fate/Apocrypha偽書 千人斬りのアストルフォ 作:鰻天ぷら
午後22時30分。
エーデルフェルト別邸の最奥。防音と強固な結界が幾重にも張られた、主寝室の前。
私は、メイドとしての夜の最終見回りを終え、磨き上げられた廊下で一人、壁に背を預けて荒い息を吐いていた。
主寝室の重厚なオーク材の扉の向こうからは、結界を貫通してなお漏れ出してくる、常軌を逸した魔力とフェロモンの波動が、廊下の空気をねっとりとした熱帯夜のように歪ませていた。
(……信じられない。この魔力密度……普通の人間のオスなら、当てられただけで細胞が消滅するわよ……っ)
今夜、アストルフォ様の寝室に呼ばれた『当番』は三人。
かつて、アインツベルン家から脱走したところを救助されたというホムンクルスのフィリア様。
愛に飢え、過去の執着をすべてアストルフォ様への依存に反転させた、元代行者のノエル様。
そして――殺生院キアラ様。
この三人が同時に一人の男を求めているのだ。
特にキアラ様が放つ、空間そのものを甘く腐らせるような淫靡な呪縛(オーラ)は、扉のこちら側にいる私の魔術回路すらドロドロに溶かし、立っているのもやっとの泥酔状態へと追い込んでくる。
(これだけの『劇薬』を同時に相手にするなんて……いくらあの方でも、今夜ばかりは干からびて、明日には一歩も動けなくなるんじゃ……っ)
私は、嫉妬と心配、そして抗いがたい発情の波に揺られながら、扉の隙間から漏れる微かな声に耳を澄ませた。
『……ふふ。アストルフォ……私のすべてを、貴方の熱で満たしてくださるのでしょう……? さあ、もっと深く、今度こそ私の底なしの愛(あな)に堕ちて……っ』
キアラ様の、鼓膜を直接舐め上げるような、恐ろしいほどに甘く艶やかな声。それは男を堕落させ、快楽の底へと引きずり込む獣の誘いだ。
だが。
『――ううん、違うよ、キアラ。堕ちるんじゃなくて、一緒に昇るんだよ!』
一切の淀みも、恐れも、そして魔性への屈服もない。ただ純粋に「目の前の女の子を幸せにしたい」という、底抜けに明るい太陽の声が響いた。
『キアラはいつも大人ぶって、みんなを包み込もうとするけど。本当は、誰かに一番甘やかされたい、可愛い女の子だもんね。……ほら、ボクの熱、全部受け止めて?』
『あ……っ、ア、ストル……フォ……っ!? そん、な……また私を、ただの女として……っ、あぁッ!!?』
『ドチュッ!』という、生々しく重い水音が響いた瞬間。
キアラ様の魔性(オーラ)が、一瞬にして弾け飛んだのがわかった。
彼女は、自分の欲望で男を飲み込もうとしたのではない。
アストルフォ様の「無条件の愛」と、日々の完璧な咀嚼と有酸素運動によって鍛え上げられた『無尽蔵のオスの熱量』によって、真っ向から物理的・精神的に蹂躙され、満たし尽くされてしまったのだ。
『ひゃあッ!? ア、アストルフォ、だめっ、私も、私もいーっぱい愛して……っ!』
『うん! ノエルもすっごく可愛いよ! ほら、ボクの首にぎゅってしがみついて!』
『あぁっ! だめ、そんな奥まで……っ! 頭おかしくなっちゃうぅっ……!』
『アストルフォ様……私も、神霊の器などではなく……貴方の、雌として……っ』
『フィリア、いい匂い。ボクの全部、あげるからね!』
静寂に包まれた屋敷の廊下で、私は自分の耳を疑った。
あの殺生院キアラ様が、ノエル様が、フィリア様が。ただの恋する乙女のように声を震わせ、涙を流し、アストルフォ様に狂ったように交尾をねだっている。
彼が注ぎ込む熱は、魔術的な搾取でも洗脳でもない。ただの『圧倒的な純愛と、バケモノじみた体力』による全肯定の嵐。
「……はぁっ、はぁっ……あぁ……っ」
扉の向こうの、その地獄のように甘い光景を想像しただけで。
私の下腹部はちぎれそうなほどに熱く疼き、気がつけば、メイド服のスカートを自ら捲り上げ、震える指を自身の秘所に這わせてしまっていた。
(あの方には……どんな魔女も、神霊も、獣すらも……勝てない。この底なしの太陽の熱には、女はただ、身を委ねて溶かされることしか……っ)
私は、彼らが奏でる卑猥な水音と甘い嬌声を子守唄にしながら、暗い廊下の片隅で、一人絶頂の海へと沈んでいったのだった。
***
翌朝。午前6時30分。
私は、昨夜の自慰の疲労と寝不足でフラフラになりながらも、完璧なメイドとしての身だしなみを整え、純銀のワゴンに目覚めの紅茶を乗せて主寝室へと向かった。
(……さすがに、今朝のあの方は、泥のように眠りこけているはずよ)
あの三人を相手にして、しかもあんなにも激しく、一晩中愛し合い続けていたのだ。いかに彼が無尽蔵の体力を持っていようと、今日ばかりは一日中ベッドから起き上がれないに決まっている。
私は、少しだけ『看病』ができるかもしれないという淡い期待と優越感を胸に、そっとオーク材の扉をノックした。
「失礼いたします、アストルフォ様。朝の紅茶を――」
『ガチャリ』
「あ! おはよう! ちょうどよかった、ボクも今起きようと思ってたところなんだ!」
「…………え?」
私の思考は、完全に停止した。
目の前で扉を開けたアストルフォ様は、パジャマのボタンをきっちりと留め、寝癖一つない桜色の髪を揺らしながら、まるで十時間ぐっすり熟睡した後のような『ピカピカの太陽の笑顔』を弾けさせていたのだ。
「えっと……ア、アストルフォ、様……? お加減は……」
「うん? すっごく元気だよ! 昨日もいーっぱい運動して、美味しい夕ご飯を三十回噛んで食べたからね! さあ、ボクは今からみんなの朝ごはんのお手伝いに行ってくるよ!」
一滴の疲労感もない。それどころか、オスのフェロモンと生命力が昨日よりもさらに輝きを増しているようにすら見える。
私は、ポカンと口を開けたまま、彼の背後――豪華な天蓋付きのキングサイズベッドの上に視線を這わせた。
「………………………………」
そこは、文字通り『凄惨な愛の跡地』であった。
ベッドのシーツはぐちゃぐちゃに引き裂かれ、濃厚な愛液と汗で湖のように濡れそぼっている。
そして、その中央で。
「あぁ……っ、ぁ……アストルフォ……しゅき……もう、だめぇ……っ」
フィリア様は、完全に焦点の合わない目で天井を見つめ、指一本動かせない状態で痙攣している。
「へへっ……私、いっちばん愛され、た……えへへへっ……」
ノエル様は、白目を剥きながら、アストルフォ様が脱ぎ捨てたシャツを抱きしめて、幸せそうに涎を垂らしている。
そして何より。
あの全人類の欲望を飲み込む『獣』と言われていた(らしい)、殺生院キアラ様が。
「……んふ、ふふふふっ……あぁ、満たされ、ました……。私の宇宙が、あの方の極太の熱で、ドロドロに、埋め尽くされて……もう、何も、考えられませぇん……♡」
完全に、アヘ顔ダブルピースのような(とはいえ菩薩としての美しさを保ったままの)表情で、だらしなく舌を出して極上の多幸感に浸りきっていたのである。
「じゃあ、この三人のこと、お願いね! あとでとびきり美味しい朝ごはん、持ってくるから!」
アストルフォ様は、その地獄のような惨状(大勝利の証)を振り返ることもなく、鼻歌交じりに鼻歌を歌いながら、エプロンを身につけるためにキッチンへと軽やかに走り去っていった。
「……………………」
私は、ただ一人残された寝室の入り口で、手にしたティーカップをカタカタと震わせていた。
魔術協会の典位魔術師としての論理も、かつて持っていた矜持も、完全に粉砕された。
これが、アストルフォという男の日常。
一切の魔術的な搾取を行わず、ただ純粋な善意と「完璧な健康管理」によって生み出される、無限のオスのスタミナ。
(……敵うはずが、ありませんわ。私ごときが嫉妬するなんて、おこがましいにも程がある……)
私は、完全に腰を抜かした三人の化け物たち(奥様方)を見下ろしながら。
この太陽の騎士に、一生、文字通り命が尽きるまで傅き、愛される『雌(メイド)』として生きることを、心の底から神とアストルフォ様に誓うのだった。