fate/Apocrypha偽書 千人斬りのアストルフォ 作:鰻天ぷら
「はぁっ……! あぁっ……! おかしい……こんなの、わたくしの……わたくしの宇宙では、あり得ない……っ!」
極彩色の曼荼羅が描かれた密室の寝台。
殺生院キアラは、自らの上に覆い被さる桜色の騎士の背中に深く爪を立てながら、混乱と未知の快楽に喘いでいた。
彼女が繰り出す、他者の理性を完全に溶かすための究極の性魔術。それに真正面から曝されながらも、アストルフォの紫水晶の瞳からは「一人の男としての理性と愛」の光が全く失われていない。それどころか、彼女から快楽を与えられるたびに、彼から跳ね返ってくる『全肯定の熱』が幾倍にも膨れ上がり、彼女の絶対的な虚無の領域を内側から焼き焦がしていく。
(……このままでは、わたくしが……わたくしという存在(エゴ)が、ただの『発情した雌』へと塗り潰されてしまう……っ!)
魔性の菩薩としての、最後の、そして最大の矜持。
キアラは、自らの奥底に芽生え始めていた甘い敗北感を無理やりねじ伏せ、残された魔力のすべてを「愛欲の濁流」へと変換した。
「……舐めるな……っ! 舐めるんじゃありませんわよ、人間の分際で……っ!」
キアラの瞳が、妖しく、そして恐ろしいほどの深淵の光を放つ。
彼女の胎内が、アストルフォの規格外の熱源を全方位から強烈に締め付けた。ただの肉体的な快感ではない。彼の脳髄に直接、宇宙が誕生し、そして滅びるほどの無限の快楽の幻影を流し込み、強制的に自我を解体しようとする悪魔的な一撃。
「んんっ……!! ぐぁっ……!」
アストルフォの全身が大きく跳ね、その逞しい首筋に血管が浮き上がる。
「あはは……っ、キアラちゃん、すっごく、激しい……っ。頭の中が、真っ白に、なりそう……っ」
彼の口から、かつてないほどに切羽詰まった、荒い吐息が漏れた。
キアラの放つ全力の呪いは、確かにアストルフォの規格外の耐久力をもってしても、一瞬の油断で「獣」へと引きずり込まれかねない凄まじい威力だった。
「ふ、ふふふっ……! ええ、そうですわ! そのまま、何もかも忘れて、わたくしの奥底でドロドロに溶けてしまいなさいな! わたくしを『ただの女』などと侮った罰ですわ!」
キアラが、狂喜の笑みを浮かべて彼の唇を塞ごうとした、その時。
「……ううん。忘れないよ。ボクは、絶対に忘れない」
「………えっ?」
アストルフォは、限界まで乱れた呼吸のまま、しかし、その両腕でキアラの華奢な肩を、決して逃がさない力強さで抱きしめ返した。
無限の快楽の幻影を叩き込まれてなお、彼は自らの意志で、幻ではなく「目の前にいる、不器用で寂しがり屋な一人の女の子」だけを真っ直ぐに見据えていた。
「キアラちゃんが、どんなに怖い顔しても……どんなにボクをぐちゃぐちゃにしようとしても……ボクは、キアラちゃんのこと、絶対に放さないからね……っ!」
アストルフォの腰が、かつてないほどの力強さと、深い、深い愛情を込めて、キアラの最奥を貫き直した。
「ひぎぃッ……!!? ぁ、あぁぁぁぁっ……!!」
それは、キアラの放った究極の性魔術を、彼自身の『無尽蔵のオスの熱量』で完全に上書きし、打ち破った瞬間だった。
彼女の胎内で暴れ狂っていた魔性の濁流が、彼から放たれる純度百パーセントの太陽の光によって、一瞬にして蒸発し、ただの熱く甘い「蜜」へと変質させられていく。
「あぁっ、だめ……っ! それ以上、奥に……っ、貴方の熱を、注がれ、たら……っ! わたくしの、わたくしの宇宙が……っ!」
キアラは激しく首を振り、乱れた黒髪をシーツに擦り付ける。
彼女が必死に保とうとしていた『菩薩』としての傲慢な殻。他者を見下し、救済するという名の支配でしか孤独を埋められなかった、悲しい防壁。
アストルフォは、その分厚い殻の「最も脆い部分」――第3幕で見抜いた、彼女の奥底にある『自分と同じ目線で愛し合える人間がいなかった圧倒的な孤独』というヒビに向かって、決定的な一打(愛)を叩き込んだ。
「キアラちゃん……っ! ボクが、ずーっと一緒にいてあげる! だから、もう一人で寂しい神様になんて、ならなくていいんだよ……っ!!」
「はぁっ……! アス、トルフ……っ!! あぁっ……あぁぁぁぁっ!!」
アストルフォの真っ直ぐな叫びと共に、火傷しそうなほどの熱の塊が、キアラの子宮の最も深い場所へと、容赦なく、そしてこれ以上ないほど優しくぶちまけられた。
ドクン、ドクン、と。
彼女の内に、決して彼女が支配することのできない、圧倒的な他者(オス)の命の鼓動が直接刻み込まれる。
「あぁっ……あ……っ、あ……」
キアラの瞳から、魔性の光が完全に消え失せた。
代わりに溢れ出したのは、菩薩としての仮面が粉々に砕け散り、生まれて初めて「自分を満たしてくれる対等な存在」に出会えたことへの、抑えきれない歓喜と情欲の涙だった。
彼女の絡めていた指先から、抗う力が完全に抜け落ちる。
自らを神だと信じて疑わなかった宇宙が、一人の騎士の熱によって、たった一つの小さな、しかし限りなく温かい『愛の城(寝室)』へと縮小されていく。
(ああ……。わたくしは、この人に……完全に、溶かされて……っ)
キアラの身体は、彼から注がれた熱を逃すまいとするかのように、無意識のうちに自ら彼のがっしりとした身体にすがりつき、甘く蕩けた声で彼の名前を呼び続けていた。
最強の魔性が、一人の「恋する雌」へと完全に墜ちる、その最後の一線。
劣勢はもはや決定的となり、彼女の心身は、アストルフォという底なしの太陽の沼へと、音を立てて沈み込んでいくのだった――。