fate/Apocrypha偽書 千人斬りのアストルフォ 作:鰻天ぷら
――極東でのキアラ陥落から、一年が経過した西暦2018年。
ロンドン郊外にそびえ立つエーデルフェルト別邸は、かつてないほどの人口密度と、むせ返るような甘い熱気、そして絶え間ない子供たちの笑い声に包まれていた。
「こら、雁夜! 走ったら危ないでしょ! もう、あいつ(アストルフォ)に似て落ち着きがないんだから!」
遠坂凛が、自分とアストルフォの間に生まれた長男・雁夜を追いかけながら、幸せなため息をつく。
「ふふっ。幾夜、お兄ちゃんと一緒に遊んでもらいなさいな」
隣では、桜・エーデルフェルトが、すっかり大きくなった第二子・幾夜を優しく撫でている。
広大なダイニングホールでは、今夜も世界最高峰の女たちによる大晩餐会が開かれていた。
しかし今夜は、この城の中心であり、彼女たちの心身をドロドロに溶かし尽くした絶対的な太陽――アストルフォが、時計塔関連の軽い所用(お使い)で外出しており、不在だった。
夫が不在の夜。それは彼女たちにとって、身体の奥底に燻る「熱」を持て余す、ひどく艶やかでじれったい時間でもあった。
「……はぁ。あの方がいないと、どうにもワインの味が物足りませんわね」
ルヴィアゼリッタが、扇子で口元を隠しながら、落ち着かない様子で太ももを擦り合わせる。
その足元では、思春期を迎えてすっかり発育の良くなったクロエが、「パパ成分が足りないー……お腹の奥がジンジンするよぉ」と、不満げに絨毯に寝転がっている。イリヤと美遊も、口にこそ出さないものの、頬を赤く染めて玄関の方をチラチラと気にしていた。
「まったく。あんたたち、少しは我慢しなさい。……と言いたいところだけど、あの規格外のオスの熱に慣らされちまった身体じゃ、無理もないか」
蒼崎橙子が、赤い眼鏡の奥の瞳をトロンと濁らせながら、タバコの紫煙を吐き出す。
彼女の膝の上では、アストルフォとの間に生まれた娘――『有珠』が、静かに絵本を読んでいる。
「……それにしても。なんで私とあいつ(アストルフォ)の娘の名前が『有珠』になるのか、名付けた時の記憶が曖昧なんだよね。……まさか、あいつ(久遠寺有珠)の呪いじゃないだろうね」
橙子が頭を抱える隣で、妹の青子も、愛息『智識』の遊び相手をしながら苦笑していた。
ホールの至る所で、彼が残した「愛の結晶」たちが元気に駆け回っている。
ライネスの息子『レオナルド』と、オルガマリーの息子『チャーリー』が、カレンの息子『ユリウス』を巻き込んでおもちゃの剣でチャンバラをしている。
「ちょっと! チャーリー、そこは危ないわよ!」とオルガマリーが貴族の仮面をかなぐり捨てて注意し、ライネスが「ふふっ、我が息子ながらやんちゃだな」と小悪魔的に笑う。
そして、ひときわ異彩を放ちながらも、完全にこの魔窟の空気に馴染んでいる一角があった。
沙条愛歌と綾香の姉妹、そして玲瓏館美沙夜だ。
「王子様……早く帰ってきて。私の子宮が、王子様の熱を欲しがって泣いているわ」
愛歌が、一切の感情を排した金色の瞳を極限まで甘く濁らせ、自らの胸元をギュッと抱きしめる。彼女の周囲には、アストルフォとの間に生まれた『マシュ』と『ノーマ』が、そして綾香の息子『広樹』、美沙夜の娘『ありす』が、不思議な全能の魔力に守られながら遊んでいる。
「愛歌お姉ちゃん、はしたないよ……っ。でも、私も……」
綾香も顔を真っ赤にして俯き、美沙夜も「ええ。あの方の無尽蔵の情熱を知ってしまえば、理性を保つ方が難しいわ」と、艶やかに濡れた唇を舐めた。
さらに、ホムンクルス組のテーブルもカオスだ。
フィリアの息子『ローランド』、セラの娘『アルツィア』、リーゼリットの娘『トゥール』。そして、かつてアインツベルンのアハト翁が刺客として送り込んできたものの、アストルフォの天然の優しさと無尽蔵の熱量にあっさりと絆され、今や彼のお世話係(という名の愛人)として完全に居着いてしまった純白のドレスの三人娘たちが、甲斐甲斐しく子供たちの世話を焼いている。
そんな中。
黒い法衣姿のシエルが、娘の『アルチナ』を膝に乗せ、苦笑いしながら隣の席の女にグラスを差し出した。
「ほら、ノエル。貴女もあまり飲みすぎないでくださいね」
「……シエル。どうしてこうなったの、マジで」
やさぐれた口調でワインを煽るのは、シエルの後輩であるノエルだ。
彼女は、極東での任務から帰還しないシエルを心配し、単身このエーデルフェルト邸に乗り込んできた。……しかし、待ち受けていたのは、冷徹な代行者の顔を完全に忘れ、一人の男にメロメロになったシエル(とその他の化け物のような女たち)だった。
そして彼女自身も、気づけばアストルフォという「太陽の沼」に引きずり込まれ、彼の圧倒的な包容力とオスの色気の前になす術なく陥落し、今ではすっかりこの魔窟の住人(共犯者)と化してしまっていたのだ。
「仕方ないじゃないですか。……あの方の熱は、どんな教義よりも、どんな奇跡よりも……私たちの心の奥底を、甘く、深く救済してくださるのですから」
シエルが、かつてないほどに蕩けた表情で呟く。
「……ええ。本当に、その通りですわ」
その会話に、妖艶な笑みを浮かべて割り込んできたのは、殺生院キアラだった。
かつて最強の魔性として世界を飲み込もうとした菩薩は、今やアストルフォなしでは呼吸すらできないほどの「極上の雌」へと完全に調教されていた。
「わたくしも、あの方に……骨の髄まで、ドロドロに愛し尽くされましたもの。今夜あの方が帰られたら……真っ先に、わたくしのお部屋に引きずり込ませていただきますわ」
「ちょっと、新入り! 抜け駆けは許さないわよ!」「王子様は私のものよ!」
キアラの宣戦布告に、ヒロインたちが一斉に色めき立ち、ホールはむせ返るような愛欲と嫉妬の熱気で飽和状態となる。
その狂騒を、少し離れた静かなテラス席から、微笑ましく見守っている二人の女性がいた。
ユグドミレニアの元当主・フィオレと、かつて聖女の依代であった村娘・レティシアだ。
彼女たちの足元では、フィオレの息子『ジーク』と、レティシアの娘『ジャンヌ』が、仲良く星空を見上げていた。
「……ふふっ。本当に、信じられない光景ね」
フィオレが、紅茶のカップを置き、静かに語りかける。
「魔術協会の冠位、聖堂教会の代行者、根源接続者、そして魔性の菩薩。……本来なら、出会った瞬間に殺し合うような業を背負った私たちが、こんな風に一つの家族として笑い合っているなんて」
「はい。……すべては、あの方のおかげです」
レティシアが、胸の前で両手を組み、祈るように微笑んだ。
「アストルフォ様は、聖杯の奇跡など使わずに……ただ、その真っ直ぐな心と、底抜けの優しさ(と、ちょっぴり激しすぎる情熱)だけで、私たちの凍りついていた時間を溶かし、こんなにも温かい世界を作ってくださいました」
「ええ。彼は間違いなく、私たちの太陽よ」
フィオレとレティシアの二人が、愛する夫への尽きせぬ感謝と愛情を込めて、顔を見合わせて微笑み合った――その時だった。
『ガチャリ』
別邸の重厚な玄関の扉が開く音が、ホールに響き渡った。
「あ! パパが帰ってきた!!」
イリヤやクロエたち子供が一斉に玄関へと駆け出し、ヒロインたちも熱を帯びた瞳で一斉に立ち上がる。
「みーんーなー! ただいまーっ!!」
桜色の髪を揺らし、無尽蔵のオスの熱気を纏った太陽の騎士――アストルフォが、満面の笑みでホールへと飛び込んできた。
「アストルフォ!」「アストルフォさん!」「王子様!」
妻たちが一斉に彼に群がろうとした、その瞬間。
ソファでくつろいでいた橙子の視線が、アストルフォの後ろに隠れるようにして立っている『一人の見知らぬ少女』に釘付けになった。
「……えっとね! 橙子に頼まれた通り、日本の探偵事務所(伽藍の堂)に顔を出してきたよ! そしたら、すっごく可愛いお姫様がいたから、一緒にお家へ帰ることにしたんだ!」
アストルフォの無邪気な声に合わせて、彼の背中からヒョッコリと顔を出したのは、上質な高校のブレザーに身を包んだ、十八歳特有の成熟と淫靡な色香を漂わせる少女だった。
「初めまして、お姉さま方。私、両儀未那(りょうぎ まな)っていいます」
未那は、全く物怖じする様子もなく、むしろアストルフォの逞しい腕にギュッとすがりつきながら、小悪魔的に微笑んだ。
未那は、全く物怖じする様子もなく、むしろアストルフォのがっしりとした腕にギュッとすがりつきながら、完全に『雌』として満たされきった顔で、小悪魔的に微笑んだ。
「アストルフォ、すっごく熱くて、かっこよくて……私を『大人の女』として真っ直ぐに愛してくれたから、ついてきちゃいました。……私、今日からアストルフォのお嫁さんになりますね♡」
「…………は?」
その直後。
「ぶふぅッ!!? げほっ、ごほっ!!」
飲んでいた赤ワインを盛大に吹き出したのは、蒼崎橙子だった。
彼女は血相を変え、ガタガタと震えながらアストルフォに詰め寄った。
「ちょっ、お前ッ……!! よりによって、なんでうちの馬鹿弟子と、あの物騒な女(両儀式)の娘をナチュラルにオトしてお持ち帰りしてんのよ!? あいつの直死の魔眼で、この屋敷ごと『殺される』わよ!!」
橙子の絶叫を他所に、アストルフォは「えー? マナちゃん、すっごくいい子だよ?」と全く事態の深刻さを理解していない様子で、未那の頭を優しく撫でている。
「あーもうっ! またパパったら、新しい女の子連れてきて!」
「王子様、本当に罪作りなんだから……今夜はたっぷり、お仕置きが必要ね」
呆れ声と、嫉妬の混じった艶やかなため息。
橙子の胃痛。子供たちの歓声。
そして、すべてを包み込むアストルフォの底抜けに明るい太陽の笑い声。
かくして、規格外の騎士が築き上げた、世界で一番危険で、世界で一番淫靡で、そして世界で一番幸福に満ちた「愛の魔窟」の日常は。
新たな火種(ヒロイン)を巻き込みながら、これからも果てしなく、熱く賑やかに続いていくのだった。