお出汁をベースに、お醤油で味を調えた『お蕎麦屋さん風の和風カレー』が、お腹にも優しくて一番良いんじゃないでしょうか……」
黒い髪を一つにまとめた桜・エーデルフェルトが、おっとりとした声で微笑みながら、しかし眼の奥には一切の譲歩を許さない「黒い光」を宿してルヴィアとシエルを牽制する。
「却下です」「ありえないわ」「貧乏舌ですの?」
三人の声が重なり、桜の笑顔がピキリとひび割れた。
「……あら? わたしの提案がご不満ですか? ふふっ……なら、味覚の欠如した貴女たちのお口に合うように、虚数魔術で少しばかり『調整』して差し上げましょうか……?」
桜の足元から、どす黒い影の魔力がジワリと漏れ出し始める。
「やる気かしら、桜。私のガンドでその鍋ごと吹き飛ばしてあげるわよ」
凛の右手に真っ赤な魔力弾が灯る。
「オーッホッホ! わたくしの宝石魔術の前に平伏すがいいですわ!」
ルヴィアが両手に宝石を構える。
「……異端の魔術師どもが。やはり、カレーの教義に反する輩は、ここで私が浄化(パイルバンカー)するしか……っ」
シエルが、キッチンに第七聖典を召喚しかけた。
四人の規格外の女たちの魔力が限界まで膨れ上がり、エーデルフェルトのキッチンが文字通り消し飛びそうになった、まさにその瞬間だった。
「やあやあ! みんな、お昼ごはんの準備ありがとう! すっごくいい匂いがするね!」
ガチャリ、とキッチンの扉が開き。
桜色の髪を揺らす太陽のような騎士――アストルフォが、無邪気な笑顔で飛び込んできたのだ。
「あ……」「「アストルフォ……っ」」「アストルフォさん……」
四人の女たちの魔力が、風船が弾けるように一瞬で霧散した。
「あれ? みんな、どうしたの? すっごく怖い顔してるよ。……火傷でもした?」
アストルフォは、全く殺気を感じ取っていない様子で、一番近くにいたシエルの背後へと回り込み、その細い腰に両腕を回してぐいっと抱きしめた。
「ひゃうっ……!?」
シエルの口から、代行者らしからぬ、ひどく可愛らしい悲鳴が漏れる。
「アストルフォ……っ。だ、だめです、今はお料理中で……っ」
シエルが顔を真っ赤にして抵抗しようとするが、アストルフォの広く逞しい胸板が、彼女の背中にぴたりと密着する。
薄いエプロンと法衣越しに伝わってくる、彼特有の火傷しそうなほどの『オスの体温』。それが、シエルの背筋を直接撫で上げ、彼女の冷徹な理性をあっという間に甘くドロドロに溶かしていく。
「シエル、怒ってる? ボクが手伝うから、一緒に美味しいの作ろうね」
アストルフォの顔がシエルの肩口にすり寄せられ、彼の甘い吐息が、シエルの首筋の柔らかな産毛を直接揺らした。
「んんひぃッ……!! ぁ、あ……っ」
シエルの腰から完全に力が抜け、手から木べらが滑り落ちそうになる。
(あぁっ……思考が、まとまらない……っ。カレーの、スパイスの計算、を……しなきゃいけないのに……この人の熱が、お腹の奥に……直接……っ)
「ちょっと、あんた! キッチンのど真ん中で何やってんのよ!」
凛が、顔を真っ赤にしてフライパンを振り回しながら抗議する。
「そうよ! しかも、私たちがどんなカレーを作るかで揉めていたところだというのに……っ」
「え? カレーの種類で揉めてたの?」
アストルフォは、シエルを左腕に抱き寄せたまま、今度は右腕で凛の腰をも引き寄せた。
「きゃあっ!?」
「凛も、ルヴィアも、桜も、シエルも。みんなボクと子供たちのために、一生懸命考えてくれたんでしょ? すっごく嬉しいよ!」
アストルフォは、至近距離で凛の青い瞳を真っ直ぐに見つめた。
「だから、揉めなくていいんだよ。……全部、作ろう!」
「ぜ、全部って……」
「シエルの本格スパイスカレーも、凜の甘口カレーも、ルヴィアの高級カレーも、桜の和風カレーも! 全部作って、みんなで食べ比べパーティーにしようよ! ボクもいっぱいいっぱいお手伝いするからさ!」
一切の否定をしない、全肯定の太陽の笑顔。
四人の女たちは、そのあまりにも純粋で、そして理不尽なまでの優しさと包容力の前に、先程までの殺気立った争いが馬鹿らしくなり、完全に毒気を抜かれてしまった。
「……はぁ。あんたがそう言うなら、仕方ないわね。コンロは四つあるし、鍋も足りるわ」
凛が、アストルフォの腕の中で、完全に骨抜きにされた雌の顔でため息をつく。
「……ええ。アストルフォさんが味見をしてくださるのなら、私、腕を振るって極上の和風カレーをお作りしますわ」
桜もまた、どす黒い魔力を完全に引込め、頬を極限まで紅潮させて蕩けた笑みを浮かべた。
「よし! じゃあ、ボクが味見係だね!」
アストルフォは、エプロン姿の女たちの間を縫うように移動し、料理の手伝いを始めた。
しかし、それが彼女たちにとって、さらに過酷な「快楽の試練」の始まりだった。
「凛、これ、もう食べていい?」
アストルフォが、凛が切っていた人参の端を素手でつまんでパクリと口に入れる。
「ちょ、こら! まだ生でしょ!」
「あはは! 凜の指の匂いがして、美味しい!」
「んんっ……!!」
無自覚なフェロモン攻撃に、凛が真っ赤になってしゃがみ込む。
「桜! これ、お出汁? ちょっと味見させて!」
アストルフォは、桜が小皿にとった出汁を、彼女の手ごと引き寄せて自らの唇をつける。
「あ……っ、アストルフォさん……っ、それは、先ほど私が口をつけたばかりの……っ」
「んっ……すっごく優しい味! 桜みたいだね。……あ、お口の周りについちゃった」
アストルフォは、自分の唇についた出汁をペロリと舐めとると、そのまま桜の唇の端についた滴をも、自らの親指で優しく拭い取った。
「あっ……!」
彼の火傷しそうな指先が粘膜に触れた瞬間、桜の膝がガクンと折れ、彼女はそのまま流し台にすがりついて、荒く甘い息を吐き始めた。
(だめ……っ。こんなに近くで、アストルフォさんの熱と匂いに包まれながらお料理なんて……。カレーを作る前に、私たちが先に彼に美味しくいただかれてしまいそう……っ)
ルヴィアもシエルも、彼の無邪気で執拗な「味見という名のスキンシップ」に次々と腰を砕かれ、キッチンは料理の匂いよりも、四人の女たちが発するむせ返るような愛欲のフェロモンで、完全に飽和状態へと陥っていくのだった――。