fate/Apocrypha偽書 千人斬りのアストルフォ 作:鰻天ぷら
――時計の針は大きく進み、西暦2017年。
ロンドン郊外に広がるエーデルフェルト別邸は、魔術世界において最も危険で、かつ世界で一番幸福に満ちた「規格外の愛の城」として、完全なる完成の域に達していた。
「だーかーら! もう子供じゃないんだから、肩車なんてしなくていいのっ!」
初夏の柔らかな風が吹き抜ける広大なイングリッシュガーデン。
12歳を迎え、少しずつ女性らしい丸みを帯び始めたイリヤスフィールが、真っ赤な顔で桜色の髪の騎士――アストルフォから距離を取ろうと、後ろへタタッと跳ねた。
彼女はアストルフォとアイリスフィールの間に生まれた実の娘。銀色の髪と赤い瞳は母親譲りだが、最近の彼女は、父親である彼に構われるたび、思春期特有の「ツンデレ」を炸裂させている。
「えー? イリヤ、昔はすっごくお馬さん喜んでたのに! じゃあ、ハグにしよっか!」
アストルフォは屈託のない太陽の笑顔で、逃げようとするイリヤの腕を引き、自らの広く逞しい胸板へとぐいっと抱き寄せた。
「ひゃうっ!? ちょっ、パパ……っ!」
イリヤの背筋がビクンと跳ねる。
子供扱いへの反発とは裏腹に、実の父親から放たれる規格外の『オスの体温と薔薇のフェロモン』が、成長途中の彼女の魔術回路と「雌」としての防能を容赦なく刺激する。薄着のシャツ越しに伝わる火傷しそうなほどの熱量に、イリヤは抗う力を失い、ぽーっと甘く瞳を潤ませて彼の胸に顔を埋めた。
「あーっ! イリヤばっかりずるい! パパ、私もーっ!」
そこへ、金髪の小悪魔――ルヴィアとの間に生まれた娘、クロエが飛び込んでくる。
彼女は12歳という年齢と発育の良さを確信犯的に利用し、アストルフォの背中から勢いよく抱きつくと、未発達ながらも柔らかな胸の膨らみを、彼の広い背中にこれ見よがしに押し付けた。
「クロエもすっごくいい匂い! いっぱいいっぱいお日様の匂いがするよ!」
「ふふっ……パパの熱、すっごくあったかくて、お腹の奥までジンジンするよ。……ねえ、もっとぎゅってして?」
クロエの金色の瞳が、ルヴィア譲りの計算高さと、父親への無邪気な情欲を交えて妖艶に細められる。
「……お二人とも、はしたないです。お父様が困っていらっしゃるじゃないですか」
そこへ、お淑やかな足取りで近づいてきたのは、桜との間に生まれた黒髪の美少女、美遊だ。
彼女は冷静に二人をたしなめつつも、アストルフォの隣にスッと並ぶと、彼のシャツの裾を小さな手でぎゅっと強く握りしめた。
「 美遊も、おいで!」
アストルフォが空いた手で美遊の頭を優しく撫でると、彼女は「……はい。お父様の手、すごく安心します」と、母親譲りの気品の中に、決して他の女(姉妹であっても)には譲らないという重い独占欲を滲ませて微笑んだ。
その光景を、少し離れたパラソルの下から、極限まで蕩けた瞳で見つめる母親(ヒロイン)たちの姿があった。
「……ふふっ。イリヤったら、あんなに強がっているのに、あの方の熱に包まれるとすぐに女の子の顔になってしまうわね。私にそっくり」
アイリスフィールが、赤い瞳を細めて艶やかに微笑む。
「オーッホッホ! 当然ですわ! うちのクロエのあの積極性とプロポーション、次世代のエーデルフェルトを背負って立つにふさわしい逸材ですのよ!」
ルヴィアゼリッタが、扇子を広げて高笑いする。
「ええ。……でも、美遊のあの静かで確実な距離の詰め方。あの方の熱なしでは生きられない身体になる日も、そう遠くはないかもしれませんわね」
桜もまた、紫の瞳を艶やかに潤ませて、自らの太ももを静かに擦り合わせる。娘たちの姿を見ているだけで、彼女自身の子宮の奥底にも、彼に抱き潰されたいという重い疼きが蘇ってくるのだ。
2017年現在。
この魔窟では、愛歌、綾香、バゼット、レティシア、オルガマリー、フィリア、ライネス、美沙夜、フィオレ、そして青子や橙子といったヒロインたちとの間にも次々と新たな命が誕生し、世界で一番幸福で、むせ返るような愛欲の匂いが絶えない日常が築き上げられていた。
だが、その平穏な午後の空気を、一人の女の知的な声が切り裂いた。
「――優雅なティータイムのところ悪いが、少し『仕事』の話をさせてもらうわよ」
赤いフレームの眼鏡をかけ、真紅のタイトスーツを着こなした冠位人形師・蒼崎橙子が、分厚い資料の束をテーブルに放り投げた。彼女の背後には、青子が呆れたような顔で立っている。
「時計塔の管轄外よ。極東の島国……日本で、少しばかり不愉快な『魔性』が膨れ上がっている」
橙子は、タバコに火をつけ、紫煙を細く吐き出した。
「新興宗教団体『真言立川詠天流』。その教祖に収まっている女――殺生院キアラ。こいつが放っているフェロモンというか、異常な結界の波長が、私の観測網に引っかかってね。放っておけば、日本中の人間の理性を溶かして、教団という名の『巨大な胃袋』に飲み込みかねない規模よ」
「……新興宗教、ですか」
青い法衣姿のシエルが、丸い眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせた。
「聖堂教会のデータベースにも、近年その名前がカルトとしてマークされ始めていました。究極の唯我独尊。悪魔的な魅了(チャーム)の使い手だと」
「ええ。なんだか、うちの『全能のお姫様』の悪いバージョンを見ているみたいで胸糞が悪くてね」
橙子が、隣で優雅に紅茶を飲んでいる沙条愛歌に視線を向ける。
「あら、失礼ね」
愛歌は、一切の感情を排した金色の瞳で微笑んだ。
「私は、ただ私の王子様の世界を美しく保ちたいだけよ。……でも、その薄汚い泥水みたいな女が、私の愛する世界を乱そうとしているなら……根源から消し去ってあげてもいいわよ?」
愛歌の言葉に、周囲の空気が一瞬で凍りつきかけた、その時。
「だめだよ、愛歌! 誰も消しちゃだめ!」
不意に、娘たちとの遊びを終えたアストルフォが、テーブルへと駆け寄ってきた。
彼は、テーブルに広げられたキアラの写真をじっと見つめ、紫水晶の瞳に純粋な悲しみの色を浮かべた。
「……この人、すっごく笑ってるけど。なんだか、心のずーっと奥のほうで、自分と同じように笑ってくれる『普通の人間』がいなくて、一人ぼっちで泣いてる気がする。……すっごく、寂しそう」
規格外の直感。
魔術的な分析など一切ない。ただ、他者の魂の孤独の形を真っ直ぐに視る、太陽の瞳。
「アストルフォ……あんた、また首を突っ込む気?」
遠坂凛が呆れたように溜息をつきながらも、その視線は極限まで優しい。
「うん! ボク、この人に会いに行くよ! 寂しいなら、ボクがいっぱいいっぱいお話しして、あっためてあげるんだ!」
アストルフォの底抜けに真っ直ぐな宣言に、ヒロインたちは互いに顔を見合わせ、やがて諦めたように(そして愛おしそうに)微笑み合った。
「……仕方ありませんね。あの方がそう仰るなら、私たちも付き合うしかありません」
シエルが、立ち上がって凛とした声で告げた。
「教会からは極秘の調査任務という形で申請を出します。ただし、シエルの名では警戒されるでしょう。……私は今回、過去を置いてきた名前、『エレイシア』として潜入します」
自らの呪われた過去の名。しかし、アストルフォの愛によってその罪ごと抱きしめられ、肯定された今の彼女にとっては、それは彼への絶対的な愛を証明する「無垢な少女の名」へと昇華されていた。
「なら、私も行くわ。うちの馬鹿旦那が、そんな薄気味悪い女に骨抜きにされたら癪だしね。結界破りは私が引き受けましょう」
橙子が赤い眼鏡を押し上げる。
「私も行くわ、王子様。……貴方の隣は、私が一番似合うもの」
愛歌が、ふわりとアストルフォの腕に絡みつき、そのがっしりとした胸板に頬を擦り寄せた。
「ありがとう、シエル、橙子、愛歌! よーし、みんなで日本に行こう!」
***
数日後。
ロンドンから日本・東京へと向かう、エーデルフェルト家の所有する超音速プライベートジェットの機内。
ファーストクラスのさらに上を行く豪奢なソファで、アストルフォは愛歌を膝に乗せ、窓の外に広がる雲海を眺めていた。
「日本って、今どうなってるのかな! すっごく楽しみ!」
アストルフォの火傷しそうなほどに熱い手が、愛歌の細い腰を優しく撫でる。
「んんっ……王子様と一緒なら、どこでも天国よ……」
愛歌は、彼の体温に当てられて完全に思考を溶かし、甘い嬌声を漏らしてすがりついている。
その向かいの席で、ワイングラスを傾けながら、橙子が苦笑した。
「……まあ、食べ物は美味いし、面白い街だよ。ただ、少し厄介な連中も住んでるけどね」
「厄介な連中?」
エレイシア(シエル)が問い返す。
「ああ。私の仕事で少し世話になった、うちの馬鹿弟子がいてね。幹也って言うお人好しと、その嫁で『直死の魔眼』を持ってる物騒な女(式)だ。……今は二人で平和に探偵事務所みたいなことをやってるらしい。今回、あいつらが暮らしてる街の近くで、派手なドンパチを起こして面倒をかけたくはないからね。なるべく『血を流さずに』、あのカルト教団を制圧するわよ」
橙子の言葉に、エレイシア(シエル)もコクリと頷いた。
魔性の菩薩が待ち受ける極東の地へ。
愛歌、エレイシア、橙子という、世界を滅ぼしかねないチート級の三人の女たちと、彼女たちを内側からドロドロに溶かし尽くした無尽蔵の熱量を誇る太陽の騎士。
かつてない規格外の「潜入工作」が、今、静かに幕を開けようとしていた――。