※この作品はR-18です。

fate/Apocrypha偽書 千人斬りのアストルフォ   作:鰻天ぷら

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ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト編②

「ねえ、ルヴィア。キミも……ボクの熱、欲しい?」

 

至近距離で囁かれたその言葉。アストルフォの紫水晶の瞳が、ルヴィアの心の奥底にひた隠しにしてきた『ただの少女としての孤独』を真っ直ぐに射抜いていた。

重厚なマホガニーのデスクに手をつき、逃げ場を塞がれた状態。彼の大きな手から伝わってくる、常軌を逸した熱量。

 

ルヴィアの青い瞳が、熱に浮かされたように微かに潤んだ。

(あ……私、何を……っ)

彼から漂う甘く野性的な香りに思考が麻痺し、無意識のうちに、ルヴィアの身体が彼の方へとわずかに傾きかけた、その瞬間。

 

「――っ、ふざけないでっ!!」

 

バチンッ! と、執務室に甲高い音が響いた。

ルヴィアは自らの頬を張るかのような勢いで、アストルフォの手を思い切り弾き飛ばしたのだ。

弾かれた彼の手の甲が微かに赤くなるのも構わず、ルヴィアは荒い息を吐きながら彼をキッと睨みつけた。

 

「わたくしを、温室の純朴な花(サクラ)と同じように扱えると思わないでくださいませ! わたくしはルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト! 誇り高きハンターを束ねる次期当主ですわ! あなたのような、どこの馬の骨とも知れぬ英霊の『熱』など、一欠片も必要としておりませんっ!」

 

それは、崩れかけた己の防壁を必死で修復するための、虚勢と誇りに満ちた叫びだった。

もしあと一秒でも長く彼に触れられていたら。もしあのまま彼に抱きしめられていたら。自分は絶対に、妹と同じように彼の熱の虜になり、当主としての仮面を捨ててしまっていた。その恐ろしい予感が、ルヴィアをギリギリのところで踏み止まらせていた。

 

拒絶されたアストルフォは、怒るでも傷つくでもなく、ただ少しだけ驚いたように目を瞬かせた。

そして、フッと柔らかく、どこまでも包み込むような極上の笑みを浮かべた。

 

「そっか。ルヴィアは、本当に強いね。桜を守るために、自分にすっごく厳しいんだ」

「……え?」

「でもね、無理して張った意地は、いつかポキって折れちゃうよ。……もし、一人で立っていられないくらい寒くなったら、いつでもボクを呼んで。ボクは、いつでもキミを温めてあげる準備ができてるから!」

 

言い残すと、アストルフォは窓枠に軽やかに飛び乗り、開け放たれた窓からロンドンの灰色の空へと、文字通り風のように飛び去っていった。

「じゃあね、ルヴィア!」という無邪気な声だけが、静寂を取り戻した執務室にこだまする。

 

「……っ、なんなのよ、あの男は……っ」

 

ルヴィアは膝から崩れ落ちそうになるのを必死で堪え、デスクの縁を強く握りしめた。

弾き飛ばしたはずの彼の手の熱が、まだ自分の指先にべったりと残っている。心臓が、自分のものではないようにドクドクと早鐘を打ち続けている。

 

「わたくしは……絶対に、屈しませんわ。あんな……あんな男の熱になんて……っ!」

 

震える声で独りごちるルヴィアの頬は、彼女自身が認めたくないほどに、赤く火照りきっていた。

 

***

 

その日の深夜。

ロンドンの街は、濃い霧と冷たい雨に包まれていた。街灯の光が濡れた石畳に鈍く反射し、路地裏はまるで底なしの沼のように暗く沈んでいる。

 

ルヴィアは一人、外套を深く羽織り、時計塔の地下区画から地上へと続く人気のない裏路地を歩いていた。

青崎青子との特許交渉の裏で動いていた、時計塔内の反エーデルフェルト派閥による不穏な動き。その確証を掴むための、極秘の会合の帰りだった。当主候補として、屋敷の者にすら悟られずに単独で動かなければならない案件。それが、彼女の背負う『重圧』の一部だった。

 

「……やはり、ミュセルの連中が裏で糸を引いていましたのね。お粗末な陰謀ですこと」

 

冷たい雨に打たれながら、ルヴィアはフンと鼻を鳴らした。

しかし、その直後。彼女の優れた魔術回路が、周囲の大気のマナが異常な速度で書き換えられるのを知覚した。

 

「――結界!?」

 

足元の石畳から、赤黒い術式が網の目のように広がり、ルヴィアの周囲の空間を完全に外界から隔離した。

同時に、濃霧の中からぬらりと現れたのは、ローブに身を包んだ複数の魔術師たちと、彼らが使役する異形の使い魔(キメラ)だった。

 

「エーデルフェルトの次期当主殿。夜分遅くに、一人歩きとは感心しませんな」

「……待ち伏せですか。下賤なハイエナの真似事とは、時計塔の魔術師も地に落ちたものですわね」

 

ルヴィアは瞬時に外套を脱ぎ捨て、青いドレス姿で臨戦態勢をとった。

彼女の指の間に、極上の輝きを放つ宝石(ルビーとサファイア)が挟み込まれる。

 

「『Call(告げる)』!」

 

ルヴィアの詠唱とともに、宝石に込められた膨大な魔力が解放され、機関銃のような勢いでガンドの弾雨が放たれた。

先頭にいた使い魔の頭部が吹き飛び、魔術師の一人が悲鳴を上げて吹き飛ばされる。優雅なドレス姿とは裏腹に、彼女の戦闘スタイルは獰猛で、洗練された暴力そのものだった。

 

「なめるな! 相手は一人だ、結界を縮小して魔力を削れ!」

 

敵の魔術師たちが一斉に呪詛を放つ。

ルヴィアは軽やかなフットワークでそれを躱し、接近してきた使い魔の懐に潜り込むと、華奢な腕からは想像もつかない見事な背負い投げ(スープレックス)で石畳に叩きつけた。

 

「オーッホッホッホ! その程度でわたくしを仕留めようなど、百年早――っ!?」

 

高笑いを上げた瞬間、ルヴィアの足元が泥のように変質し、彼女のヒールが深く沈み込んだ。

「影縛り……っ!?」

しまった、と気づいた時には遅かった。結界の泥はルヴィアの両脚を拘束し、その魔力をごっそりと奪い始めたのだ。

動きを封じられた彼女に向かって、残る三匹の凶悪な使い魔が、鋭い爪を剥き出しにして一斉に飛びかかってくる。

 

(ここで、わたくしが死ぬわけには……っ! サクラを、あの家を……っ!)

 

ルヴィアが最大の防御魔術を展開しようと歯を食いしばった、その時だった。

 

『――そこを退けええぇぇぇっ!!』

 

上空から、轟音が降ってきた。

空気を切り裂くような鋭い鳴き声とともに、ルヴィアを囲んでいた赤黒い結界が、文字通り「物理的」に粉砕された。

飛び散るガラス細工のように結界が砕け散る中、巨大な幻獣・ヒポグリフが舞い降り、飛びかかってきていた使い魔たちを巨大な蹄で一蹴りにして吹き飛ばす。

 

「な、なんだこれは!? 幻獣だと!?」

「ひぃっ! 英、英霊……っ!?」

 

パニックに陥る暗殺者たちの前に、ヒポグリフの背から軽やかに飛び降りた桜色の騎士が立ち塞がった。

 

「キミたち、女の子をいじめるなんて、騎士として絶対に見過ごせないな!」

 

アストルフォだった。

彼は普段の無邪気な笑顔を完全に消し去り、本物の怒りを滲ませた冷ややかな瞳で、敵の魔術師たちを睨みつけていた。その手には、馬上槍(トラップ・オブ・アルガリア)が握られている。

 

「あ、アストルフォ……? なぜ、あなたがここに……っ」

「昼間、ルヴィアがすごく無理してる顔だったから。放っておけなくて、上空からずっと様子を見てたんだ! 間に合ってよかった!」

 

アストルフォは振り返り、ルヴィアにだけ見せる極上の笑顔でウィンクをした。

その瞬間、ルヴィアの胸の奥で、カチリと何かが音を立てて外れた気がした。

 

「さあ、ヒポグリフ! 悪い子たちはお仕置きだ!」

 

そこからは、戦闘と呼ぶのもおこがましいほどの一方的な蹂躙だった。

英霊の圧倒的な武力と、幻獣の機動力。暗殺者たちは数分と経たずに全員が気を失い、ロンドンの裏路地に転がされた。

 

「ふぅ、一件落着!」

 

アストルフォは槍を消散させると、拘束の魔術が解け、その場にへたり込んでしまったルヴィアの元へと駆け寄った。

 

「ルヴィア、怪我はない? どこか痛いところは……」

「触ら、ないで……っ」

 

ルヴィアは、差し出された彼の手を払いのけようとした。

しかし、魔力を奪われ、雨に打たれ続けた彼女の身体にはもう、彼を突き飛ばす力など残っていなかった。手が空を切り、彼女の身体がぐらりと前に傾く。

 

「おっと。危ない危ない」

 

アストルフォは、倒れ込むルヴィアの身体をしっかりと抱き留めた。

ロンドンの凍えるような雨の中。彼の胸板から伝わってくるのは、昼間の執務室で感じた以上の、圧倒的で、どうしようもなく甘い『熱』だった。

 

「……っ、離して……わたくしは、一人で、立てますわ……っ」

「嘘だ。キミの身体、氷みたいに冷たくなってる。それに、すごく震えてるじゃないか」

 

アストルフォの大きな手が、雨に濡れたルヴィアの金髪を優しく撫でた。

その手つきは、どこまでも過保護で、ひどく甘やかされていた。

 

「ルヴィアは本当に頑張り屋さんだね。こんな危ないところでも、一人で戦おうとしてたんだ」

「当然ですわ……わたくしは、エーデルフェルトの……当主……サクラを守らなければ、ならないから……っ」

 

震える声で紡がれる強がり。しかし、その声はすでに涙声に変わっていた。

死の恐怖。極限の緊張。そして何より、絶対に折れてはならないという孤独なプレッシャー。

それらが、彼から与えられる無条件の肯定と絶対的な熱量によって、ドロドロに溶かされていく。

 

「もういいよ、ルヴィア。もう、一人で戦わなくていい。……キミの重たい鎧、ボクが一緒に脱がせてあげるから」

 

アストルフォは、ルヴィアの冷え切った身体を、自らの熱い身体にすり寄せるように強く抱きしめた。

「あ……ぁ……っ」

ルヴィアの青い瞳から、堰を切ったように大粒の涙が溢れ出した。

彼女はついに抗うことをやめ、アストルフォの黒いシャツを両手で強く握りしめると、彼の広い胸に顔を埋めて、子供のように声を上げて泣きじゃくった。

 

「こわかっ、た……っ! 怖かったですわ……っ!! ずっと、一人で……っ!」

「うん、うん。怖かったね。でも、もうボクがいるから大丈夫だよ」

 

雨音の響く暗い路地裏で、アストルフォは泣きじゃくる誇り高き令嬢の背中を、何度も何度も優しく撫で続けた。

 

やがて。

ルヴィアの嗚咽が少しずつ落ち着き、彼女がゆっくりと顔を上げた時。

至近距離で見つめ合う二人の視線が、雨の冷気とは真逆の、じっとりと絡みつくような熱を帯びて交差した。

 

涙に濡れたルヴィアの睫毛。微かに開かれた、艶やかな唇。

「アストルフォ……」と、初めて敬称も棘もなく呼ばれた自分の名前に、アストルフォの瞳の奥で、オスとしての情欲の炎がボッと燃え上がった。

 

「ルヴィア。キミの身体、ボクの熱で……芯までポカポカに、温めてあげる」

 

囁くような低い声とともに、アストルフォの熱い吐息が、ルヴィアの震える唇にかかる。

もはや、拒絶の言葉はルヴィアの口から紡がれなかった。彼女は自ら目を閉じ、彼のもたらす圧倒的な快楽の熱に身を委ねるべく、その唇を受け入れたのだった――。

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