fate/Apocrypha偽書 千人斬りのアストルフォ 作:鰻天ぷら
――カチ、コチ、と。
プレジデンシャル・スイートのアンティーク時計が、静かに深夜の時を刻んでいる。
蒼崎橙子は、ふかふかのキングサイズベッドに背中を沈めながら、荒い息を吐き出していた。
赤い眼鏡を外した彼女の瞳には、先程までの冷徹な観察者の色は微塵もない。苛烈で、生々しい「大人の女」の剥き出しの感情が、アストルフォの放つ圧倒的な熱量によって無理やり引きずり出されていた。
「……っ、ふざけるな。……主導権は、私が……っ」
橙子は、自らの上に覆い被さる桜色の騎士の胸板を両手で押し返そうとした。
冠位人形師としての誇り。妹たちのように、ただ無防備にこの男の熱に蕩かされるわけにはいかない。「朝の六時まで」という自ら設定した時間制限の中で、あくまでこの男を『味見(ゲーム)』してやるのだという、ギリギリの意地。
だが。
「トーコ、すっごく身体が硬くなってるよ。無理しないで、ボクに全部任せていいからね」
アストルフォの太く、逞しい腕が、彼女の抵抗をまるで赤子のじゃれ合いのように容易く押さえ込み、そのまま彼女の両手首をシーツに優しく縫い止めた。
「なっ……! ちょ……離しなっ……!」
魔術を使わなければ、彼女の腕力など彼にとっては無に等しい。シャルルマーニュ十二勇士としての規格外の筋力が、暴力ではなく、ただ純粋な包容力として橙子を完璧にホールドしている。
「トーコ、怒ってる顔もすっごく綺麗だね。……でも、ボクの前では、そんなに頑張って強いフリしなくていいんだよ」
アストルフォの紫水晶の瞳が、至近距離で橙子の揺れる瞳を真っ直ぐに射抜いた。
「……っ!」
橙子は息を呑んだ。
その瞳には、彼女を「稀代の魔術師」として恐れる色も、「因縁の相手の姉」として警戒する色もない。ただ、目の前にいる孤独な大人の女性を、無条件で慈しもうとする純度百パーセントの優しさだけがあった。
(……馬鹿な。私は、蒼崎橙子だぞ。……こんな、甘いだけの言葉で、私が……っ)
橙子は必死に脳内で計算式を組み立てようとする。彼から放たれるオスのフェロモンと体温の数値を分析し、魔術回路の防壁を再構築しようと試みる。
しかし、アストルフォの熱い唇が、彼女の耳たぶから首筋にかけて、じっとりと這い下がった瞬間、その計算式は一瞬にして白紙に戻された。
「んんひぃッ……!! ぁ、ああっ……!」
橙子の口から、自らの耳を疑うほど甘く、蕩けきった嬌声が弾け出た。
「トーコのここ、すっごくいい匂い。……なんだか、いっぱいいっぱい寂しがってる匂いがする」
彼が唇を這わせているのは、奇しくも橙子がかつて魔術の探求の中で負った、見えない傷跡(呪い)が残る場所だった。魔術師としての業を背負い、誰にも触れさせず、自分自身すら切り捨ててきた孤独な領域。
そこを、彼は一切の躊躇いもなく、まるで大切なたからものを扱うように優しく、深く舐め上げる。
「や、やめ……っ。そこは……私に、触るな……っ!」
橙子は身をよじらせ、シーツを固く握りしめた。
快感に対する拒絶ではない。自分でも気づかなかった心の奥底の脆い部分を、彼という太陽の熱によって強制的に溶かされ、曝け出されてしまうことへの恐怖だった。
「だめだよ、トーコ。ボク、トーコの痛いところも、冷たいところも、全部あっためてあげるって決めたんだから」
アストルフォの大きな手が、彼女の着崩れたタイトスカートの奥へと滑り込み、熱を帯びた滑らかな太ももの内側をたっぷりと撫で回す。
「あぁぁっ……! ぁ、あ……っ! アストルフォ……っ、お前っ……!」
彼の掌から伝わる致死量の熱が、橙子の皮膚を突き破り、直接子宮の奥底を鷲掴みにする。
『味見』のつもりが、一口飲んだだけで致死量に至る劇毒のヴィンテージ・ワイン。橙子の苛烈な理性は、押し寄せる快楽の濁流の前に、音を立てて崩壊していく。
(……耐えろ。……私は、朝の六時には、この甘い檻から抜け出す……。妹たちとは違う……私は、溺れない……っ)
橙子は、朦朧とする頭で、部屋の片隅にある置時計の「チクタク」という秒針の音に必死にすがりついていた。
あと数時間。あと数時間耐え切れば、私の勝ちだ。
だが、アストルフォの果てしない絶倫さと愛情は、彼女のそんな矮小な計算など、いとも容易く凌駕していく。
「トーコ、お腹の奥、すっごくジンジンしてる。……ボクの熱、もっと欲しい?」
「はぁっ……あ……っ! いらな、い……っ。お前の熱なんか……っ、ひぁあっ!」
強がる口を塞ぐように、アストルフォの熱源が、彼女の最も熱く濡れそぼった秘所へとぴたりと押し当てられた。
布越しですら伝わってくる、規格外の硬さと質量。
「あぁっ……!! だめ……っ、そんなの、入ったら……私、完全に、おかしく……っ!」
橙子の瞳から、屈辱と、それ以上の期待に満ちた情欲の涙が溢れ出す。
「おかしくなってもいいんだよ。ボクが、トーコのこと、ずーっといっぱいいっぱい抱きしめててあげるから」
アストルフォは極上の笑顔を向け、そのまま自らの熱のすべてを、彼女の奥深くへと沈み込ませた。
「んんあぁぁぁぁぁっ……!!!」
プレジデンシャル・スイートの分厚い防音壁に、冠位人形師の絶叫にも似た歓喜の嬌声が吸い込まれていく。
(あぁ……っ。思考が、溶ける……っ。計算式が……もう、どうでも……っ)
彼が腰を動かすたび、橙子の内にあった「蒼崎橙子」という強固な自己の輪郭が、内側からドロドロに溶かされていく。
彼女はもう、彼を押し返すことをやめていた。それどころか、自ら彼の逞しい背中に腕を回し、その首筋に爪を立てて、さらなる深く熱い結合を狂おしく求めて身をよじらせている。
「トーコ、すっごく気持ちいい……。トーコの中、いっぱいいっぱいに満たしてあげるね」
「はぁっ、あ……っ! アストルフォ……っ! もっと……っ、私を……めちゃくちゃに、して……っ!」
時計の秒針の音は、もはや彼女の耳には届かない。
自分がいつまで耐えるつもりだったのか、なぜこの男に触れようと思ったのか。すべての理由が、彼がもたらす無尽蔵の快楽の前に真っ白に塗り潰されていく。
赤い眼鏡という防壁を自ら外し、妹の宝物に手を出した傲慢な魔術師は。
ロンドンの夜の深淵で、ただ一人のオスに愛され、理性を焼き尽くされる悦びにむせび泣く、極上の『雌』へと完全に作り変えられようとしていた。
朝の光が差し込み、彼女が再びあの眼鏡に手を伸ばす、その直前まで――。