fate/Apocrypha偽書 千人斬りのアストルフォ 作:鰻天ぷら
数日後。
冬木市、遠坂邸の広大なリビング。
「んんっ……あぁ、雁夜……っ。だめ、今日もこんなにお昼間から……私、頭が、溶けちゃ……っ」
「可愛いよ、フランチェスカ。君の匂い、ずっと嗅いでいたいな」
豪華なソファの上で、かつての最悪の幻術師――フランチェスカ・プレラーティは、完全に骨抜きにされた『ただの甘えたがりの雌』と化していた。
ゴシックドレスはだらしなくはだけ、雁夜の広い胸板にすがりつきながら、彼から放たれる熱とフェロモンを貪るように吸い込んでいる。彼女の首筋や鎖骨には、雁夜が刻み込んだ無数のキスマークが、赤い花弁のように咲き誇っていた。
(……不思議ね。あんなに冷たくて、他人の絶望がないと息もできなかった私の心が。……今は、この子の体温だけで、火傷しそうなくらい満たされているなんて)
フランチェスカは、自らの腰を抱く雁夜の逞しい腕に頬を擦り寄せた。
かつて、ジャンヌ・ダルクと共に戦い、そして狂気に堕ちた男――『フランソワ・プレラーティ』としての自我。男女の肉体を乗り換えながら数百年の悪意を弄んできた彼女だが、雁夜の圧倒的な熱量によって子宮の奥底まで焼き尽くされた今、もはや二度と『オス』の肉体や自我に戻ることはできないと、本能で理解していた。
「……ねえ、雁夜。私、今まで数え切れないくらいの人間を絶望させて、壊してきたわ。君のご両親が愛し合って綺麗にしたこの冬木の霊脈だって、泥水みたいに汚そうとした」
フランチェスカは、熱に浮かされた瞳で雁夜を見上げた。
「私の中の罪は、消えないわ。……それでも、君は私を愛してくれるの?」
雁夜は、彼女の艶やかな髪を優しく撫でていた手を止め、その紫水晶の瞳で、彼女の狂気と罪の底を真っ直ぐに見つめ返した。
「君の罪が消えるわけないだろ。僕が許したって、君が壊した人たちが許すわけじゃない」
「……あ……」
「だから、君は一生僕の傍にいて、その罪の重さを背負い続けるんだ。二度と他人の絶望なんて味わえないように、僕が君の全部を、僕の熱と快楽だけで縛り付けておく。……それが、君への罰であり、僕なりの愛し方さ」
雁夜の言葉は、皮肉めいていながらも、途方もなく温かかった。
彼女の悪意を否定するのではなく、丸ごと飲み込んで「自分の女(ヒロイン)」として飼い慣らすという、若き獅子の傲慢なまでの絶対的肯定。
「あぁ……っ、雁、夜……っ」
フランチェスカの目から、数百年間流したことのない、熱い涙が溢れ出した。
彼女は雁夜の首に腕を絡ませ、自らその唇を塞ぎ、永遠に彼だけの『女』として生きる誓いのキスを交わした。
だが。
その極上に甘く淫らな空気を、暴力的なまでの破砕音が引き裂いた。
『ドガァァァァァァンッ!!』
「な、なんだ!?」
雁夜が咄嗟にフランチェスカを庇うように抱き寄せ、防御のルーンを展開する。
遠坂邸の堅牢な玄関ドアが、跡形もなく吹き飛ばされていた。
土煙の向こうから、恐ろしく能天気で、しかしこの世の何よりも絶対的な『太陽のオーラ』を纏った声が響き渡る。
「雁夜ーっ!! 大丈夫!? パパが助けに来たよーっ!!」
「……は?」
雁夜の顔が、絶望に似た驚愕で引きつった。
土煙の中から現れたのは、桜色の髪を揺らす父親――アストルフォ。
そして、その背後には。
「……たく、アストルフォが『雁夜が睡眠不足になっちゃう!』って半狂乱で泣きつくから急いで来てみれば。……随分と、お楽しみの最中じゃない」
赤い眼鏡を押し上げながら、呆れたようにため息をつく冠位魔術師・蒼崎橙子。
「ちょっと、どういうこと? あたしたち、この小娘(フランチェスカ)を三秒で消し炭にする気満々で来たんだけど?」
指先で魔弾を弄びながら、不機嫌そうに唇を尖らせる魔法使い・蒼崎青子。
「ふふっ。アストルフォの大事な息子に手を出す悪い虫は、根源の渦に沈めてあげようと思ったのだけれど。……どうやら、杞憂だったみたいね」
一切の感情が読めない、純度百パーセントの愛の瞳で微笑む、根源接続者・沙条愛歌。
「「「…………」」」
文字通りの『最終兵器』とも呼べる最凶の女たちが、アストルフォの親心(という名の暴走)によって、わざわざロンドンから冬木へと出動されていたのである。
「と、父さん……!? なんで……というか、橙子義母さんに青子義母さんに、愛歌義母さんまで!?」
雁夜は、あまりのオーバーキルな救援部隊のメンツに、頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。
「心配かけてごめん、でも見ての通りだ! 厄介な幻術師は、もう僕が責任を持って攻略(わからせ)したから! 誰も死んでないし、平和そのものだよ!」
「えっ、本当!? よかったー! お腹も痛くない?」
アストルフォは、全く悪気のない、純度百パーセントの笑顔でパァッと顔を輝かせた。
「やっぱり雁夜はすごいね! 凛とボクの子供だもんね! ……あ、君がフランチェスカちゃん? 雁夜と仲良くしてくれて、すっごく嬉しいよ!」
アストルフォは、ズンズンとリビングに踏み込み、雁夜の腕の中にいるフランチェスカに向かって、底抜けに明るい太陽の笑顔を向けた。
瞬間。
「っ……!!?」
フランチェスカの全身の産毛が、逆立った。
雁夜のフェロモンで甘く蕩かされていた彼女の魔術回路が、アストルフォから無自覚に放たれる『次元の違う、神話級のオスの熱量』に直撃され、悲鳴を上げたのだ。
それは、海だと思っていたものが、実は無限に広がる宇宙の深淵だったと気づかされるような、圧倒的なスケールの違い。
(な、に……これ……っ。雁夜の熱だけでも、私はあんなに簡単に……雌に、落とされたのに……っ! この父親(オトコ)の熱は……ダメ、見つめられただけで、脳髄が、蒸発……っ!)
フランチェスカの瞳孔が開きかけ、その理性が完全にホワイトアウトしそうになった、その時。
「――っ、父さん! ストップ!! それ以上、こいつに近づかないでくれっ!!」
雁夜が、フランチェスカの顔を自らの胸に強く押し付け、彼女の視界を完全に塞いだ。
それと同時に、雁夜は自身の魔術回路を全開にして、自らの『オスの匂いと熱』を爆発的に広げ、フランチェスカの周囲を強固なフェロモンの結界で覆い尽くした。
「えっ? どうして?」
アストルフォが、不思議そうに首を傾げる。
「どうしてもだ! 父さんのその『規格外のフェロモン』を無防備に浴びたら、せっかく僕が苦労して攻略したこの女が、秒で父さんに寝取られちまうだろうが!! 頼むから、僕の女に手を出さないでくれっ!!」
雁夜は、凛譲りの冷静さを完全にかなぐり捨て、18歳の青年らしい剥き出しの独占欲で、父親に向かって吠えた。自分の匂いで彼女を上書きし、絶対に父親の熱には染めさせないという、若き獅子の必死の抵抗だった。
「えーっ!? ボク、そんなことしないよ!?」
アストルフォが心外だというようにぷくっと頬を膨らませた。
だが、その紫水晶の瞳は、必死に自分の女を守ろうとする雁夜の逞しい姿を捉え――ふわりと、この上なく優しく、誇らしげな『父親の眼差し』へと変わった。
(……そっか。雁夜、本当に立派な『男』になったんだね)
アストルフォは、クスッと笑うと、一瞬にして自らを取り巻いていた暴力的なまでのフェロモンとオーラを、完全に内に引っ込めた。
息子が自らの力で得た、大切な宝物。それを、自分の無自覚な熱で壊してしまうような野暮な真似は、愛の騎士である彼が最も嫌うことだった。
「……するのよ、あんたは。息をするように無自覚にね」
「全くだわ。雁夜の言う通りよ。これ以上ここにいたら、冬木の霊脈ごとあんたのフェロモンでまた汚染されちゃうわ」
オーラを消したアストルフォの首根っこを、橙子と青子が呆れたように掴んで引きずり戻す。
「無事でよかったわね、雁夜。……その子、随分と面倒な業を背負っているみたいだけど。貴方の熱なら、きっと幸せにしてあげられるわ」
愛歌が、ふわりと温かい微笑みを残して、アストルフォたちと共にエントランスへと踵を返した。
「じゃあね、雁夜! お爺ちゃんとお婆ちゃんにもよろしくねー!」
「……ああ。父さんたちも、道中気をつけて帰ってくれよ」
嵐のような救援部隊(親バカ)が去り、再び静寂が戻った遠坂邸のリビング。
雁夜の腕の中で、フランチェスカは「はぁっ、はぁっ……」と、死の淵(究極の快楽の淵)から生還したような荒い息を吐いていた。
「……ごめんな、フランチェスカ。うちの家族、ちょっと……規格外だから」
雁夜は、苦笑しながら彼女の頭を撫でた。
「……雁、夜……っ」
フランチェスカは、怯えたように雁夜のシャツをギュッと握りしめ、彼の匂いを必死に嗅いで、精神を安定させようとしていた。
「私……貴方だけでいい……っ。あのバケモノみたいな父親(たいよう)には、もう近づかない……。私を、貴方の熱だけで、一生守って……っ」
「ああ、もちろんさ。君は、僕が責任を持って、一生甘やかしてあげるよ」
雁夜は、フランチェスカの震える唇に、安心させるような深く甘いキスを落とした。
数百年の悪意に満ちた幻術師は、若き獅子の独占欲と純粋な愛の前に完全に屈服し、彼だけの極上のヒロインとして、その魂の永遠の居場所を見つけたのだった。
***
その日の夕刻。
遠坂邸のテラスで、時臣と葵が、静かにその様子を見守っていた。
「……まったく、玄関のドアを吹き飛ばすなど、相変わらず野蛮な騎士だ。だが……まあ、雁夜の無事を確認してすぐに立ち去り、自らのオーラを抑えるあたり、親としての情愛と器の大きさは本物なのだろうな」
時臣は、少し複雑そうな顔でワイングラスを揺らしつつも、その口元には満足げな笑みが浮かんでいた。
「それにしても雁夜め。あのような厄介な幻術師を、武力ではなく己の器(フェロモン)だけで屈服させ、自らの女として御しきるとは。やはり、我が遠坂の血筋と、あの規格外の陽(オス)の血筋の融合は、素晴らしい傑物を生み出したようだな」
「あなたったら、また血筋の話ばかり……」
葵は、呆れたように苦笑しながらも、庭でフランチェスカと寄り添って笑い合う雁夜の姿を、優しく、少しだけハラハラした目で見つめていた。
「でも……雁夜が、あんなに強い女の子(魔術師)を泣かせるなんて。……もしかしてあの子も、父親(アストルフォ)みたいに、これから冬木でたくさんの女の子を泣かせて(虜にして)しまうんじゃないかしら……?」
葵のその心配は、一年後、冬木に集う数多の少女たちを巻き込んだ『新たなるハーレム(次世代の魔窟)』の形成として、見事に的中することとなるのだが。
それはまた、別の物語である。