fate/Apocrypha偽書 千人斬りのアストルフォ 作:鰻天ぷら
翌朝。
ロンドン郊外、エーデルフェルト別邸。
朝の穏やかな光が差し込むベッドの上には、教会の誇りも、ドス黒い復讐心も完全に『溶かされた』一人の女の子の姿があった。
「……んんっ……。アストルフォ、さま……っ」
下着すら身につけていないノエルは、アストルフォのがっしりとした胸板にぴったりと張り付き、彼の匂いを嗅ぐように鼻をすりすりとしている。そのだらしなく緩んだ口元には、かつての卑屈な虚勢など微塵もない。ただ、絶対的なオスに肯定され、骨の髄まで愛し尽くされた「極上の雌」としての多幸感だけが漂っていた。
「おはよう、ノエルちゃん! よく眠れた?」
アストルフォが、彼女の茶色いサイドテールを優しく撫でる。
「はい……っ。私、もう……貴方の熱がないと、生きていけません……っ。ずっと、ずっと傍に置いてください……っ」
ノエルは、目を覚ましたアストルフォの頬に自らチュッとキスをし、えへへとだらしなく笑う。
かつての「シエルの幸せをぶち壊す」という暗い決意は、彼の無尽蔵の熱量とフェロモンの前に、開始数秒で完全に蒸発してしまっていた。彼女が心の底から欲しかったのは、誰かを蹴落とすことではなく、ただこうして「無条件で自分を愛してくれる存在」だったのだから。
その光景を、身支度を整え、青いルームウェアを羽織ったシエルが、呆れたような、しかしどこかホッとしたような表情で眺めていた。
「……まったく。貴女は本当に、あっという間に毒されてしまいましたね。少しは代行者として抵抗する素振りくらい見せるかと思いましたよ」
シエルの言葉に、ノエルはハッとしてアストルフォの腕の中から顔を上げた。
「あ……シエル先輩……っ」
ノエルは一瞬、昨夜自分がシエルに放った暴言とド黒い私怨を思い出し、気まずそうに視線を泳がせた。
だが、シエルは怒るどころか、ベッドの端に腰を下ろすと、ノエルの頭を優しく撫でたのだ。
「これでようやく、余計な肩の荷が下りたでしょう、ノエル。……貴女が私を恨んでいたことなど、とうに知っていました。私は貴女の『普通の女の子としての人生』を奪ってしまったのですから、当然です」
「先輩……」
「でも、あの方は……貴女のその傷も、嫉妬も、すべて丸ごと愛して満たしてくださいます。……だからもう、無理して教会の正義だの、私への復讐だの、似合わない鎧を着る必要はないんですよ。……これからは、この屋敷で、私と同じように『ただの幸せな女の子』として生きなさい」
シエルの慈愛に満ちた(そして完全に魔窟の正妻としての余裕に満ちた)言葉に、ノエルの目からボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちた。
「うぅ……っ、シエルせんぱぁい……っ! わたし、わたしぃっ……!」
ノエルは、シエルの胸にすがりつき、わんわんと子供のように泣きじゃくった。
教会の先輩と後輩、あるいは加害者と被害者という重苦しい関係は、一人の太陽の騎士の圧倒的な熱量を経て、ここに『同じ男を愛する姉妹(共犯者)』という新たな絆へと完全に昇華されたのだった。
***
「……あら。随分と賑やかな朝チュンですこと」
開け放たれた寝室のドアに寄りかかり、クスクスと意地悪そうに笑っている女がいた。
銀色の髪と、修道服のスリットから覗く艶めかしい太もも。聖堂教会の「もう一人の」ヤバいシスター、カレン・オルテンシアである。
「ヒッ……!? カ、カレン様……っ!?」
ノエルは、埋葬機関の第七位(シエル)以上に、教会内で恐れられている『悪魔の申し子』の姿を見て、ヒッヒッと引き攣った声を上げた。
「ふふっ。怯えなくても大丈夫ですよ、新人さん。……貴女が、シエルさんの幸せを妬んで、コソコソと浅はかな罠を仕掛けようとしていたことなど、私たちはとっくにお見通しでしたから」
カレンは、ベッドに近づくと、ノエルの顎をツンと指で持ち上げた。
「自分のちっぽけな私怨で、あの方(太陽)を害そうとした罪は重いですけれど。……昨夜の貴女の、脳髄まで溶けきったような素晴らしい鳴き声を聞いて、許して差し上げることにしましたわ」
「あぅ……っ」
ノエルは顔を真っ赤にして俯いた。教会の誰もが恐れるカレン・オルテンシアが、同じ男に狂わされた『魔窟の先輩』として自分をイジり倒してくる。その絶望的で、しかしどこか甘美な状況に、ノエルの本質的な(少しM気質な)生存本能が完全に順応し始めていた。
「これからは、私の洗濯や掃除も手伝っていただきますからね、後輩。……ああ、もちろん、夜のあの方への『奉仕』の仕方も、私とシエルさんで、一からみっちりと仕込んで差し上げますわ」
「……はい……っ。ご指導、よろしくお願い、しますぅ……っ」
ノエルは、もはや完全に教会の誇りを捨て去り、魔窟の不憫で可愛い下っ端(愛人)としてのポジションを、なし崩し的に受け入れたのだった。
***
数日後。イタリア・バチカン、聖堂教会本部。
「……報告します。第七位(シエル)の救出(という名目の調査)に向かったノエル代行者ですが……例のロンドンの魔窟に侵入した直後から、完全に通信が途絶しました。……おそらく、彼女も……」
報告を行う神父の声は、ひどく重く、そして疲労しきっていた。
秘密会議室のテーブルを囲む枢機卿たちは、もはや怒りすら湧かないという顔で、深々とため息をついた。
「……またか。またあの屋敷に、我が教会の貴重な戦力が飲み込まれたというのか」
「もはや疑いようがありません。あのエーデルフェルトの騎士は、女性を物理的・精神的に取り込み、自らの『愛の軍団』へと洗脳する悪魔の化身です。……おそらく、あのノエルですら、夜な夜な恐ろしい陵辱(という名の極上の愛撫)を受け、教会のことなどとうに忘れて骨抜きにされているのでしょう」
彼らの的外れな(しかしある意味では完全に正解な)推論に、誰もが絶望的な顔で頷いた。
「……これ以上の被害は、我が教会の存立に関わる。全職員に最終通達を出せ」
議長を務める老人が、こめかみを押さえながら厳命を下す。
「いいか。ロンドン郊外のあの屋敷は『絶対不可侵領域』とする。……特に、女性職員は半径十キロ以内への接近を固く禁ずる! 万が一近づけば、二度と我らの元へは帰ってこないと心に銘記せよ!!」
かくして。
聖堂教会の完全なる敗北宣言(白旗)とともに、アストルフォと彼の愛する妻たちが暮らす魔窟の平和は、より一層強固なものとして保障されることとなった。
そして、不憫な後輩を新たな家族として迎え入れた太陽の騎士は、今日も変わらず、愛する女たち全員に無尽蔵の熱と幸福を注ぎ込み続けているのだった。