fate/Apocrypha偽書 千人斬りのアストルフォ 作:鰻天ぷら
「あぁっ……あ……っ、あ……」
極彩色の曼荼羅が描かれた密室。濃厚な香の匂いは、もはや二人が発するむせ返るような愛欲の熱気と汗の匂いに完全に塗り潰されていた。
殺生院キアラは、自らの胎内の最も深い場所に叩き込まれた『圧倒的な他者の熱』に貫かれ、シーツに沈み込んだまま荒い息を繰り返していた。
彼女の魔術回路は、本来なら他者の欲望を喰らい、虚無へと還元するためのもの。
しかし今、彼女の全身を駆け巡っているのは、そんな冷たい力学ではない。彼が注ぎ込んだ純度百パーセントの「肯定感」が、彼女の血液を沸騰させ、子宮の奥底から脳髄に至るまで、火傷しそうなほどの歓喜と情欲で焼き尽くそうとしていた。
(……やめ、なさい……。わたくしは、殺生院キアラ……。衆生を救う、絶対の……っ)
キアラは、崩れ落ちそうになる自らの宇宙(エゴ)を必死に繋ぎ止めようと、最後の抵抗を試みる。
彼女は彼を突き飛ばし、あるいは再び自らの魔性の泥沼へと引きずり込もうと、震える両手を持ち上げた。今までなら、その爪を相手の背に突き立て、獣のように飼い慣らしていたはずの両手。
だが。
「キアラちゃん。すっごく、綺麗だよ」
アストルフォが、極限の快楽と疲労に肩で息をしながらも、底抜けに優しい太陽の笑顔で彼女を見下ろした。
そして、彷徨うキアラのその両手を、彼自身の大きく逞しい両手で迎え入れ、指と指を深く、固く絡め合わせたのだ。
「あっ……!」
それは、アストルフォに見抜かれ、そしてこの死闘の中で無意識に彼女自身が求めてしまっていた『恋人繋ぎ』。
獣を支配するための爪は、すでに無力化されていた。彼女の細く白い指は、アストルフォの火傷しそうなほどに熱い指の間にすっぽりと収まり、決して解けない強い絆のように、自らギュッと彼の手を握り返してしまったのだ。
「……どうして……。どうして、貴方は……わたくしに、喰われないのです……っ」
キアラの瞳から、ついに大粒の涙が溢れ出した。
菩薩としての完璧な仮面は粉々に砕け散り、そこにあるのは、ただ愛されたかっただけの、一人の不器用で孤独な少女の素顔。
彼女は無意識に、アストルフォの顔から目を逸らそうとした。彼を見れば、彼という絶対的な「対等な他者」の存在を認めてしまうことになるから。
しかし、どう足掻いても、彼女の視線は吸い寄せられるように、彼の『紫水晶の瞳』を求めてしまう。その瞳の奥にある、自分をただの女の子として全肯定してくれる、真っ直ぐで温かい光から、もう二度と離れられないと本能が理解してしまっていた。
「どうしてって、決まってるじゃないか」
アストルフォは、絡め合わせた手をシーツに押し付けたまま、キアラの涙で濡れた頬に自らの頬をすり寄せた。
「キアラちゃんの手、もう冷たくないでしょ?」
「……え……?」
キアラはハッと息を呑んだ。
ずっと、誰の体温を感じることもなく、虚無のように冷え切っていたはずの自らの両手。それが今、アストルフォと固く絡み合わされた指先から、彼と全く同じ、生きている証のような熱い鼓動を打っていることに気づいたのだ。
「ボクの熱、キアラちゃんの心のずーっと奥まで届いたんだよ。……だから、もう一人ぼっちじゃない。キアラちゃんは、ボクが守る、ボクのすっごく可愛いお姫様だもん」
「あぁぁっ……! アス、トルフォ……っ!!」
その言葉が、最後の決定打となった。
彼女の内にそびえ立っていた『究極の自己愛』という名の孤独の塔が、音を立てて完全に崩壊する。
キアラの口から漏れ出たのは、もはや信徒を惑わすような魔性の囁きでも、救済の教義でもなかった。
「はぁっ、あぁっ……! すき……っ! わたくしを……もっと、貴方の熱で、めちゃくちゃに……っ!! 貴方という『男』で、わたくしの全部を、満たして……っ!!」
ただの一人の『雌』として、己のすべてを捧げることを乞う、純粋で狂おしい愛の絶叫。
「うん……っ! キアラちゃんの全部、ボクがいっぱいいっぱい愛してあげる……っ!」
アストルフォは、繋いだ手にさらに力を込め、再び彼女の最奥へと、激しく、そして深く熱を打ち込み始めた。
「ひぎぃッ……!! あぁぁぁぁっ!! いいっ……! アストルフォ……っ、もっと……もっとぉっ!!」
「キアラちゃん……っ! キアラちゃん……っ!」
密室に響き渡る、果てのない水音と甘い嬌声。
最強の魔性として恐れられた菩薩は、今や彼が腰を打ち付けるたびに髪を振り乱し、よだれを垂らし、ただ彼から与えられる無尽蔵の快楽と愛の熱量に咽び泣く、極上のヒロインへと完全に作り変えられていた。
彼女の虚無は、太陽の光で隅々まで照らされ、彼という男の存在で余すところなく満たされた。
もはや、彼なしでは呼吸の仕方すら忘れてしまうほどに。
永遠に続くかと思われた熱帯の夜。
互いの魂の輪郭が完全にドロドロに溶け合い、幾度目かの絶頂の果てに。
殺生院キアラは、アストルフォの広く逞しい胸の中で、生まれて初めて知る「対等な誰かに愛される圧倒的な安心感」に包まれながら、完全に気を失うようにして、深く、幸福な眠りへと落ちていったのだった――。