fate/Apocrypha偽書 千人斬りのアストルフォ 作:鰻天ぷら
極東の地、観布子(みふね)市。
古い雑居ビルと近代的なデパートが混在するこの街のアーケード街を、一人の青年が軽やかな足取りで歩いていた。
「えっと、凛にはこの和菓子でしょ、桜には新しいエプロン! 綾香ちゃんや美沙夜ちゃんたちには……あ、このお茶のセット、すっごく可愛い!」
桜色の髪を後ろでふわりと束ね、カジュアルなジャケットを羽織ったその青年――アストルフォの両手は、すでに色とりどりの紙袋で埋め尽くされていた。
今回、彼は魔術協会の時計塔関連の軽い所用(ロンドンからのお使い)で、単身この日本を訪れていた。キアラという最強の魔性との死闘の時とは違い、完全に血の匂いなどしない平和な出張である。
面倒な交渉事や書類の受け渡しをあっさりと午前中で終わらせた彼は、愛する妻たちや、日々すくすくと育っている子供たち(イリヤや雁夜、有珠たち)の顔を思い浮かべながら、満面の笑顔でお土産選びを満喫していたのだ。
「フフッ、みんな喜んでくれるといいなぁ!」
屈託のない太陽の笑顔。
だが、現在の彼はただの明るい騎士ではない。魔窟のエーデルフェルト邸で、世界最高峰の化け物のような女たちを毎晩のように抱き潰し、その心身を愛で満たし尽くしている「完成された絶対的な雄」である。
彼がただ楽しそうにアーケードを歩き、時折ショーウィンドウを覗き込むだけで、彼から無自覚に溢れ出す致死量の『オスのフェロモン』と『圧倒的な肯定感のオーラ』が、すれ違う一般女性たちの視線を次々と釘付けにしていた。
「……ねえ、今の人見た? すっごく可愛くない?」
「可愛いっていうか……なんか、胸の奥がギュッてなるっていうか……すっごく、いい匂いがした……っ」
すれ違った女子高生やOLたちが、ぽーっと頬を桜色に染めて振り返り、その場に立ち尽くす。彼の陽の気に当てられ、無意識のうちに下腹部を熱く疼かせていることにも気づかないまま。
当のアストルフォは、そんな街の狂騒など一切気にする様子もなく、「次はイリヤちゃんたちのケーキ!」と鼻歌交じりに歩みを進めていた。
その時である。
「……あ」
アストルフォは、大きな紙袋を抱え直した拍子に、ふと足を止めた。
「そうだ! 橙子から、日本に行ったらついでに寄ってほしい場所があるって言われてたんだった!」
アストルフォの脳裏に、数日前のロンドン・エーデルフェルト別邸での光景が蘇る。
出発前夜。
ベッドの上で、赤い眼鏡を外した蒼崎橙子が、極限まで蕩けた顔でアストルフォのがっしりとした腕に抱きつきながら、紫煙の代わりに甘い吐息を吐き出していた。
『……はぁ。あんた、明日から極東に出張だったわね。……なら、ついでにお使いを頼まれてくれない?』
『うん! いいよ! 何買ってくる?』
『買い物じゃないわよ。……観布子市に用があるなら、昔私が使っていた探偵事務所……「伽藍の堂」っていう廃ビルに、顔を出してきて頂戴。……そこに、私の馬鹿弟子と、物騒な目をした女が住み着いてるはずだから。生きてるかどうか、見てくるだけでいいわ』
『橙子のお弟子さん? わかった、ボク、ちゃんとご挨拶してくるね!』
そんなやり取りをして、そのあと朝まで橙子をドロドロに愛し尽くしたのだった。
「えへへ、すっかり忘れるところだったよ。……えっと、橙子が書いてくれた地図だと、このアーケードを抜けて、少し裏道に入ったところにある廃ビルだね!」
アストルフォは、両手のお土産の袋を器用に抱え直すと、陽の傾きかけた観布子市の裏路地へと軽快なステップで向かっていった。
そこが、極道の『両儀』が支配するテリトリーであり。
橙子がかつて「関われば碌なことにならない」とぼやいていた、光と闇の境界線であることなど、太陽の騎士には関係のないことだった。
ただ、橙子の大切なお弟子さんに「こんにちは!」と笑顔で挨拶をするためだけに、アストルフォは薄暗い路地裏の奥にひっそりと佇む、時代遅れの古びたビル――『伽藍の堂』の前に降り立ったのだった。