fate/Apocrypha偽書 千人斬りのアストルフォ 作:鰻天ぷら
特別応接室の分厚い扉の向こう側で、外界の喧騒は完全に遮断されていた。
極彩色の曼荼羅が描かれた豪奢な寝台の上。
交わった唇から、致死量の甘い猛毒が、アストルフォの口腔を通って全身の魔術回路へと一気に流れ込んだ。
「んんっ……!?」
アストルフォの目が、驚きに見開かれる。
それは、彼が今まで抱きしめてきたどのヒロインたちの熱とも全く異なる性質のものだった。
愛でも、情熱でもない。ただ純粋に、対象の理性を脳髄からドロドロに溶かし、快楽の海へと引きずり込んで『獣』へと作り変えるための、究極の性魔術。殺生院キアラが数多の命を飲み込み、肥大化させてきた「魔性の菩薩」としての絶対的な引力が、彼という強靭な個を根底から解体しようと牙を剥いたのだ。
「……ふふっ。いかがですか? わたくしの、救済の味は」
唇をわずかに離し、キアラがとろけるような三日月の笑みを浮かべる。
彼女の白く滑らかな指先が、アストルフォの胸元をはだけさせ、その鍛え上げられた大胸筋を、ピアノの鍵盤を弾くように優しくなぞった。
ただそれだけ。物理的な刺激は羽毛で撫でられるほどに軽微なはずなのに、彼女の指が触れた軌跡から、火花が散るような強烈な快感が皮膚を突き破り、直接脊髄を焼き焦がしていく。
「あ、ぁ……っ。キアラちゃん、なんだか……頭の中が、ぐらぐらするよ……」
アストルフォの紫水晶の瞳が、一瞬だけ快楽に焦点を失い、熱い吐息を漏らす。
「ええ。そうでしょうとも。貴方のその太陽のように眩しい理性も、わたくしの胎内ではただの無様な欲望へと還るのです。……抗わなくてよろしくてよ。何もかもを手放して、わたくしという宇宙の底で、永遠に気持ちよく溺れ続けていなさいな」
キアラは完全に主導権を握ったと確信し、彼の上に馬乗りになるように身を乗り出した。
彼女の豊かな双丘が彼の胸板に押し付けられ、薄布越しに、彼女の最も熱く、蜜を帯びた秘所が、彼の下腹部へとピタリと密着する。
「んっ……あ……っ」
擦れ合うたびに、キアラの魔性が彼の神経を直接鷲掴みにする。
並の男であれば、否、どれほど強靭な精神を持つ魔術師であろうと、この段階で完全に自我を崩壊させ、涎を垂らして彼女に交尾を乞うだけの肉人形と化していただろう。事実、彼女の繰り出す快楽の波状攻撃は、アストルフォの規格外の耐久力をもってしても、明確な「苦戦」を強いるほどの圧倒的な暴力だった。
だが。
キアラがさらに深い快楽の呪い(キス)を落とそうと、彼の顔を両手で挟み込んだ、その瞬間。
「……キアラちゃん、すっごく、気持ちいいよ。でも……」
焦点が濁っていたはずのアストルフォの瞳に、再び、純度百パーセントの真っ直ぐな太陽の光が灯った。
彼は、自らの理性を溶かそうとする魔性の泥水に首まで浸かりながらも――決して、その光を絶やすことはなかった。
「な……っ?」
キアラの指先が、微かに硬直する。
「でも、キアラちゃんの手……まだ、冷たいままだよ」
アストルフォのがっしりとした太い腕が、馬乗りになっていたキアラの腰を、逃げ場のない力強さでガシッと抱き寄せた。
「ひゃうっ……!?」
体勢が逆転する。
今度はアストルフォがキアラの上に覆い被さり、彼女の両手首をシーツの上へと優しく縫い止めた。
彼女から注ぎ込まれる致死量の快楽を受け止め、息を荒くしながらも、彼の表情には「発情した獣」のような醜悪さは微塵もなかった。ただ、目の前にいる一人ぼっちの女の子を、心の底から愛おしむような、全肯定の笑顔。
「だから、今度は……ボクが、キアラちゃんをいっぱいいっぱい、あっためてあげる」
「な……何を、馬鹿なことを……っ、わたくしの魔術を直接受けて、どうして自我が……っ」
キアラの完璧な菩薩の仮面に、初めて明確な焦りの色が浮かんだ。
彼女は他者から快楽と尊厳を「奪い、吸い上げる」ことで自らを満たしてきた。
しかし、眼前の太陽の騎士は、彼女からどれほど理不尽な快楽を注ぎ込まれようとも、決して彼女を「救済者」としても「魔性の化け物」としても見ない。
ただ名前を呼び、ただ真っ直ぐに見つめ、彼女を「対等な一人の女」として扱い続けているのだ。
「んんっ……!! ぁ、ああっ……!」
アストルフォの熱い唇が、キアラの白い首筋から、鎖骨のくぼみへと深く沈み込んだ。
「キアラちゃん、すっごくいい匂い。……ここ、ドキドキしてる」
「や、やめ……っ。わたくしに、貴方の熱を……流し込む、な……っ」
キアラは身をよじらせて抗おうとするが、アストルフォの圧倒的なオスの体温が、彼女の皮膚から直接、魔術回路の芯へと浸透してくる。
それは、彼女の許容量を遥かに超える、無尽蔵の熱量。
奪うことしか知らなかった彼女の絶対的な虚無の領域に、強引に、しかしどこまでも優しく「愛」という名の陽の気が注ぎ込まれていく。
(……おかしい。わたくしが、この男を飲み込んでいるはずなのに……どうして、わたくしのお腹の奥が……こんなに、熱く、痛く……っ)
キアラの足の指先が、シーツをギュッと掻き毟る。
彼女の秘所から、他者を絡め取るための魔性の蜜ではなく、彼女自身が彼に抱かれることを乞う、純粋な『雌』としての熱い雫が溢れ出し始めていた。
「キアラちゃん、もう無理して菩薩様みたいな顔、しなくていいんだよ。ボクの前では、ただの可愛い女の子でいて」
アストルフォは、彼女の魔性に決して屈することなく、その規格外の熱源を、彼女の最も深い虚無の入り口へとピタリと押し当てた。
「あぁっ……!! だめ……っ、それ以上、貴方の熱が入ってきたら……わたくし、わたくしが……っ」
「大丈夫、ずーっと、いっぱいいっぱい抱きしめててあげるから」
どちらの熱が、相手の存在(エゴ)を先に溶かし尽くすのか。
キアラの放つ究極の性魔術と、アストルフォの放つ純粋な愛の熱量。
互いの魂を削り合うような、実力伯仲の凄絶な官能の死闘が、永遠とも思える夜の底で、激しい水音と甘い喘ぎ声と共に繰り広げられていく。
そして、キアラの絶対的な自己愛の殻には、彼が注ぎ続ける熱によって、確実な、そして致命的な『亀裂』が走り始めていたのだった――。