※この作品はR-18です。

fate/Apocrypha偽書 千人斬りのアストルフォ   作:鰻天ぷら

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後伝 両儀未那編⑧

バタン、と。

ロンドン郊外、エーデルフェルト別邸の重厚なオーク材の扉が閉まる音が、広大なエントランスホールに響き渡った。

 

「…………死ぬかと思った」

 

その音が完全に途切れた瞬間。メインリビングの高級な革張りソファに、糸の切れた操り人形のように倒れ込んだ女がいた。

赤い眼鏡をずり下げ、顔面を蒼白にさせた冠位魔術師――蒼崎橙子である。

 

彼女は震える手でジッポライターを鳴らし、深く、ひどく深く紫煙を肺に吸い込んだ。

 

「式のヤツ、私の首筋をずっと『直死の魔眼』でロックオンしたままお茶を飲みやがって……。寿命が十年は縮んだわ……」

 

普段の余裕など欠片もない橙子のボヤきに、リビングに集まっていた魔窟の女たちが、ドッと安堵の息を吐き出した。

 

「おやおや、 冠位(グランド)ともあろうお方が、随分と情けない顔をしているではありませんか」

 

豪奢な扇子で口元を隠し、悪戯っぽく笑うのは、エルメロイの姫君ことライネスだ。

 

「だが、兄上(Ⅱ世)の胃痛の種になるのも頷けるプレッシャーだったな。あの二人の前では、私の魔眼など玩具に等しかったよ」

 

「笑い事じゃないわよ、ライネス! あの和服のご婦人、私が少しお茶を勧めただけで、空間ごと私を両断しそうな殺気を放っていたじゃない……っ! あんなの、規格外にも程があるわ!」

 

オルガマリーが、銀色の髪を振り乱しながら、まだ少し震えている膝を必死に押さえている。

 

極東から、娘の駆け落ち相手を(物理的に)見極めるためにカチコミにやってきた最強の夫婦――両儀幹也と両儀式。

彼らがこの魔窟に滞在していた数時間は、名だたる魔女たちにとっても、生きた心地のしない究極の針の筵であった。

 

だが。

 

「ふふっ。パパもお母様も、私の幸せそうな顔を見て、ちゃんと安心して帰ってくれたみたいで良かったわ」

 

その殺伐とした(そして疲労困憊の)空気の中を、まるで春の陽だまりのような、甘く蕩けた声が撫でた。

 

「……たく。一番の大物はお前だよ、未那」

 

橙子が、呆れたようにソファから顔を上げる。

 

そこに立っていたのは、十八歳という大人の女としての成熟と、極上の愛に満たされた『雌』としての危うい色香を完璧に纏った少女――両儀未那だった。

彼女は今、自分の服ではなく、アストルフォが普段着ている少し大きめの白いシャツを、ワンピースのようにだらしなく羽織っているだけだ。歩くたびに、華奢な肩からシャツがずり落ち、真っ白な胸元と、そこに無数に刻まれた『彼から与えられた熱いキスの痕(所有印)』がチラチラと覗く。

 

彼女の艶やかな黒髪からは、アストルフォの体臭と、交わったばかりの濃密で甘い匂いが、隠しようもなく立ち上っていた。

 

「橙子おばさま、素敵な王子様を紹介してくれて本当にありがとう。……私、もう彼のこの匂いと熱がないと、一日だって生きていけない身体にされちゃったわ」

 

未那は、自らの首筋に残る赤い痕を愛おしそうに指でなぞりながら、少しだけ小悪魔的な、しかし本能の底から満たされきった微笑みを浮かべた。

 

そして彼女は、リビングに集う数多の先輩ヒロインたち――凛、ルヴィア、愛歌、シエル、ノエルたちを、真っ直ぐに見渡した。

 

「新入りですけど、よろしくお願いしますね、お姉様方。……でも、私だって極道の娘ですもの。あの方からいただく愛の深さと激しさなら、誰にも負けるつもりはありませんから」

 

十八歳という若さと、愛されたばかりの絶対的な自信。

未那は、魔窟の頂点に立つ女たちに向かって、堂々たる『宣戦布告(マウント)』を放ったのだ。普通ならば、嫉妬と魔術の火花が散る修羅場になるだろう。

 

だが。

魔窟の女たちは、未那のその背伸びした強がりを前に、誰もがひどく優しげな、そして「同じ絶対的な雄を共有する共犯者」としての、極上の余裕に満ちた笑みを浮かべたのだった。

 

「オーッホッホッホ! 随分と威勢のいいお姫様が加わったものですわね! その意気や良し、ですわ!」

 

ルヴィアが金色の巻き髪を揺らして高笑いする。

 

「ええ。でも未那ちゃん、あの方の無尽蔵の体力(熱量)を甘く見ないでね。……私たちは毎晩、その強がりがドロドロの涙と涎に変わるまで、徹底的に愛し尽くされているんだから」

凛が、自らの太ももをモジモジと擦り合わせながら、思い出し発情で頬を真っ赤に染めて忠告する。

 

「本当にそうですよ……っ! 私なんて、シエルの幸せを壊しに来たはずなのに、五分で陥落してこんなおもちゃ(愛人)にされちゃったんですから……っ! 未那ちゃんも、すぐに私たちみたいに、あの方なしじゃ息もできないポンコツにされますからね!」

 

すっかり不憫可愛いポジションが定着したノエルが、シエルの背中に隠れながら、涙目で(しかしどこか誇らしげに)謎のマウントを取り返す。

 

「ふふっ。可愛い妹が増えて、私も嬉しいわ。……今夜は、私と未那ちゃんで、あの方を両側からおもてなししましょうか」

 

沙条愛歌が、一切の感情の濁りがない、純度百パーセントの愛に満ちた瞳で未那を歓迎する。

 

「あ……」

 

未那は、一瞬だけ気圧されたように目を瞬かせた。

彼女は悟ったのだ。ここにいる女たちは、全員が自分と同じ――いや、それ以上に、あの太陽の騎士の規格外のオスの熱量によって、骨の髄まで『女の子』へと作り変えられた同類なのだと。

張り詰めていた未那の肩の力が抜け、ふわりと、年相応の無邪気で柔らかい笑顔がこぼれた。

 

「……はい! よろしくお願いします、お姉様方!」

 

未那が本当の意味で、この狂おしくも温かい『家族』の一員となった、その時だった。

 

「やあやあ、みんな! お待たせー!!」

 

キッチンの奥から、フリルのついたエプロン姿の桜色の騎士――アストルフォが、巨大な銀のトレイを両手に抱えて、満面の太陽の笑顔で現れた。

トレイの上には、絶妙な桜色に焼き上げられた、見事な特大ローストビーフが山盛りにされている。

 

「お義父さんたち、無事に帰ったよ! いやぁ、すっごく優しい人たちだったね!」

 

アストルフォは、先程までの地獄のような緊張感など最初から存在しなかったかのように、ケロッとした顔で笑った。

 

「あんたね……。あの両儀式を前にして、よくもまあ平然と肉なんか焼いてられたわね」

 

橙子が、頭痛を堪えるようにこめかみを押さえる。

 

「え? だって、お義母さん(式さん)も、最初はちょっと目が怖かったけど、ボクの切ったローストビーフを一口食べたら、『……チッ、悪くねぇ』って言って、山盛り三杯もおかわりしてくれたんだよ! お義父さん(幹也さん)も、ボクの淹れた紅茶すっごく美味しいって褒めてくれたし!」

 

「「「…………(この太陽(バカ)、料理と底抜けの善性だけで、あの極東の最強夫婦の胃袋と心を完全制圧しやがった……っ!)」」」

 

リビングにいる全員が、限界突破したアストルフォの『規格外の受容力と主夫力』を前に、畏敬の念すら抱いて絶句した。

 

「マナちゃん、疲れなかった? 怖くなかった?」

 

アストルフォは、トレイをダイニングテーブルに置くと、真っ直ぐに未那の元へと歩み寄った。

 

「ひゃっ……」

 

彼のがっしりとした大きな手が、未那の腰を引き寄せ、その艶やかな黒髪の奥、うなじのあたりを優しく撫でる。

ただそれだけの、何気ないスキンシップ。だが、彼から至近距離で放たれる、むせ返るようなオスの熱気と、「絶対にお前を守る」という揺るぎない肯定感のオーラが、未那の子宮の奥を強烈に甘く痺れさせた。

 

「あ……ううん。アストルフォが一緒にいてくれたから、全然、平気だったわ……っ」

 

未那は、つい先程まで先輩ヒロインたちに見せていた小悪魔的な余裕を完全に失い、トロトロに溶けきった瞳で彼を見上げ、その広い胸板にすりすりと頬を擦り付けた。もう、彼の熱に触れているだけで、立っているのもやっとだった。

 

その様子を見ていたヒロインたちもまた、彼から無自覚に撒き散らされる『限界突破のフェロモン』に当てられ、次々と息を荒くし、頬を薔薇色に染めて下腹部を押さえ始めていた。

 

「んんっ……あの方の匂い、嗅いだだけで……身体の奥が……っ」

「だ、だめよ……まだご飯も食べてないのに……私、もう……っ」

 

広大なリビングが、あっという間に理性を溶かす熱帯の愛の巣へと変貌していく。

 

「えへへ、みんな顔が赤いよ? お腹空きすぎて倒れそうになっちゃった?」

 

アストルフォは、自分の放つフェロモンが原因であることなど微塵も気づかないまま(あるいは気づいていて、夜の楽しみに取っておく余裕を見せながら)、未那の腰を抱いたまま、全員に向けて底抜けに明るい声を響かせた。

 

「さあ、みんな! ご飯の準備できたよ! いーっぱい食べて、今夜もいーっぱい、幸せになろうね!」

 

「「「はいっ……! アストルフォ様……!!」」」

 

夕闇が包むロンドン郊外。

世界最高峰の魔術師も、聖堂教会の代行者も、そして極道の早熟な姫君も。

すべての業とコンプレックスを、ただ一つの無尽蔵の太陽の熱が丸ごと溶かし、温かい愛で満たし尽くしていく。

エーデルフェルト別邸のダイニングからは、今日も変わらず、規格外の幸福と、甘く濃厚な笑い声が、夜遅くまで絶え間なく響き続けているのだった。




これで「fate/Apocrypha偽書 千人斬りのアストルフォ」は完結です
ご愛読ありがとうございました
鰻天ぷらの次回作はあまり期待しないでお待ちください
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