fate/Apocrypha偽書 千人斬りのアストルフォ 作:鰻天ぷら
窓ガラスを叩きつける雨音は、一向に弱まる気配を見せなかった。
薄暗い『伽藍の堂』の室内に、温かいお茶の湯気と、アストルフォが持ち込んだ熱帯のような甘いオスの匂いが充満していく。
「……だからね、パパは本当にすごいの。お母様みたいな、世界で一番怖くて強い人だって、パパの前じゃただの可愛い奥さんになっちゃうんだから」
未那は、自らの内に湧き上がる『得体の知れない熱(フェロモンへの当てられ)』を振り払うかのように、早口で幹也の自慢を続けていた。
「それに、パパは私のことを誰よりも分かってくれるわ。私が何を考えてるか、何をしてほしいか、言わなくても全部お見通しなの。……だから、私にとってパパは、絶対に越えられない世界で一番の王子様なのよ」
(……私、なに必死に喋ってるのかしら)
未那は、カップを持つ手を小さく震わせながら、内心で自分自身に悪態をついていた。
目の前の青年に向かって、まるで「私にはパパがいるから、貴方なんかに惹かれたりしないわ」と威嚇しているような、ひどく子供っぽい防衛本能。もう十八歳だというのに、こんなムキになった態度はとてもみっともない振る舞いに思えた。
普通の大人の男なら、こんな父親への執着など、「はいはい、本当にパパが大好きなんだね」と、適当に微笑んで受け流すだろう。未那も、そうやって未だに『子供』として扱われることに、心の奥底で燻るような不満を抱きつつも、すっかり慣れきっていた。
だが。
「うんうん! マナちゃんのパパ、本当にすっごく優しい人なんだね!」
アストルフォは、ソファに座ったまま少し身を乗り出し、未那の言葉を一言も聞き漏らさないように、紫水晶のように澄んだ瞳をキラキラと輝かせて相槌を打っていた。
「マナちゃんが、パパのことすっごく大好きで、大切に思ってるの……痛いほど伝わってくるよ。自分の好きな人のことを、そんな風に胸を張って『一番だ』って言えるマナちゃんって、すっごくかっこいいと思うな!」
「えっ……」
未那の言葉が、ピタリと止まった。
子供扱いでも、大人の余裕でもない。アストルフォは、未那の言葉を『一人の人間が語る、大切な愛の話』として、一切の偏見なく、真っ向から全肯定して受け止めたのだ。
「……お兄、さん……」
未那は、息を呑んだ。
彼から放たれるのは、パパ(幹也)の持つ「静かで穏やかな水面」のような優しさではない。
相手のすべてを丸ごと肯定し、その熱で包み込んで、有無を言わさず自分の引力圏内に引きずり込む『太陽』の優しさ。魔窟のエーデルフェルト邸で、世界最高峰の化け物女たちを毎晩のように蕩けさせている、圧倒的な『雄(オス)』としての度量。
ドクン、ドクン、と。
未那の胸の奥で、警鐘と悦びが入り混じった激しい鼓動が跳ねる。
雨で少し濡れたアストルフォの服の隙間から覗く、がっしりとした鎖骨。そこから滲み出る、むせ返るような甘い熱気が、未那の早熟な理性を容赦なく侵食していく。
(……だめ。この人、パパとは全然違う。……パパよりも、ずっと……危険で、甘くて……っ)
未那は、無意識のうちに太ももをキュッと擦り合わせ、呼吸を荒くしていた。
下腹部の奥から、今まで感じたことのないジンジンとした疼きが這い上がってくる。
「……でもね」
不意に、アストルフォの声のトーンが、少しだけ低く、ひどく艶やかなものに変わった。
彼がソファから立ち上がり、未那の座る椅子のすぐそばまで歩み寄る。
「ひゃっ……」
至近距離。
アストルフォの大きな手が、未那の座る椅子の背もたれにトン、と置かれる。
彼に見下ろされる形になった未那は、その瞳の奥に宿る『純粋な愛欲(熱)』に射すくめられ、身動き一つとれなくなってしまった。
「マナちゃんのパパも、すっごく素敵な王子様だけど」
アストルフォは、未那の黒い艶やかな髪にそっと指先で触れた。
その指先から伝わる火傷しそうなほどの熱に、未那の全身がビクンと跳ねる。
「マナちゃん自身も、すっごく魅力的で、可愛いお姫様だよ。……パパのお話をしてる時のマナちゃん、とっても綺麗だった」
「あ……ぁ……っ」
未那の口から、もはや言葉にならない甘い吐息が漏れる。
「……ボクなら。マナちゃんのこと、『パパの娘』としてじゃなくて……ただの可愛い女の子として、誰よりも一番にしてあげるのになぁ」
「――――ッ!!」
その言葉は、未那の心の最も柔らかい部分を、これ以上ないほど正確に貫いた。
未那はずっと「両儀式の娘」「両儀幹也の娘」として見られてきた。パパのことは愛しているが、パパにとっての一番は永遠にママ(式)であり、自分は『愛する娘』の域を出ないことを、彼女の聡明さは痛いほど理解していたのだ。
だが、目の前の太陽の騎士は違った。
彼は、未那を「子供」でも「極道の娘」でもなく、純粋に『一人の対等な女(雌)』として真っ直ぐに見つめ、その無尽蔵の熱情をぶつけてきたのだ。
パパからは絶対に得られない、強烈なオスとしての肯定感。
「一人の女として愛し、満たしてやる」という、圧倒的な熱。
「……アス、トルフォ……お兄さん……っ」
未那の強がっていたお嬢様としての防壁は、音を立てて完全に崩壊した。
彼女の黒い瞳は、すでに極度の熱に当てられ、トロトロに溶けきった甘い色に染まっている。
雨音だけが響く密室の中、早熟なお姫様は、自らを狂わせる太陽の熱に、完全にその身も心も傾けてしまったのだった――。