fate/Apocrypha偽書 千人斬りのアストルフォ 作:鰻天ぷら
霧の都ロンドン。その中心部に位置する高級ショッピング街、メイフェア地区のボンド・ストリート。
世界の一流ブランドが立ち並ぶ石畳の通りを、二人の美しい女性が並んで歩いていた。
一人は、洗練されたダークトーンのシックなワンピースに身を包み、銀色の髪を優雅になびかせる天体科の君主(ロード)、オルガマリー・アニムスフィア。
もう一人は、白のブラウスに淡いブルーのフレアスカートという清楚で控えめな装いながら、透き通るような純朴な美しさを放つフランス出身の元女学生、レティシア。
「……はぁ。本当に、ルヴィアお姉様もライネスも、日用品の買い出しまで最高級のブティックを指定してくるなんて、少し見栄っ張りすぎじゃない?」
オルガマリーが、両手に提げたブランドの紙袋を少しだけ持ち上げながら、呆れたようにため息をついた。
「ふふっ。でも、オルガマリーさんも、なんだかんだ言いながら楽しそうに選んでいましたよ。……それに、ここのお店の生地、アストルフォさんにすごく似合いそうなシャツがたくさんありましたし」
レティシアが、手元の小さな紙袋を大事そうに胸に抱えながら、柔らかく微笑む。
「そ、それは……! たまたま目についたから、アストルフォの普段着のついでに買っただけよ。……どうせ、あの馬鹿体力で外を駆け回って、すぐに汗だくにしてしまうのだから、着替えはいくらあっても困らないし」
オルガマリーは、少しだけ顔を赤らめてそっぽを向いた。
気高く成長した彼女だが、アストルフォのこととなると、途端にかつての「素直になれない少女」の顔が顔を出す。そんな彼女の可愛らしい変化を、レティシアはくすくすと笑いながら見守っていた。
買い物の足休めに、二人は通りに面した静かな高級カフェのテラス席へと腰を下ろした。
運ばれてきたダージリンの香りを楽しみながら、レティシアは通りを行き交うロンドンの人々を、どこか不思議そうな、夢見るような瞳で見つめていた。
「……どうしたの、レティシア? ロンドンの街並みが珍しい?」
「あ、いえ……。ただ、少し不思議だなって思って」
レティシアは、ティーカップの縁を指でそっとなぞった。
「私、かつては、フランスの田舎町で、毎日神様に祈りを捧げるだけの、ごく普通の学生だったんです。時計塔の魔術師だなんて、考えたこともありませんでした。……それが今、こうして天体科の立派な君主であるオルガマリーさんと一緒に、ロンドンでお茶を飲んでいる。……なんだか、魔法にかけられたみたいです」
彼女の言葉に、オルガマリーもまた、琥珀色の紅茶の水面に目を落とした。
「……奇遇ね。私も、同じことを考えていたのよ」
オルガマリーは、静かに、けれど熱を帯びた声で紡ぐ。
「時計塔の君主の家に生まれながら、才能がないと父に見捨てられ、絶望して死ぬだけだった私。……本来なら、貴女のような純粋で優しい一般の女の子と、こうして並んで笑い合う未来なんて、万に一つも存在しなかった」
二人の視線が、カフェのテーブル越しに交差する。
身分も、育ちも、住んでいた世界も、まったく違う二人。
しかし今、彼女たちの身体の奥底には、同じ「規格外の太陽」からもたらされた、むせ返るような愛の熱量が、消えることのない火種としてジンジンと燃え続けている。
「……すべては、あの方(アストルフォ)のおかげですね」
レティシアが、胸元に抱いた紙袋――彼のために買ったプレゼント――を、さらにきゅっと抱きしめた。
「あの方が、……その、私たちの身体と心を、火傷しそうなくらい、熱く、優しく温めてくれたから……」
レティシアの白い頬が、紅茶の湯気のせいではなく、はっきりと真っ赤に染まっていく。
彼女は、彼に救われた夜の記憶……そして、このエーデルフェルトの屋敷で彼に抱きしめられ、純朴な乙女としての防壁をドロドロに溶かされた、甘く狂おしい夜の記憶を思い出し、無意識に太ももをきゅっと擦り合わせていた。
「レティシア。……貴女、アストルフォのことを思い出しただけで、もうそんなに蕩けた顔をして。……本当に、純朴そうに見えて、あいつ(アストルフォ)のデタラメな熱にはすっかり依存してるんじゃない?」
オルガマリーが、悪戯っぽく金色の瞳を細めて指摘する。
「あぅっ……そ、それは……っ。オルガマリーさんだって……! この前、サンルームであの方に少し首筋を触られただけで、すごく甘い声を出して崩れ落ちていたじゃないですか……っ」
レティシアが恥ずかしさのあまり、反撃に出る。
「なっ……!? み、見てたの!?」
今度はオルガマリーが顔から火が出るほど赤面し、扇子で慌てて口元を隠した。
「し、仕方がないじゃない! あいつの体温と匂いが、私の魔術回路を直接ショートさせてしまうんだもの! 理性が溶けちゃうのよ……っ」
二人の女は、互いの「同じ男に対する、抗いようのない雌としての情動」を曝け出し合い、やがてどちらからともなく、小さく吹き出した。
「ふふっ……あははっ」
「まったく。……私たちは、本当にあいつなしでは生きられない身体にされたようね」
血みどろの聖杯戦争も、魔術世界の冷酷な掟も、今の彼女たちには遠い過去の幻だ。
一人の純朴な村娘と、一人の孤独だった令嬢。彼女たちは今、誰もが羨む極上の『ヒロイン』として、同じ愛の城で、彼の底なしの熱を分け合う「家族」になっている。
「……早く、帰りましょう。私たちの『お城』へ」
オルガマリーが、優雅に立ち上がり、レティシアに手を差し伸べた。
「ええ。……あの方が、待っていてくれますから」
レティシアも、その手を取り、満面の笑みで頷いた。
***
夕暮れのエーデルフェルト別邸。
両手に紙袋を抱えてエントランスの扉を開けた二人を待っていたのは、世界で一番温かくて、眩しい光だった。
「やあやあ! オルガマリー、レティシア、お帰りー!」
エプロン姿のまま、桜色の髪を揺らして、アストルフォが満面の笑みで駆け寄ってくる。
「あはは、すっごいいっぱい買ったね! 荷物、ボクが持つよ!」
彼が二人の手から紙袋を受け取る瞬間、その大きくて火傷しそうなほどに熱い手が、二人の指先にそっと触れた。
「ひゃっ……」
「あ……っ」
冷たいロンドンの外気を歩いてきた二人の身体に、彼の圧倒的なオスの熱量が直接流れ込んでくる。
それだけで、レティシアの胸の奥は甘く締め付けられ、オルガマリーの呼吸は微かに熱を帯びた。
「お外、寒かったでしょ? 二人とも手ぇ冷たくなってるよ」
アストルフォは、紙袋を片手に持ち替え、空いたもう片方の手で、レティシアとオルガマリーの手をまとめて優しく包み込んだ。
「ボクが、いっぱいいっぱい温めてあげるね!」
彼からの、純度百パーセントの肯定と愛情の眼差し。
「……ええ。お言葉に甘えさせてもらうわよ、私たちの王子様」
オルガマリーが、大人のレディとしての艶やかな笑みを浮かべ、彼のがっしりとした腕に寄り添う。
「アストルフォさん……。今日、貴方に似合うお洋服、買ってきたんです。後で……お部屋で、着てみてくださいね」
レティシアもまた、彼の温もりにすがりつくようにして、頬を真っ赤に染めながら甘く囁いた。
数奇な運命を辿った二人の女性の、ロンドンでの優雅なお買い物。
それは、これから始まる甘く濃密な夜の調べへ向けた、最高に幸せな前奏曲(プレリュード)にすぎないのだった――。