fate/Apocrypha偽書 千人斬りのアストルフォ 作:鰻天ぷら
深夜。
魔窟の最奥、何重もの強固な防音結界が張り巡らされた主寝室。
部屋の中に充満する、むせ返るようなオスのフェロモンと、むき出しの魔力がぶつかり合った名残が、空気そのものをピンク色のゼリーのように粘り気のあるものへと変質させていた。
「あぁ……っ、ぁ、あ……アストルフォ、様……しゅき、もう、だめぇ……っ」
「んふ、ふふふ……私、脳みそ、ぜんぶ溶けちゃいまし、た……えへへへっ……」
キングサイズの巨大なベッドの端。
かつて聖堂教会の第一結界層に所属していたエリート代行者のマリアと、時計塔の鉱石科で『典位(プライド)』の階位を誇った元エリート魔術師。
二人の誇り高きメイドたちは、メイド服をだらしなくはだけさせたまま、完全に焦点の合わない瞳で天井を仰ぎ、口からだらしない涎を垂らして痙攣していた。
「あはは! 二人ともすっごく可愛かったよ! ゆっくり休んでね!」
彼女たちの頭を優しく撫でているのは、一滴の汗もかかず、むしろエネルギーを満タンにしたように肌をツヤツヤと輝かせている桜色の髪の騎士――アストルフォだ。
彼は、魔力など一切使わない純粋な『オスの熱量と全肯定の愛』だけで、数十分前まで誇り高く澄ましていた彼女たちの精神防壁を容易く粉砕し、白目を剥くまでドロドロに愛し尽くしたのである。
「はぁ……はぁ……。まったく、あんたって男は……。教会の元代行者と時計塔の元典位を、同時に白目剥かせて気絶させるなんて……何年経っても、底が知れないわね……」
ベッドの中央で、シーツをギュッと握りしめながら荒い息を吐いていたのは、冠位魔術師・蒼崎橙子だった。
彼女もまた、アストルフォの容赦のない突き上げと熱量によって赤い眼鏡を弾け飛ばされ、狂おしいほどの絶頂の海に沈められていた。
しかし、そこはさすが『魔窟の女王』の一角。メイドたちが完全にキャパオーバーで理性を蒸発させている中、橙子はヒロインとしての意地と規格外の魔術回路(器の大きさ)でギリギリ自我を保ち、震える手でタバコに火をつけた。
「えへへ、橙子と愛し合うのも、すっごく楽しいもん! ……あ、そういえば雁夜、そろそろ冬木で頑張ってる頃だね!」
アストルフォは、完全に腰を抜かしている橙子の広い背中にぴたりと張り付き、彼女の艶やかな髪に顔を埋めながら無邪気に笑った。
「冬木……ね。時臣の親バカぶりも相変わらずだけど……少し、気をつけておいた方がいいかもね」
橙子が、紫煙を吐き出しながら、少しだけ真面目な声色になった。
「あそこは、第三次聖杯戦争でダーニックに『大聖杯』という巨大な心臓を引っこ抜かれた場所よ。日本有数の霊脈でありながら、中心部にぽっかりと『巨大な魔力の空洞(空白地帯)』ができている。……そういう隙間には、タチの悪いハイエナどもが寄ってくるのよ。最近、時計塔の裏で嫌な噂を聞いたわ」
「嫌な噂?」
「ええ。数百年前から生きている、最悪の快楽主義者。他人の絶望と破滅を見るためだけに動く、悪趣味極まりない幻術師……フランチェスカ・プレラーティが、極東で何かを企んでいるってね」
橙子の言葉に、部屋の空気が少しだけ冷たくなる。
「大聖杯の跡地(空白地帯)に、自作の悪趣味な『小聖杯』をプラグのように突き刺して、冬木の霊地そのものを自分のゲーム盤として乗っ取ろうとしている……そんな噂よ。彼女の幻術は、並の魔術師であれば一瞬で精神を絡め取られ、気が狂うまで悪夢を見せられ続ける厄介な代物だわ」
「……そっか。フランチェスカっていう悪い子がいるんだね」
アストルフォは、少しだけ眉を下げて考え込んだ。
だが、数秒後には、いつもの底抜けの太陽の笑顔に戻っていた。
「でも、大丈夫だよ! だって、雁夜はボクと凛の子供だもん!」
アストルフォは、橙子の頬を両手で包み込み、一切の迷いのない瞳で言い切った。
「あの子はね、すっごく頭が良くて、すっごく優しいんだ。凛の賢さとボクの熱があるんだから、もしその悪い子が雁夜にイタズラしようとしても、雁夜なら絶対に負けないよ!」
「……はぁ。あんたのその絶対的な肯定感(親バカ)には呆れるわね。まあ、確かにあんたの『規格外の熱』と、凛の『悪魔的な狡猾さ』を引いてるんだから、そう簡単に精神は壊されないでしょうけど……」
橙子がやれやれと肩をすくめ、タバコを灰皿に押し付けようとした。
その時である。
「…………あれ? でも、幻術って『悪い夢』を見せるんだよね?」
アストルフォの紫水晶の瞳が、ふと瞬きをした。
「ええ、そうよ。トラウマを抉ったり、幻痛を与えたりね」
「悪い夢を見るってことは……雁夜、夜ぐっすり眠れなくなっちゃうの?」
「……まあ、精神攻撃を受け続ければ、睡眠不足にはなるわね」
「えっ」
アストルフォの顔色が変わった。
先程までの「うちの息子は最強だから大丈夫!」という余裕の笑顔が、一瞬にして消え去った。
「す、睡眠不足……っ!? だめだよ、そんなの! 雁夜はまだ育ち盛りなんだよ!? ご飯を三十回噛んで食べても、しっかり寝ないと風邪引いちゃうじゃないか!!」
「……は?」
「悪い夢を見せられて、雁夜がお腹痛くしたり、目の下にクマ作ったりしたらどうするのさ! あっ、もし悪い子に騙されて、変な壺とか買わされたら……っ!」
アストルフォの脳内で、『最悪の幻術師との魔術戦』が、完全に『初めての一人暮らしで悪徳商法に引っかかる息子の図』へとすり替わっていた。
「ちょ、ちょっとアストルフォ。落ち着きなさい、雁夜はもう十八歳の立派な魔術師……」
「だめだめだめ! やっぱり心配だ!! 橙子、青子と愛歌ちゃん呼んできて! ボクたちもこっそり冬木に行くよ!! 雁夜の健康(と睡眠)を守るために!!」
アストルフォは、完全にパニックを起こした親鳥のように、ベッドの上でバタバタと暴れ始めた。
「ちょっと、あんた馬鹿……っ! その二人を連れて行ったら、冬木が消し飛ぶわよ!? っていうか、あんたのイチモツ、まだ私の中に……ひゃうッ!?」
暴れるアストルフォの逞しい腰が不用意に動き、限界ギリギリだった橙子の最も敏感な場所を、容赦なく深く、何度も擦り上げる形になった。
「あ、あぁぁッ!! だめ、やめ、ああっ……!!」
冠位魔術師としての意地を保っていた橙子の理性が、アストルフォの『無自覚な親バカ腰振り』によって、今度こそ完全に焼き切られた。
「雁夜ーっ! パパがすぐに行くからねーっ!」
「あぁっ、ひぃっ……しゅきっ、アストルフォ、もう、だめぇ……っ♡」
かくして。
ロンドンの魔窟の夜は、偉大なるヒロインが白目を剥いて沈没していく甘い水音と、極東へと向かう最凶の親バカ部隊結成の、ドタバタとした喧騒に包まれていくのだった。