fate/Apocrypha偽書 千人斬りのアストルフォ 作:鰻天ぷら
冬木市、遠坂邸。
円蔵山での身の程知らずな魔術師(双子姉妹とメイド)の「わからせ劇」と霊脈の修復を終えたその日の夜。
広大なリビングは、文字通り『若き王の寝室』と化していた。
「んんっ……雁夜、あつ、い……もっと……っ」
「雁夜氏ぃ……もう、魔力回路がとろとろっス……」
「私の計算を超えないでください……っ、あぁっ♡」
ソファの上では、藤丸立香、ジナコ、シオン、シアリム、フランチェスカ、そして新しく雁夜のフェロモンの軍門に下った双子の姉妹とメイドが、雁夜の体温を求めて甘い吐息を漏らし、完全に骨抜きにされて眠りについている。
雁夜自身も、彼女たちの乱れた髪を優しく撫でながら、満足げに微睡んでいた。
その、むせ返るようなオスの熱気と雌たちの甘い匂いが充満するリビングから逃れるように。
イリヤスフィールは、一人、秋の夜風が吹き抜けるテラスへと出て、スマートフォンを耳に当てていた。
『――もしもし、イリヤ!? 冬木はどう? ちゃんと美味しいもの食べてる?』
電話の向こうから聞こえてきたのは、地球の裏側、ロンドンにいる愛すべき父親――アストルフォの、底抜けに明るく、しかしどこか過保護な響きを帯びた声だった。
「うん、パパ! こっちは大丈夫だよ。……あのね、今日、円蔵山の霊脈に変な魔術師がちょっかいを出してきたんだけどね」
『えっ!? 大丈夫!? ケガはない!? 今すぐパパが飛んでいこうか!?』
「あはは、待って待って、全然大丈夫! 私と美遊とクロエでサクッと片付けたし……何より、雁夜がすごかったの」
イリヤは、ガラス窓越しにリビングの惨状(極上のハーレム)をチラリと見て、クスリと笑った。
「パパのフェロモンと、凛おばさまの計算高さを完全に使いこなしてた。あの子、本当に立派な冬木の管理者(王様)になってるよ。パパたちの綺麗な霊脈、しっかり守ってくれてるから安心して」
電話の向こうで、アストルフォが「へえーっ」と安堵と感嘆の混じった息を吐き出す気配がした。
『そっかぁ。雁夜、立派にやってるんだね。……うん、凛とボクの子だもんね。すっごく誇らしいよ』
アストルフォの声が、優しく、そしてほんの少しだけ……秋の風のように、静かな寂しさを帯びてトーンダウンした。
『……みんな、どんどん大人になっていくね。イリヤも、クロエも、美遊も。雁夜も、あんなに小さかったのに、もう一人の男の子なんだもんね』
「パパ……?」
『実はね、イリヤ。……智識が、ふらっと旅に出ちゃったんだ』
アストルフォの言葉に、イリヤは小さく息を呑んだ。
智識(とものり)――冠位指定の魔法使い・蒼崎青子とアストルフォの間に生まれた、長男。
イリヤよりもわずかに年上の彼は、アストルフォの真っ直ぐな熱と、母親である青子譲りの『風のように自由な魔法使いの気質』を色濃く受け継いでいた。
『青子は「あの子には私の血が流れてるんだから、そのうち帰ってくるわよ。放っておきなさい」って笑ってるんだけどさ。……でも、ボク、心配で……。智識、ちゃんとご飯食べてるかな。冷たい土の上で寝て、お腹壊してないかな。寂しい思い、してないかなって……』
かつて、世界を救うために無邪気に空を駆け回っていた太陽の騎士は。
今や、巣立っていく子供の背中を想い、夜空を見上げて切なさに胸を締め付けられる、ただの一人の『父親』になっていた。
「……お父様」
不意に、イリヤの横から伸びてきた白い手が、スマートフォンをそっと受け取った。
黒髪を夜風に揺らしながら、美遊が優しく、しかし確かな温もりを込めて電話口に囁く。
「智識お兄様なら、絶対に大丈夫です。だって、お父様と青子お義母様の子供なんですから。どんな場所に行っても、お父様から受け継いだその『温かさ』で、きっと沢山の人を助けて、笑い合っているはずです」
『美遊……』
「それに……私たちは皆、どんなに遠く離れても、お父様のあの底抜けに熱くて優しい匂いを、魂の奥底で覚えています。……ですから、寂しくなんてありません。お父様も、どうか寂しがらないでください」
美遊の、桜譲りの深い愛情と気品に満ちた言葉。
それは、アストルフォの胸の奥に空いたほんの小さな『親としての隙間』を、じんわりと温かいミルクのように満たしていった。
『……うん。うん、そうだね。ボクの子供たちだもんね。みんな、すっごく強くて優しいから……大丈夫だよね』
電話の向こうで、アストルフォが鼻をすするような音が小さく聞こえた後。
再び、いつもの彼らしい、すべてを照らす太陽のような笑い声が弾けた。
『ありがとう、美遊! イリヤ! 雁夜にも、うんと褒めてたって伝えておいてね! あと、あんまり女の子を泣かしちゃダメだぞって!』
「ふふっ、言っておくわ。じゃあね、お父様」
「パパ、また明日ね! 愛してるよ!」
通話を切り、イリヤと美遊は夜空を見上げて静かに微笑み合った。
「パパ、少し寂しそうだったけど……元気出たみたいね」
「はい。……お父様は、私たちが幼い頃に与えてもらった愛情の大きさを、ご自身で自覚されていないんです。あの方の熱は、私たちの血肉となって、永遠に消えることはないのに」
美遊が、自身の下腹部のあたりをそっと押さえながら、愛おしそうに目を細めた。
***
数日後の朝。
冬木駅のロータリーには、ロンドンへ帰還するイリヤ、美遊、クロエを見送るために、遠坂雁夜が足を運んでいた。
「わざわざ見送りなんてよかったのに。……ほら、君の可愛い恋人たちが、離れたくなくて泣きそうになってるじゃない」
クロエが、ニヤニヤと笑いながら雁夜の背後を指差す。
雁夜の後ろでは、立香やシオン、フランチェスカたちが、「雁夜、早く帰ってきて……っ」「雁夜氏の成分が切れるっス……」と、名残惜しそうに遠巻きに見つめていた。
彼女たちの顔は、出会った頃の尖った野心や虚無感が嘘のように消え去り、ただ一人の男の熱に深く愛され、満たし尽くされた極上の『女』の顔になっていた。
「ははっ。あいつらには、後でたっぷり魔力補給(ごほうび)をしてやらないとね」
雁夜は、少しだけ照れくさそうに首の後ろを掻いた。
「姉さんたち。今回はわざわざ冬木まで来てくれて、ありがとう。……父さんと母さんにも、よろしく伝えておいてよ。冬木の霊脈は、俺が絶対に守り抜くから安心してくれって」
「ええ、伝えるわ」
イリヤが歩み寄り、自分よりもずっと背が高く、逞しくなった弟の胸にギュッと抱きついた。
「雁夜、立派になったね。でも……無理しすぎちゃダメだよ? 辛い時は、いつでもお姉ちゃんたちが助けに来てあげるんだから!」
「ありがとう、イリヤ姉さん」
雁夜は、ふわりと温かい父親譲りの笑顔を浮かべ、イリヤの銀髪を優しく撫でた。
「雁夜。あまり女の子を甘やかしすぎないことです。……お父様のように、キリがなくなりますからね」
美遊が、クスリと笑いながら忠告する。
「分かってるよ。俺は父さんみたいに博愛主義じゃない。俺の熱は、俺の手の届く範囲の女たちだけで十分さ」
雁夜の、冬木の若き王としての頼もしい返事を聞き届け。
三人の姉たちは、秋の高く澄み渡る空の下、極東の大地から飛び立った。
向かう先は、彼女たちの最愛の父親が待つ、世界で一番甘くて、世界で一番温かい場所――ロンドンのエーデルフェルト別邸。