fate/Apocrypha偽書 千人斬りのアストルフォ 作:鰻天ぷら
「……ボクなら。マナちゃんのこと、『パパの娘』としてじゃなくて……ただの可愛い女の子として、誰よりも一番にしてあげるのになぁ」
アストルフォのその言葉が、未那の鼓膜の奥で、甘く危険な残響となっていつまでも響いていた。
『一人の対等な女の子(大人の女)』としての全肯定。
パパ(幹也)の静かな水面のような優しさでは絶対に満たせない、暴力的で熱帯のような『雄(オス)』の引力。
十八歳という、大人の入り口に立つ未那の柔らかな自尊心は、彼から放たれる圧倒的な熱量とフェロモンに当てられ、すでに薄氷のようにひび割れ、溶け始めていた。
(……だめ。私にはパパが……パパが世界で一番の……っ)
未那は、自らの内に湧き上がる『雌』としての本能的な疼きを必死に押さえ込もうと、震える手で膝の上のスカートをギュッと握りしめた。
下腹部の奥からジンジンと這い上がってくる熱が、理性の防壁を内側から甘く侵食していく。彼に見つめられているだけで、呼吸が浅くなり、肌が粟立ち、もっと彼に触れてほしいと身体の芯が泣き叫んでいるようだった。
その時。
「あ、見て! 雨、上がったみたいだよ!」
不意に、アストルフォが窓の外を指差して明るい声を上げた。
先程まで窓ガラスを激しく叩きつけていたゲリラ豪雨は、嘘のようにピタリと止み、雲の切れ間からオレンジ色の夕陽が射し込み始めていた。
「え……」
「よかったー! これならケーキも濡れないで持って帰れるや!」
アストルフォは、先程までの甘く危険な熱を嘘のように引っ込め、いつもの屈託のない太陽の笑顔に戻ると、ソファの横の大量の紙袋をひょいひょいと持ち上げた。
「マナちゃん、雨宿りさせてくれて本当にありがとう! マナちゃんのパパのお話、すっごく楽しかったよ! 橙子のお弟子さんたちにも、よろしく言っておいてね!」
彼は、全く未練のない様子で、扉の方へと歩き出す。
(あ……)
未那の心臓が、ドクンと嫌な音を立てて跳ねた。
彼が帰ってしまう。
このまま扉が閉まれば、自分はまた『両儀式の娘』『パパのことが大好きな女の子』という日常に戻るだけだ。
この、魂の底から震え上がるような熱を放つ人は、ロンドンの『奥さんたち』の元へ帰り、自分のことなんてすぐに忘れてしまう。
(嫌……っ)
理性が「行かせなさい」と告げる。
だが、本能が「ここで彼を逃がせば、私は一生満たされない」と絶叫した。
パパの優しさは心地よい。でも、それは私を女にしてくれない。私を、狂おしいほどの熱で満たして、お姫様にしてくれるのは――。
「……待って」
気づけば、未那の身体は勝手に動いていた。
アストルフォが扉のノブに手をかけた瞬間、彼女は彼の背中にしがみつくようにして、そのジャケットの袖を、両手でギュッと力強く掴み取っていたのだ。
「……マナちゃん?」
アストルフォが、きょとんとした顔で振り返る。
「……帰さない」
未那は、俯いていた顔をゆっくりと上げた。
その艶やかな黒髪の隙間から覗く瞳は、もはやおませな子供のそれではない。完全に理性を捨て去り、一人の雄の熱に当てられて発情した、十八歳の『雌』の危うい色香に濡れそぼっていた。
「私のこと……パパの娘としてじゃなく、一人の女の子として……誰よりも一番のお姫様にしてくれるって、言ったでしょ……?」
未那は、上目遣いでアストルフォの紫水晶の瞳を真っ直ぐに射抜きながら、甘く震える声で懇願した。
「……マナちゃん」
その瞬間。
アストルフォの顔から、天然で無邪気な少年の面影がスッと消え去った。
代わりに現れたのは、極東の魔性すらも屈服させ、魔窟の化け物女たちを毎晩のように愛の絶頂へと導いている、極限まで成熟した『太陽の騎士(絶対的な雄)』の顔だった。
「ドサッ」
彼の手から、紙袋が床に落ちる。
「ひゃっ……!」
次の瞬間、未那の身体は、アストルフォの太く逞しい腕によって強引に引き寄せられ、壁と彼のがっしりとした胸板の間に閉じ込められていた。
「……マナちゃんが、自分で引き留めたんだよ。もう、絶対に帰してあげないからね」
低く、耳の奥を直接溶かすような甘い囁き。
彼から放たれる致死量のフェロモンが、密着した肌越しに未那の全身の毛穴から侵入し、脳髄を白く焼き切っていく。
「あ……ぁっ、アス、トルフォ……お兄さ……んっ」
「お兄さんじゃないでしょ。……マナちゃんだけの、王子様にしてくれるんでしょ?」
アストルフォの顔が近づく。
息遣いが交じり合い、彼の唇が、未那の震える唇を優しく、しかし絶対に逃げられない力強さで塞いだ。
「んんッ……!!」
交わる舌。
未那の未熟な魔術回路と経験値では、アストルフォが注ぎ込んでくる無尽蔵のオスの熱量を処理しきれるはずもなく、一瞬にして全身の力が抜け落ちた。
「あぁっ……はぁっ……んちゅ……っ」
パパへの憧れも、十八歳のちっぽけなプライドも、すべてが圧倒的な肯定感と快楽の濁流に呑み込まれ、跡形もなく溶かされていく。
「マナちゃん、すっごく甘い……。背伸びして強がってるけど、本当はこんなに熱くて、柔らかいんだね」
アストルフォの大きく熱い手が、制服のブレザーの下へと潜り込み、未那の柔らかな素肌を撫で上げる。
「ひぎぃッ……!? ぁ、ああっ……だめ、そこ……っ!」
未那の口から、自分でも信じられないほど淫らで、甘く甲高い嬌声が漏れた。
自分の中の『女の子』としての部分を、彼に全部暴かれ、愛され、肯定されていく。それが恐ろしくて、どうしようもなく気持ち良くて、涙がポロポロと溢れ出した。
「マナちゃん、綺麗だよ。……ボクが、マナちゃんのこと、大人の女の子にしてあげるね」
「あぁっ……アストルフォ……! もっと……私を、貴方の一番に、してぇっ……!!」
夕陽が射し込む古びた探偵事務所。
完全に理性を本能に明け渡し、太陽の熱に焦がれた極道の姫君は。
彼のがっしりとした背中に自ら腕を絡ませ、自尊心も生い立ちもすべてをかなぐり捨てて、果てしない愛と快楽の濁流へとその身を沈めていったのだった――。