fate/Apocrypha偽書 千人斬りのアストルフォ 作:鰻天ぷら
南米で智識がドタバタなハーレム王(?)に収まり、宮本武蔵という規格外の漂流剣士がその妻の一人に加わるという手紙の騒動から、数日後。
ロンドン郊外、エーデルフェルト別邸のエントランスには、これから極東の「東京」での仕事(魔術絡みの任務)に向かうため、トランクを手にしたイリヤ、美遊、クロエの三人が立っていた。
「……ねえ。やっぱりパパのフェロモン、すごく変わったわよね」
クロエが、トランクの持ち手に寄りかかりながら、エントランスの奥――日差しの差し込むサンルームの方を見つめて、小さく息を吐いた。
数日前、青子との情事でアストルフォが放っていたのは、むせ返るような「オスの熱」だった。
しかし今のサンルームから漂ってくるのは、同じ圧倒的な熱量でありながら、一切の刺々しさがない。まるで陽だまりの毛布のように柔らかく、深く、ただ一人の女性の奥底だけを温めようとする『揺るぎない家長の愛』そのものだった。
その陽だまりの中心。ふかふかのソファには、ルヴィアの政略でこの魔窟に嫁いできたばかりの18歳の新妻・エレナが座っていた。
彼女が数日前の夜の情事に参加していなかった理由。それは、この一ヶ月の間に、彼女の胎内にアストルフォとの『新しい命』が宿っていることが発覚したからだ。
「あぁっ……アストルフォ、様……っ。お腹の奥、すごく、あつくて……っ。赤ちゃん、喜んでるみたい……っ♡」
エレナの華奢な下腹部に、アストルフォが大きな両手をそっと当てている。
彼から放たれる純度百パーセントの生命力が、衣服越しに彼女の子宮へと直接注ぎ込まれる。それは過激な性行為などではない純粋な魔力(体温)の譲渡だというのに、エレナの顔は完全に情欲と母性の入り混じった極上のメスの顔へと蕩けきっていた。
「えへへ、すっごく元気な子だよ。エレナ、無理しちゃダメだからね。ボクがずっと、温めて守ってあげるから」
アストルフォが、エレナの額に優しくキスを落とす。
「でも……私、まだ18歳で……魔術師としても半人前なのに。こんなに偉大なお姉様たちの中で、ちゃんと、この子の『お母さん』になれるか、すごく不安で……っ」
エレナの瞳に、初めての妊娠とプレッシャーによる涙が微かに滲む。
その時だった。
「大丈夫よ、エレナお義母様!」
元気な声と共に、イリヤがサンルームへと足を踏み入れた。
「えっ……イリヤ、さん……」
「私たちを見てよ。ママたち(アイリや凛たち)だって、昔は結構無茶苦茶だったし、パパなんてずっとこの通りでしょ? でも、パパの『絶対的な愛情』さえあれば、子供は絶対にグレないし、幸せに育つんだから!」
イリヤが、自分より二つも年下の義母にウインクをして見せる。
「ええ。それに、貴女はもう一人ではありません。お父様の愛を知り、受け入れた時点で……貴女は、私たちエーデルフェルトの大切な家族です。どうか、安心して元気な赤ちゃんを産んでください」
美遊が、桜譲りの優雅な微笑みを浮かべ、エレナの震える手をそっと握りしめた。
「そーそー。私たちみたいな図太い娘に育つかもしれないけど、それもご愛嬌ってことでね」
クロエもニヤニヤと笑いながら肩をすくめる。
義理の娘たち(全員年上)からの温かい励ましに、エレナの瞳からポロリと涙がこぼれ落ちた。
「あ、ありがとうございます……っ。私、アストルフォ様のお嫁さんになれて……本当に、幸せです……っ」
その美しい光景を見守りながら。
ふと、イリヤが思いついたように、アストルフォに向かって悪戯っぽく笑いかけた。
「あーあ。パパがこれ以上新しい奥さん(お義母様)を連れてきたら、うちの家系図、いよいよ時計塔の学者でも解読できなくなっちゃうわよ。パパ、もう新しい奥さんは作らないでね?」
それは、いつものイリヤの軽口だった。
普段のアストルフォなら、「えーっ!? ボク、そんなつもりないよー!」と無邪気に笑って誤魔化すか、あるいは「でも、女の子が泣いてたら放っておけないもん!」と本能のままに答えるはずの、いつものやり取り。
しかし。
アストルフォは、すぐには答えなかった。
「…………」
サンルームの空気が、ふっと静まり返る。
イリヤ、美遊、クロエの三人は、思わず息を呑んだ。
アストルフォの紫水晶の瞳が、エレナの膨らみかけたお腹を見つめ。
そして、目の前に立つ立派に成長した三人の娘たちを見つめ。
さらにその奥、リビングで優雅にお茶を飲んでいる、永遠の美しさを誇る妻たち(アイリ、凛、桜、ルヴィア、青子たち)へと、静かに視線を向けた。
かつて、無尽蔵の愛をばら撒き、女性たちを理非を問わず狂わせてきた、若く野蛮な太陽。
しかし今の彼は、自身が愛し、そして自身を愛してくれたすべての女たちと子供たちの重みを、その広い肩にしっかりと背負う『本物の家長』としての顔をしていた。
「……うん」
アストルフォは、静かに、しかしこれまでにないほど深く、真剣に頷いた。
「もう、作らないよ」
その声に、魔術的なフェロモンは一切乗っていなかった。
ただの男としての、静かで、圧倒的な重みを持つ誓い。
「ボクの腕の長さには、限りがあるからね。……今はもう、ボクの両腕の中には、大好きなみんながギュウギュウに詰まってるんだ。だから、これからは……今ボクの腕の中にいるみんなのことだけを、誰よりも深く、永遠に愛し続けるよ」
「っ……!!」
その言葉を聞いた瞬間。
イリヤ、クロエ、美遊の三人の胸の奥で、ドクン、と熱いものが弾けた。
(ああ……)
イリヤは、目頭がツンと熱くなるのを感じた。
それは、果てしなく広がり続けていた宇宙が、ついに完成を迎えたような安心感。
同時に、あの無軌道で無邪気だった『男の子』のパパが、完全に一人の成熟した『男(父親)』になってしまったという、ほんの少しの寂しさ。
そして――「ようやくか」という、呆れと果てしない敬愛。
「……お父様」
美遊が、潤んだ瞳でアストルフォを見つめ、深く、深く一礼した。
「……はい。私たちは、お父様のその真っ直ぐな温かさを、心から愛しています」
「もう、パパったら……急に真面目な顔するんだから、ずるいわよ」
クロエが、照れ隠しのように顔を背け、トランクを引き寄せた。
「それじゃあ、私たちは東京に行ってくるわ。雁夜や智識みたいに、向こうの勢力を丸ごと乗っ取ったりはしないから安心してね」
「うん! 気をつけてね、三人とも! 東京のお土産、楽しみにしてるからねーっ!」
先程までの真剣な顔から一転、いつもの底抜けの笑顔に戻ったアストルフォが、大きく手を振る。
三人の乙女たちは、太陽の騎士からの深い愛情(フェロモン)の残り香を胸に抱きながら、秋のロンドンを後にした。
彼女たちが向かう極東の地――「東京」。
そこで、アストルフォの知る由もない『もう一つの規格外の騒動』が待ち受けているとも知らずに。