fate/Apocrypha偽書 千人斬りのアストルフォ 作:鰻天ぷら
(だめ、だめ……っ! なんなのコイツ……っ!? 幻術を弾く冷たい目をしてるくせに、肌を撫でるこの熱は……っ! こんな熱に中てられたら、私、私の理性が……っ!!)
数百年間、他人の絶望だけを啜って生きてきた最悪の快楽主義者は。
十八歳の若き獅子から至近距離で放たれる、規格外の肯定感とフェロモンの直撃を受け、ガタガタと無様に膝を震わせた。
だが、彼女はただ嬲られるだけの三流の魔術師ではない。
「……あ、はっ……あははは!ホンッットウに最高すぎるよ、君ってさあっ!!」
フランチェスカは、掴まれた手首を振りほどこうとはしなかった。
逆に、自ら雁夜の懐へと深く踏み込み、空いたもう片方の手を彼の首元に絡みつかせたのだ。逃げられないなら、この至近距離の接触(パス)を逆利用する。
「私(わたし)の頭をトロトロにする気なら……君の脳髄も、一緒に腐らせてあげるよっ!」
至近距離からの、呪詛の逆流。
空間に投影するのではなく、接触した皮膚から直接、雁夜の神経系に『破滅的な快楽と悪夢』の混合液を叩き込む、フランチェスカの自爆スレスレのカウンター。
「っ……!!」
雁夜の身体が、大きくビクンと跳ねた。
視界が赤黒く点滅し、脳が沸騰するような強烈な吐き気と、神経を焼き切るような幻痛が全身を駆け巡る。
(ぐっ……! 重い……っ!)
雁夜は、奥歯をギリッと噛み締めた。
彼に流れるアストルフォの血(フェロモンと無尽蔵の熱量)は、あくまで彼自身の存在のベースであり、父さんのような『絶対的な理性の蒸発』という概念武装には至っていない。フランチェスカの数百年の悪意の原液を直接流し込まれれば、当然、人間としての精神は悲鳴を上げる。
「 …さてさて……っ!…どう、かなっ……! 私……の、の…呪いの味は……っ!」
フランチェスカが、荒い息を吐きながら歪んだ笑みを浮かべる。彼女自身の顔も、雁夜のフェロモンに当てられて異常なほどに紅潮し、瞳孔がトロンと開きかけていたが、それでも必死に魔力を流し込み続けていた。
「このまま……二人で、ドロドロの肉塊に……なって……っ」
「……馬鹿だな、アンタ」
「……?」
雁夜の万華鏡のような瞳が、フランチェスカの歪んだ笑みを真っ直ぐに射抜いた。
その瞳の奥には、母さん(凛)から受け継いだ『天才的な魔術回路の回転』の光が宿っていた。
痛みに耐えながら、雁夜は瞬時に体内の魔力パスを再構築し、フランチェスカから流し込まれる呪詛を、自身の防壁でギリギリのところで受け止めていたのだ。
「痛いし、吐き気はするけど……。自ら僕の腕の中に飛び込んできてくれるなんて、随分と可愛い油断じゃないか」
「あれっ……!?」
「父さんなら、こんな痛い思いもしなかったんだろうけどさ。……僕はまだ未熟だから。こうやって、アンタの全部を真っ向から受け止めて、抱きしめることしかできないんだ」
雁夜は、自身に絡みついているフランチェスカの華奢な腰に、力強く腕を回し。
そのまま、冷たい小聖杯の残骸から彼女を強引に引き剥がし、自らの熱い胸板の中へと、逃げ場のないほど深く抱きしめた。
「ひやうッ……!!?」
「捕まえた」
雁夜の熱い吐息が、フランチェスカの耳の裏に吹きかかる。
呪詛を流し込むためのパスが、完全に『オスの熱量』を逆流させるための導火線へと切り替わってしまった。
「あ、ぁあっ……!! だめ、やめっ……はいって、くる……っ!」
アストルフォほどの絶対性はない。
だからこそ、雁夜は自分の全身全霊の熱を、接触した肌からフランチェスカの子宮の奥底へと、力任せに、しかしどこまでも優しく注ぎ込み始めた。
「フランチェスカ。……ここはね、ずっと昔、僕の父さんと母さんが愛し合って、あんなに温かくて優しい色に染め上げた場所なんだ」
雁夜の甘い声が、フランチェスカの鼓膜を直接震わせる。
「だから、アンタの冷たい悪意なんかで、汚させない。……大丈夫、僕が全部、温めて溶かしてあげるから」
「ひぃっ、あ、あぁ……っ! ちがっ、私は、こんな……ただのオスに……っ!」
フランチェスカは、雁夜の胸板を小さな両手で必死に押し返そうとした。
しかし、彼女の指先は、まるで熱を持った鉄板に触れたバターのように、力を失ってズルズルと滑り落ちる。
(頭が……っ、真っ白に……! 私の、魔術が……全部、この男の匂いで、上書きされて……っ!)
「ん……ちゅっ……」
雁夜の唇が、フランチェスカの白い首筋に触れ、甘く吸い上げる。
「んんッ……!? ぁ……あ、はぁっ……!」
数百年の間、他者を嘲笑い、安全圏から絶望を見下ろしてきた魔女の口から。ただの恋する乙女のような、甘く淫らな嬌声が漏れた。
彼女の身体の奥底から、冷たい虚無感が強制的に追い出され、代わりにむせ返るようなオスの熱情が、ドクン、ドクンと満ちていく。
「綺麗だよ、フランチェスカ」
雁夜は、悪意の殻が完全に溶け落ち、恐怖と快楽で涙目になっている彼女の顔を、両手で優しく包み込んだ。
「もう、一人で暗い地下に引きこもって、悪い夢なんて見なくていい。……これからは、僕がいっぱい愛してあげるから」
その言葉には、魔術的な洗脳も、計算も一切なかった。
ただ純粋な、親父譲りの『絶対的な肯定』。
「あ……あぁ……っ。雁、夜……っ」
その瞬間、フランチェスカの中で、何かが完全に砕け散った。
彼女が数百年間抱えていた途方もない虚無感と、他者の絶望でしか埋められなかった歪な乾き。それが、目の前の若き獅子が放つ、圧倒的で暴力的なまでの『熱と愛情』によって、跡形もなく満たし尽くされてしまったのだ。
「……ん、ぁっ……もっと……っ、私を、あつく、してぇ……っ」
フランチェスカは、完全に理性を手放した。
彼女は、自らを抱きしめる雁夜の首に腕を絡ませ、涙と甘い涎で顔を濡らしながら、背伸びをして自らその唇を塞ぎにいったのだ。
「んちゅ……っ! じゅぷ……はぁっ……んんっ……!」
静寂の地下空洞に、卑猥な水音が響き渡る。
雁夜の舌が彼女の口腔を蹂躙し、唾液が混ざり合うたびに、フランチェスカの身体はビクンビクンと跳ね、彼の腰へと自らの太ももをすり寄せて交尾をねだる。
(あぁ……っ、もう、どうなってもいい……っ。この熱がないと、私、生きていけない……っ!)
幻術師としての矜持も、最悪の快楽主義者としての悪意も、すべてが極上の快楽の泥の中に溶け落ちた。
遠坂雁夜。
偉大なる太陽の騎士には一歩及ばずとも。その若き獅子の牙と熱は、神話級の魔女を『ただの愛を乞う雌』へと堕とすには、十分すぎるほどの威力を持っていたのである。