fate/Apocrypha偽書 千人斬りのアストルフォ 作:鰻天ぷら
日本の極東、冬木市。
新緑が眩しい高台に建つ、広大で洋風の屋敷――遠坂邸。
「よく来たね、雁夜。……ふむ。見違えるほど立派になった」
重厚なマホガニーの扉が開き、優雅にワイングラスを傾けながら出迎えたのは、冬木の管理者であり、東洋武術の飽くなき探求者でもある祖父・遠坂時臣だった。
彼の目は、孫の成長を喜ぶ好々爺のそれであると同時に、魔術師として鋭く雁夜の『仕上がり』を値踏みしていた。
(……見事だ。遠坂の理知的な気品を備えながら、内側に秘められたあの圧倒的な陽(オス)の気と魔力のうねり……。あの異端の騎士(アストルフォ)の血が、凛の魔術回路と完璧な次元で融合している。まさに傑物、我が遠坂の最高傑作と言っても過言ではない)
時臣は、内心の複雑な思い(アストルフォへの因縁)を奥底に隠しつつも、孫の放つ覇気に満足げな笑みを隠せなかった。
「お爺ちゃん、お久しぶりです。お招きいただきありがとうございます。……これから、冬木の霊地管理について、現場で色々と教えてくださいね」
雁夜は、完璧な礼儀作法で一礼しつつ、その桜色の髪を揺らして人懐っこく笑った。凛譲りのスマートな身のこなしに、アストルフォ譲りの柔らかな愛嬌が混ざり合っている。
「雁夜……本当に、大きくなったわね」
時臣の傍らで、静かに微笑んでいるのは、祖母の葵だった。
彼女は「雁夜」という名前を呼ぶたびに、胸の奥がじんわりと温かく、そして少しだけ切なくなるのを感じていた。
かつて、魔術の世界から背を向け、ただのルポライターとして、優しく真っ直ぐに生ている幼馴染の間桐雁夜。普通の人間として平穏な生を全うしている彼と、同じ名前を持つこの孫が。今、太陽のように明るく健やかに、自分の目の前に立っている。
(凛……貴方の願い通り、この子は本当に、自分の信じる道を真っ直ぐに歩める子に育ったのね……)
葵は、過去の淡い記憶が完全に浄化されたような穏やかな感動と共に、雁夜を優しく抱きしめた。
「お婆ちゃん、ただいま。……母さんから、お婆ちゃんには優しくしろってキツく言われてるからね。何か重い荷物とかあったら、全部僕に言ってよ」
雁夜が、父親譲りの甘く優しい声で囁き、葵の背中をポンポンと叩く。
「ふふっ、ありがとう、雁夜。本当に、いい子ね」
感動的な祖父母との再会。
だが、葵と抱き合いながらも、雁夜の紫水晶の目は、遠坂邸の窓から見える冬木の街並み――特に、円蔵山の方角を、鋭く、そしてひどく冷徹に見下ろしていた。
(……おかしい。母さんたちの言う通り、ここの空気は少し澱んでる)
雁夜は、物心ついた頃から、母親である凛からよく聞かされていた。
今から約二十年前の2005年頃。凛やアストルフォ、そしてロンドンの魔窟のヒロインたちが総出で冬木を訪れた時のことを。
『いい、雁夜? 冬木の大聖杯は抜かれちゃったけど、あの時の円蔵山の地下で、私と貴方のパパがね……その、すっごく深ーく魔力同調(愛し合って)して、霊脈のパスを完全に清浄な「うちの陣営の色」に染め直したのよ。だから、冬木はいつだって、パパみたいに温かくて澄んだ魔力が流れているはずなの』
頬を赤く染めながらそう語っていた母の言葉を、雁夜は鮮明に覚えていた。
そして実際、雁夜の肌にも、この冬木の大地から微かに立ち上る『アストルフォ(父親)の残滓』のような、優しく温かい魔力の波動を感じ取ることができた。
だが、今は違う。
その温かい父親の魔力(霊脈)を、無理やり逆流させ、上からドロドロとしたタールのような悪意で塗り潰そうとしている『異物』の存在が、はっきりと感じ取れたのだ。
(……ただの霊脈の乱れじゃない。親父と母さんが綺麗にしたこの場所を、わざわざ悪趣味で甘ったるい『幻術』の匂いで汚そうとしてる奴がいる)
凛の狡猾さと、アストルフォの直感を併せ持つ若き獅子の瞳に、静かな怒りの火が灯る。
冬木の大聖杯の跡地(空白地帯)を利用し、最悪のゲーム盤を作り上げようとしている快楽主義者――フランチェスカ・プレラーティの気配を、雁夜はすでに完全に捕捉していたのだった。