fate/Apocrypha偽書 千人斬りのアストルフォ 作:鰻天ぷら
エーデルフェルト別邸に広がる、手入れの行き届いたイングリッシュガーデン。
初夏の柔らかな陽光と、イギリス特有の澄んだ風が吹き抜ける芝生の上に、巨大な純白のテーブルが設えられていた。
その中央には、四つの巨大な銀のチューリン(蓋付きのスープ鉢)が鎮座し、それぞれから全く異なる、けれど抗いがたいほどに芳醇な香りを漂わせている。
「さあさあ! みんな、お待たせーっ! 夢の四種盛りカレー食べ比べパーティーの始まりだよ!」
アストルフォが、極上の笑顔でテーブルの真ん中に立ち、高らかに宣言した。
テーブルを囲むのは、エーデルフェルト邸に住まう巨大な「家族」たち。
「わあーっ! カレーだカレーだー!」
「イリヤお姉ちゃん、走ったら危ないですよ……っ」
「パパ! 私、ルヴィアお母様のお肉がいーっぱい入ったやつがいい!」
イリヤスフィール、美遊、クロエの三人が、目を輝かせながらお皿を持ってアストルフォのもとへ群がる。
「はいはい、順番だよ! クロエはルヴィアのシャトーブリアン・カレーね。イリヤは凛の甘口リンゴカレー、美遊はサクラの和風カレーにする?」
アストルフォは、子供たち一人一人に優しく微笑みかけながら、手際よくそれぞれの皿にご飯とカレーを盛り付けていく。
「……まったく。あの子たちったら、あんなにはしゃいで」
その微笑ましい光景を、少し離れた席から遠坂凛が目を細めて見守っていた。
エプロンを外した彼女の額には微かに汗が滲み、キッチンでの『激闘(とアストルフォからの濃厚な味見)』の余韻からか、ほんのりと桜色に火照っている。
「ふふっ。でも、あの方がこうして子供たちに囲まれて笑っている姿を見ると、それだけで胸の奥が甘く満たされてしまいますね」
桜・エーデルフェルトもまた、気品ある微笑みを浮かべながら、自らの太ももを静かに擦り合わせた。和風カレーの出汁の香りが、先程彼に唇を奪われた際の熱烈な記憶を呼び起こし、子宮の奥をジンジンと疼かせているのだ。
「オーッホッホ! 当然ですわ! わたくしたちの愛の結晶たる家族が、わたくしたちの作った極上の料理で笑顔になる。これ以上の至福はありませんわ!」
ルヴィアゼリッタが扇子を広げ、誇らしげに胸を張る。
そして、その三人の魔術師たちから少し離れた席で。
黒い法衣姿のシエルは、スプーンを握りしめたまま、目の前に置かれた「四種盛りカレー」の皿をじっと見つめていた。
(……信じられません。教会の代行者である私が、異端の魔術師たちと肩を並べて、こんな……まるで絵に描いたような平和な食卓を囲んでいるなんて)
シエルの胸の奥に、かつてないほどの穏やかな波が寄せては返していた。
血みどろの任務と、孤独な不死の呪い。そんな冷たい世界で生きてきた彼女にとって、この庭園に流れる時間はあまりにも温かく、そして甘すぎた。
「シエル! ぼーっとしてないで、早く食べてみて! キミの作った本格スパイスカレー、すっごくいい匂いだよ!」
不意に、アストルフォがシエルの隣に腰を下ろした。
彼から放たれる、太陽のような圧倒的な体温と薔薇のフェロモンが、シエルの肩をふわりと包み込む。
「あ……はい……。いただきます」
シエルは微かに震える手でスプーンを動かし、まずは凛の作った甘口カレーを口に運んだ。
「……っ。すりおろしリンゴとハチミツの甘さが、スパイスの角を完全に丸め込んで……優しい。これが、遠坂の家庭の味……」
次に、ルヴィアの高級カレー。
「……これは……っ! トリュフの香りがスパイスと喧嘩するかと思いきや、シャトーブリアンの極上の脂が見事に全体を調和させている……。暴力的なまでの旨味の暴力……!」
そして、桜の和風カレー。
「……落ち着く。鰹と昆布の旨味が、スパイスの刺激を包み込んで、まるでお腹の底から温めてくれるような……和の心……」
シエルは、魔術師たちの料理の腕前に純粋に驚愕していた。
いがみ合っていたはずの彼女たちが、それぞれの信念と「家族に美味しいものを食べさせたい」という愛情を込めて作ったカレーは、どれも一級品の味わいだったのだ。
「どう? みんなのカレー、すっごく美味しいでしょ!」
アストルフォが、自分の皿を空にしながら、満面の笑みでシエルを覗き込む。
「……ええ。本当に。……でも、私のスパイスカレーは、少し刺激が強すぎたかもしれません。子供たちには……」
シエルが少しだけ自信なさげに俯いた、その時だった。
「そんなことないよ! ボク、シエルのカレーが一番好きかも!」
アストルフォの大きな手が、シエルのスプーンをそっとすくい上げ、彼女が作った本格スパイスカレーをたっぷりとすくい取った。
「ほら、シエルも自分で食べてみて! あーん!」
「ひゃうっ……!?」
至近距離。彼の手によって、カレーを乗せたスプーンがシエルの唇へと差し出される。
彼に見つめられながら、シエルは逆らうこともできず、小さく口を開いてそれを咥え込んだ。
「――――っ」
三十種類のスパイスが織りなす複雑な辛味と香りが、口いっぱいに広がる。
しかし、それ以上にシエルの脳髄を犯したのは、スプーンを握る彼の手から伝わってくる『規格外のオスの熱』だった。
スパイスの熱(カプサイシン)と、アストルフォの体温。
二つの熱源が彼女の体内で完全に混ざり合い、シエルの魔術回路の芯を爆発的に燃え上がらせる。
「んんっ……!! ぁ、あ……っ」
シエルの口から、カレーを食べているとは思えないほど、ひどく甘く、蕩けきった嬌声が漏れた。
彼女の雪のような肌が、首の根元から耳の先まで一気に真っ赤に染まり、丸い眼鏡の奥の瞳が情欲の涙でウルウルと潤んでいく。
「あはは! シエル、すっごく顔が赤いよ! 辛かった? それとも、熱かった?」
アストルフォは、全く邪心のない笑顔で、シエルの火照った頬を自らの大きな手で包み込んだ。
「あぁっ……! アストルフォの、手……っ。あつ、いです……っ。カレーのスパイスより……貴方の熱の方が、私の中を、めちゃくちゃに……っ」
シエルは、周囲に凛やルヴィアたちがいることも忘れ、自ら彼の手のひらに頬をすり寄せ、甘く熱い吐息を吐き出した。
孤独な代行者は、この愛の城の食卓で、完全に彼なしでは生きていけない『極上の雌』としての本能をさらけ出していた。
「……ふふっ。やっぱり、あの代行者様も、うちの旦那様の『あーん』には抗えなかったみたいね」
凛が、呆れたように言いながらも、自らの太ももをきゅっと寄せる。彼女自身も、キッチンで彼に何度も味見(キス)をされた記憶が蘇り、下腹部がジンジンと疼いているのだ。
「ええ。スパイスの熱とあの方の熱の相乗効果……。今夜のベッドは、さぞかし激しくなりそうですわね」
オルガマリーが、大人のレディとしての艶やかな笑みを浮かべ、紅茶のカップを優雅に傾ける。
「アストルフォ! わたくしにも! わたくしにも『あーん』をして愛を注ぎなさいな!」
「あ、ずるいですお姉様! アストルフォさん、私にも……っ!」
ルヴィアと桜がたまらず立ち上がり、アストルフォのもとへと駆け寄っていく。
「あはは! わかったわかった! みんなに『あーん』してあげるよ!」
イギリスの青空の下、イングリッシュガーデンに広がる、常軌を逸した愛とスパイスの饗宴。
かつては敵同士だった女たちも、冷酷な代行者も、すべてが一人の規格外の太陽によって溶かされ、一つに結ばれている。
エーデルフェルト別邸の休日は、スパイスの香りとむせ返るような愛欲のフェロモンに満たされながら、狂おしくも幸せな時間の中へと深く、深く沈み込んでいくのだった――。