fate/Apocrypha偽書 千人斬りのアストルフォ 作:鰻天ぷら
冬木からイリヤたちがロンドンに帰還し、さらに数ヶ月の時が流れた。
季節は巡り、エーデルフェルト別邸の広大な庭園に、色鮮やかな春の花々が咲き誇る頃。
「……うーん、困った! すっごく困ったよ!」
別邸の広大なプレイルーム。
桜色の髪を揺らす太陽の騎士・アストルフォが、頭を抱えながら絨毯の上を行ったり来たりとウロウロ歩き回っていた。
彼の悩みは深刻(かつ、極めて幸福なもの)だった。
つい先日、新しい義母として迎え入れられたエレナが無事に元気な産声を上げる赤ん坊を出産したばかりなのだが。なんとそれとほぼ同時期に、かつてアストルフォの熱に当てられて調教された元代行者や元魔術師の『メイドたち』数名の妊娠が一気に発覚したのだ。
「名前! 名前が全然思いつかないよ! みんなすっごく可愛いから、最高にハッピーな名前をつけてあげたいのに!」
「……やれやれ。頭の足りない三流の喜劇(ファルス)だな。見ていて目も頭も腐りそうだ」
パニックになって歩き回るアストルフォの背中に、呆れ果てたような、ひどくシニカルな冷や水がぶっかけられた。
声の主は、部屋の片隅のソファで、分厚い本を開きながら足を組んでいる一人の少年。
アストルフォと殺生院キアラの間に生まれた息子、御年8歳になる『アンデルセン』である。
母親であるキアラのたっての希望(あるいは強烈な愛憎の因縁)によって名付けられた彼は、その名に引っ張られでもしたのか、あるいは魔性の菩薩の血筋ゆえか、8歳にして完全に人生を悟ったような皮肉屋に育っていた。
「少し前に『ボクの腕の長さには限りがある』だの『もう奥さんは作らない』だの宣ってたそうだが、その後にいけしゃあしゃあと女を孕ますとはね。……おまえのその無尽蔵の『熱(フェロモン)』とやらは、どうやらおまえ自身の理性よりも遥かに厄介な生存本能を持っているようだな」
アンデルセンは、パタンと本を閉じ、父親に向かってチクチクと嫌味を連射する。
「これ以上有象無象の赤ん坊が増えれば、この城の家系図は神話体系よりも複雑怪奇になるんだぞ。まったく、少しは自重というものを……」
「アンデルセン! 本読んでるのにごめんね、一緒に名前考えてくれる!?」
「ひゃうっ!?」
アストルフォは、アンデルセンの嫌味など全く聞いて(気にして)いなかった。
彼は満面の笑みで少年に駆け寄ると、その小さな身体をガバッと力強く抱きしめ、桜色の髪を自分の頬にすりすりと思い切り擦り付けた。
「や、やめ……っ! 離せ、この馬鹿父親(オトコ)……っ!」
「だってアンデルセン、すっごく頭いいもん! キアラがいっつも『うちのアンデルセンは最高に意地悪で可愛いんですよ』って自慢してるし! 弟や妹たちに、かっこいい名前つけてよ!」
「あ……あぁっ……」
アンデルセンは、口では悪態をつきながらも、父親の広く逞しい胸板から放たれる『純度百パーセントの愛情と熱量』に完全に包み込まれ、みるみるうちに耳まで真っ赤に染まっていった。
(……チッ。これだから、この親父はタチが悪い。どんな皮肉も悪意も、この圧倒的な肯定感の前では……ただの照れ隠しにされてしまう……っ)
少年は、嫌がっているフリをしてアストルフォの胸にギュッと額を押し付け、小さく「……辞書を取ってこい。少しだけ、手伝ってやるから」と甘えるように呟いた。
その、親子の微笑ましい光景の最中だった。
『――ピロリロリリンッ!』
テーブルの上に置かれていたアストルフォのスマートフォンが、軽快な着信音を鳴らした。
画面に表示されたのは、現在、仕事(魔術絡みの野暮用)で極東の『東京』に滞在しているはずの娘たち――イリヤスフィールからのビデオ通話だった。
「あっ、イリヤだ! もしもし、イリヤ!? 東京のお仕事、うまくいってる?」
アストルフォが通話ボタンを押すと、画面の向こうに、少し頬を赤らめ、どこか興奮した様子のイリヤ、美遊、クロエの三人の姿が映し出された。
『あ、パパ! うん、仕事はもう美遊とクロエがサクッと終わらせたんだけど……その、ね。パパに、どうしても報告しなくちゃいけないことがあって』
「報告?」
画面越しに、三人の娘たちは顔を見合わせた。
そして、クロエが小悪魔的な笑みを浮かべ、美遊が桜のようにしっとりとした瞳で頷き、イリヤが代表して、爆弾を投下した。
『私たち……三人揃って、好きな人ができちゃった!』
「…………えっ?」
アストルフォの動きが、ピタリと止まった。
腕の中にいたアンデルセンも、「……は?」と呆けたような声を漏らす。
「す、好きな人って……イリヤと、クロエと、美遊が……三人で、同じ人を!?」
『うん! 藤村士郎っていうの! ちょっと野暮用で東京に来てたみたいなんだけど、私たちがトラブルに巻き込まれた時に、すっごくかっこよく助けてくれて!』
イリヤが、完全に恋する乙女の顔で熱弁を振るう。
「ふ、藤村士郎……? でも、同じ人を好きになっちゃったら、喧嘩に……」
『ならないわよ。だって私たち、ロンドンのお城で、ママたちがどうやってパパの愛情をシェアしてるか、ずっと見て育ってきたんだから』
画面の端で、クロエがウインクをする。
『その人、藤村大河さんっていう、すっごく元気な虎みたいな女の人のところに婿入りしてる既婚者なんだけど。……そんなの関係ないわ。私たちの血(エーデルフェルトと遠坂)が、絶対に彼を手に入れるって叫んでるんだもの』
「き、既婚者ぁっ!?」
アストルフォの頭がパニックを起こす。
『お父様』
画面の中で、美遊が静かに、しかしどこまでも深い熱を帯びた瞳でアストルフォを真っ直ぐに見つめた。
『士郎さんは、お父様とは少し違う……静かで、けれど絶対に折れない剣のような温かさを持った人です。……お父様が私たちのお母様たちを愛し抜いたように、私たちも、彼のすべてを愛し、そして彼を支えて生きていきたいと思っています』
画面越しの娘たちの瞳には、微塵の迷いもなかった。
それは、かつてアストルフォの熱に中てられ、永遠の愛を誓ったアイリや桜、ルヴィアたちの『あの日の瞳』と、全く同じ光だった。
「…………そっか」
アストルフォは、大きく息を吸い込み。
そして、ほんの少しだけ目を潤ませながら、太陽のような、底抜けに優しくて温かい笑顔を咲かせた。
「イリヤ。美遊。クロエ。……おめでとう」
『パパ……』
「既婚者でも、なんだっていいよ! 三人がそこまで本気で好きになれた人なら、絶対に素敵な人だもんね! パパ、三人の恋を、全力で応援するからね!」
アストルフォの、微塵も濁りのない祝福の言葉。
娘たちの無軌道とも言える恋愛を、一切否定せず、丸ごと肯定して背中を押す。それは、彼が真の父親であることの、何よりの証明だった。
『……ありがとう、お父様。私たち、絶対に幸せになります』
美遊が、画面の向こうで深く頭を下げる。
イリヤもクロエも、満面の笑みで手を振り返し、通話は切れた。
「…………はぁ」
スマートフォンを置いたアストルフォの背後で。
アンデルセンが、深々と、やれやれと頭を振るようなため息をついた。
「よりにもよって既婚者の男に、娘三人がかりで愛人に収まりにいくとは。……血筋とは恐ろしいものだな。お前とあの魔女たち(凛、ルヴィア、アイリスフィール)の悪癖が、見事に最悪の形で遺伝している」
「あはは……。でも、みんなすっごくいい顔してた。……なんだか、嬉しいような、寂しいような……変な気分だよ」
アストルフォは、ポツリと呟き、プレイルームの大きな窓から、春の空を見上げた。
長男の智識は、南米で国を乗っ取り、漂流剣士(武蔵)すら腰を落ち着かせるほどの王として君臨している。
次男の雁夜は、冬木の地で、自らの知性とフェロモンで規格外の女たちを束ねている。
そして、三人の娘たちも、自らの足で、自らが狂おしく愛せる『剣(男)』を見つけ、巣立っていった。
「……みんな、大きくなったなぁ」
アストルフォの呟きには、一人の男としての、確かな達成感と、親としての純粋な寂しさが入り混じっていた。
無尽蔵に熱をばら撒き、世界中の女たちを狂わせてきた太陽の騎士も、時間は確実に過ぎ、子供たちは立派に親の手を離れていくのだ。
「……何をしんみりしているんだ、馬鹿父親」
不意に。
アンデルセンが、小さな手で、アストルフォの大きな掌をギュッと握りしめた。
「おまえのその暑苦しい熱とフェロモンを欲しがっている雌(母親たち)が、この城にはまだ掃いて捨てるほどいるんだぞ。娘が巣立ったくらいで感傷に浸っている暇があったら……俺に、最高の名前の付け方でも教えろ」
アンデルセンの、皮肉に隠された最大限の甘えと励まし。
それに気づいたアストルフォは、目を丸くした後……堪えきれないように、大声で笑い出した。
「あははははっ! うん、そうだね! パパにはまだ、やらなきゃいけないことがいーっぱいあるもんね!」
アストルフォは、アンデルセンの小さな身体を抱き上げ、春の陽光が差し込む窓辺で、いつまでもいつまでも、温かい笑い声を響かせていた。
果てしなく広がり続けていた魔窟の歴史は、今、親から子へ、そして次なる時代へと美しく(?)受け継がれようとしている。
だが、この城の中心で燃え続ける太陽の熱と、彼を愛し抜く女たちの狂おしいほどの愛の物語は。
これからも、決して消えることなく、極限まで甘く、賑やかに続いていくのだった。