fate/Apocrypha偽書 千人斬りのアストルフォ 作:鰻天ぷら
ロンドン中心部、時計塔が貸し切った五星ホテルのグランドボールルーム。
絢爛豪華なシャンデリアの下、魔術界の重鎮や貴族たちが集うその晩餐会において、桜色の髪を揺らす青年――アストルフォは、間違いなく会場の中心(台風の目)となっていた。
ルヴィアやライネスが見立てた最高級のミッドナイトブルーのスーツ。
戦場で鍛え上げられたしなやかな肉体が、その洗練された生地のラインを完璧に引き立てている。そして何より、彼から無意識に放たれる、むせ返るような『オスの体温と薔薇のフェロモン』が、会場にいる女性たちの視線を否応なしに釘付けにしていた。
「まあ、アストルフォ様……。今夜も一段と素敵ですわ」
「ふふっ。こちらにいらして。私たちが注いだシャンパン、飲んでくださる?」
時計塔の令嬢や若き女性魔術師たちが、次々と彼を取り囲む。
「やあやあ! みんな、ドレスすっごく綺麗だね! キラキラしててお星様みたいだよ!」
アストルフォは、差し出されたグラスを笑顔で受け取り、彼女たちの手を取って流麗なステップを踏む。
至近距離で彼に見つめられ、その火傷しそうなほどに熱い大きな手で腰を抱かれた女性たちは、皆一様に頬を真っ赤に染め、瞳をトロンと甘く濁らせていった。
(……相変わらず、異常なまでの魔性ね。ただ微笑みかけただけで、魔術回路の防壁をすり抜けて女の理性を溶かしていく)
会場の隅。薄暗いバルコニーの影から、その光景を静かに観察している女がいた。
赤いフレームの眼鏡をかけ、知的なタイトスーツを着こなした女性――蒼崎橙子である。
彼女は手元のタバコに火をつけ、紫煙越しに彼を値踏みするように見つめていた。
(だが、ただの色情狂ではない。……あれは)
橙子の眼鏡の奥の瞳が、鋭く光る。
アストルフォに寄り添っていた美しい女性の一人が、完全に熱に当てられ、自らの豊かな胸元を彼に擦り付けようとした、その時だった。
「あ、その指輪、すっごく素敵だね!」
アストルフォが、ふと彼女の左手の薬指に輝く指輪に目を留めた。
「あっ……これは、その……」
女性がハッとして手を隠そうとするが、アストルフォは全く咎めることなく、むしろ極上の爽やかな笑顔を咲かせた。
「キミの旦那さんが贈ってくれたんだね。すっごく愛されてる! ほら、あそこで心配そうにキミのこと見てるよ。早く旦那さんのところに戻って、一緒に美味しいご飯食べてきなよ!」
アストルフォは、女性のパートナーである青年魔術師に向かって笑顔で手を振り、女性の背中を優しく押し出した。
「あ、あの……ありがとうございます、アストルフォ様……っ」
女性は恥じらいと感謝の入り混じった顔で一礼し、安堵の表情を浮かべた夫の元へと戻っていった。夫の魔術師もまた、アストルフォに向けて深い敬意の会釈を送っている。
無自覚なフェロモンで女を惹きつけながらも、伴侶や恋人がいる相手には、決してその領域(一線)を踏み越えない。
相手の男性の顔を立て、騎士としての礼節と爽やかさをもって、純粋な祝福だけを与える。
それが、彼が『シャルルマーニュ十二勇士』という気高い騎士であることを、何よりも雄弁に物語っていた。
「……ははっ! こいつぁ傑作だ。ただの女誑しかと思えば、見事な騎士道精神じゃねえか」
会場の二階、特等席のバルコニーから、その一部始終を見下ろして快活に笑う声があった。
豪奢な着物を着崩し、耳にはiPodのイヤホンを突っ込んだ、ファンキーな老女。
時計塔の三大貴族の一角、バリュエレータ派の君主であり、民主主義派の重鎮――イノライ・バリュエレータ・アトロホルムである。
「オレはああいう裏表のない、真っ直ぐな馬鹿は嫌いじゃねえよ。エルメロイの小娘(ライネス)や、天体科の小娘(オルガマリー)が血眼になって囲い込むのも頷けるってモンだ」
イノライは、イヤホンから漏れるロックの重低音に首を揺らしながら、傍らに控えていた側近の魔術師に顎をしゃくった。
「おい。あの桜色の坊主を、オレの控室に呼んでこい」
「はっ。よろしいので? 彼は各派閥のパワーバランスを揺るがす特異点。迂闊に接触すれば……」
「馬鹿野郎、だからこそ面白えんだろ。オレが直接話を聞いてやる」
イノライは、ニヤリと好戦的で、どこか悪戯っぽい笑みを深めた。
数分後。
「あ、キミがイノライおばあちゃん? 呼んでくれてありがとう! ロック、好きなの? ボクも好きだよ!」
別室の重厚なVIPルームに通されたアストルフォは、時計塔の最重鎮を前にしても一切物怖じすることなく、屈託のない笑顔でイノライに話しかけた。
周囲の護衛たちが「無礼な!」と殺気を放つが、イノライは片手でそれを制し、豪快に笑い声を上げた。
「がはははっ! いい度胸じゃねえか、坊主! エルメロイの義兄(ロード)はオレの顔を見るだけで胃を痛めるってのによ。……座りな。堅苦しい挨拶は抜きだ。オレとお前で、少しばかり『真面目な話』をしようじゃねえか」
時計塔の重鎮と、特異点の騎士の会談が始まる。
そして、その控室の分厚い扉の少し手前。
廊下の影に身を潜め、冷徹な計算式を脳内で組み立てながら、彼が一人で出てくる瞬間を待ち構えている冠位人形師(蒼崎橙子)の影があった。
「……見事な騎士道ね。だけど、その真っ直ぐさが、私の前でも保てるかしら……?」
橙子は赤い眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、極上の獲物を狙う蜘蛛のように、静かに微笑んだのだった――。