fate/Apocrypha偽書 千人斬りのアストルフォ 作:鰻天ぷら
源氏物語の光源氏と薫のような感じで
柏木と女三の宮みたいなNTRはないです。
2025年、初夏。
ロンドン郊外、エーデルフェルト別邸。
初夏の柔らかい陽射しが、磨き上げられた窓ガラスを透過し、豪奢なアンティーク家具が並ぶサロンを黄金色に染め上げていた。
最高級のダージリンの香りが漂うその空間で、一人の青年が、手元にある厚手の手紙をヒラヒラと揺らしながら、形の良い唇に苦笑を浮かべていた。
「……ふーん。お爺ちゃん(遠坂時臣)から、僕に冬木へ来いって?」
アンティークのソファに深く腰掛けた彼の名は、遠坂雁夜。17歳。
その頭上でサラサラと揺れる鮮やかな桜色の髪は、父親である太陽の騎士・アストルフォと瓜二つ。しかし、ティーカップを見つめる紫水晶の瞳には、父親の底抜けの無邪気さだけではなく、母親である遠坂凛から色濃く受け継いだ、理知的でどこか相手を見透かすような『魔術師としての余裕(皮肉)』が宿っていた。
「ええ。貴方ももう十七歳、立派な魔術師よ。遠坂の跡取りとして、そろそろ極東の霊地管理を現場で学ぶ時期だわ」
向かいの席で優雅に紅茶を傾けながら、凛が息子の顔を見つめる。
彼女の美貌は、アストルフォの底なしの愛情を毎日注ぎ込まれているおかげで、年齢を重ねても衰えるどころか、ますます艶やかで魔性的な輝きを増していた。
「お父様(時臣)も、手紙には『霊地の視察』なんて堅苦しい理由を書いているけれど……要するに、貴方の成長を直接この目で見たくてウズウズしているのよ。……まあ、アストルフォの血を引く貴方が冬木に行ったら、また面倒な騒ぎや女の子の泣き声が起きないか、私としては少し心配だけど」
「ははっ、母さんは心配性だね。僕だって、いつまでもこの『父さんの愛とフェロモンが充満した魔窟』に甘んじているつもりはないよ。そろそろ独り立ちして、自分の足で世界を見てみたいと思ってたところだしね」
雁夜は、ソファの背もたれに体重を預け、屈託のない笑みを浮かべた。
その瞬間だった。
(……あ、れ……?)
サロンの壁際で控えていたメイド――かつて聖堂教会のエリート代行者としてこの屋敷に潜入し、アストルフォの熱に完全に雌として調教された銀髪の女性、マリアの肩が、ビクンと小さく跳ねた。
雁夜がふわりと微笑み、リラックスして息を吐き出しただけ。
たったそれだけなのに、彼から無自覚に放たれた『オスの色気(フェロモン)』が、サロンの空気をほんの数秒だけ、ねっとりとした極上の甘さで揺らしたのだ。
「あっ……」
マリアは、純銀のトレイを持つ手に微かに力が入り、自身の太ももが内側からジワリと熱を帯びるのを感じた。
(雁夜様……。あんなに小さくて可愛らしかったのに、いつの間に、あんな大人の男の匂いを……。ダメ、お父様(アストルフォ様)の匂いに少し似ていて、私、こんな昼間から下腹部が……っ)
彼女の涼やかな横顔が、隠しきれない発情のサインとして微かに朱に染まる。
父親であるアストルフォのように、空間そのものを『愛の巣』に変えてしまうほどの暴力的な絶対性はない。しかし、雁夜のフェロモンは、母親である凛の洗練された魔力と見事に融合し、すれ違っただけで普通の少女たちの理性を容易く狂わせてしまうほどの、危険で甘い劇薬へと成長していたのだ。
だが。
「オーッホッホッホ! あらあら、随分と一人前のオスのような顔をするようになりましたわね、雁夜」
扇子で口元を隠し、誇り高き金色の巻き髪を揺らして笑ったのは、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトだった。
マリアが足の震えを隠すのに必死になっている中、ルヴィアや凛といった『魔窟の女王(母)』たちは、雁夜のフェロモンを真正面から浴びても、涼しい顔でダージリンを飲み続けている。
「でも雁夜、貴方のその色気、普通の女の子や、そこの少し絆されやすいメイドたちならイチコロでしょうけど。……私たちを蕩けさせるには、まだ百年早いですわよ?」
ルヴィアが、悪戯っぽく目を細める。
「ええ、ルヴィアの言う通りね。アストルフォの『絶対的な熱』……、太陽のように一瞬で私たちの脳髄を焼き切り、理性を歓喜と共に蒸発させるフェロモンを私たちは毎晩のように味わってしまっているの。……貴方のそれも大したものだけど、私たちの奥底の『雌』を疼かせるには、まだ少し薄いわね」
凛もまた、クスクスと笑いながら息子の未熟さをからかった。
「うわぁ、厳しいな。……やっぱり、父さんは偉大ってことか」
雁夜は、悔しがるどころか、どこか誇らしげに肩をすくめた。
自分でも自覚している。自分のフェロモンや体力は、普通の人間や魔術師からすれば規格外のバケモノだが。この屋敷の最強の魔女たちを骨抜きにし、無尽蔵の熱と愛で魔窟を支配する父親には、(実の母や義母を息子が蕩けさせてるのは不味いという倫理的問題を無視しても)到底及ばないのだと。
(それに、父さんの熱を知っている母さんたちが、僕なんかのフェロモンに靡くはずがない。……だからこそ、この屋敷の秩序は完璧に守られているんだ)
雁夜は、両親たちの歪で、しかしどこまでも温かい愛情の形を心地よく感じながら、ティーカップをことり、とソーサーに置いた。
「よし、決まりだ。僕、冬木に行くよ。お爺ちゃんとお婆ちゃん(遠坂葵)にも会いたいし、極東の霊地がどれくらい面白い場所か、自分の目で確かめてくる」
こうして、桜色の髪を持つ次世代の若き獅子は。
偉大すぎる父親の背中を追いかけ、自らの血脈が始まる極東の地――冬木へと旅立つことになった。
その地で、数百年の悪意を煮詰めたような最悪の幻術師が、彼を待ち受けているとも知らずに。