fate/Apocrypha偽書 千人斬りのアストルフォ 作:鰻天ぷら
「……馬鹿ね、本当に。あんたって男は」
静寂に包まれたリビングで、最初に沈黙を破ったのは蒼崎青子だった。
彼女は呆れたように息を吐くと、アイリスフィールの膝で涙ぐむアストルフォの前に屈み込み、その形の良い唇を自身の指先でそっと塞いだ。
「あんたの熱が、フェロモンが枯れたからって……私たちが離れていくとでも思ってるわけ? ……私たちが骨の髄まで愛し抜いているのは、あの暴力的な熱だけじゃない。あんたという『男』の魂そのものなのよ」
青子の青い瞳が、極限まで甘く、そして深い熱を帯びてアストルフォを射抜く。その吐息が直接肌に触れる距離。彼女の成熟した身体から立ち上る、女としてのむせ返るような匂いが、アストルフォの鼻腔をくすぐった。
「青子の言う通りよ」
遠坂凛が、アストルフォの頬を両手で優しく包み込み、自らの豊かな胸元へと引き寄せた。
「あんたが私たちにくれたのは、ただの快楽じゃないわ。……絶対に否定されないっていう安心感。どんな業を背負ってても、笑って受け入れてくれるそのバカみたいな温かさよ。……お爺ちゃんになってしわくちゃになっても、私が一生、あんたの面倒を見てあげるから安心しなさい」
「オーッホッホ! 凛にだけいい顔はさせませんわよ! 仮に貴方がただの枯れた老人になったとしても、わたくしたちは命尽きるその瞬間まで、貴方の隣でお茶を飲み、同じベッドで眠りますわ。……それが、わたくしたちが貴方に捧げた『永遠』ですもの」
ルヴィアが扇子を畳み、凛と反対側からアストルフォの逞しい腕にギュッと抱きついた。
「はい。……お爺ちゃんとお婆ちゃんになっても、ずっと手を繋いで歩きましょうね、アストルフォさん。貴方の熱が静かになったら、今度は私たちが、貴方をずっと温めてあげますから」
桜もまた、背後からアストルフォの広い背中に身を預け、幸せそうに目を細める。
その言葉の波に、アストルフォの紫水晶の瞳から、先程の寂しさとは違う、温かくて甘い涙がホロリとこぼれ落ちた。
「……ふふっ。永遠なんて魔術師の妄想だと思っていたけれど。一緒に朽ちていく時間を心底愛おしいと思えるくらいには、私たちも『大人』になったってことね」
少し離れたソファで、蒼崎橙子が赤い眼鏡を押し上げながら、ふわりと紫煙を吐き出した。その表情は、かつての冷徹な冠位魔術師のそれでは到底なく、ただ一人の男に身も心も捧げ尽くしたメスの、極上の微睡みの中にあった。
「兄上(Ⅱ世)が見たら、彼が何を言い出すのか興味深くなるような甘い純愛だね。……でも、悪くない。貴方の熱でドロドロに溶かされる夜も最高だけれど、こうして静かに体温を分け合う穏やかな時間も、私は嫌いじゃないのだから」
ライネスが、アストルフォの空いたもう片方の手に自らの指を絡め、小悪魔的に微笑む。
「と、当然よ! 身体だけの関係じゃあるまいし……っ、貴方のフェロモンがなくなっても、わ、私がずっと家(アニムスフィア家)の力を使ってこの城の中で養ってあげるんだから……っ!」
オルガマリーが顔を真っ赤にして叫び、そのいじらしい姿に、周囲の妻たちからクスリと温かい笑いが漏れた。
「主の教えにもある通りです。病める時も健やかなる時も、ですよ。……まあ、私としては、もう少し貴方の激しいお仕置き(愛)をいただきたいところですが」
黒い修道服のカレンが、自身の太ももを擦り合わせながら妖艶に微笑むと。
「カレン、貴女は少し欲しがりすぎです……っ! アストルフォ、貴方は何も心配せず、私たちの愛だけを受け取っていればいいのですよ」
バゼットが真面目な顔でカレンをたしなめつつも、その瞳は完全にアストルフォへの絶対的な忠誠と愛欲で濡れていた。
「仕方ないじゃないですか。……あの方の存在そのものが、どんな教義よりも深く私たちを救済してくださるのですから」
シエルが、娘を撫でながらかつてないほどに蕩けた表情で呟き、隣でノエルが「……ほんと、あんたって男は、どこまで女を狂わせれば気が済むのよ。最後まで責任取りなさいよね」と、やさぐれた口調ながらも愛おしそうに肩をすくめる。
静かに紅茶のカップを置き、ユグドミレニアの元当主・フィオレが、懐かしむように窓の外の青空を見上げた。
「かつては魔術の業に縛られ、争うことしか知らなかった私たちが。……貴方という一人の太陽に出会い、狂おしいほどに愛し合い、子供を産み、そしてこうして、共に老いていく時間を愛おしむことができるなんて」
フィオレの言葉に、レティシアが胸の前で手を組み、深く頷く。
「はい。……これは、どんな聖杯の奇跡よりも尊い、私たちだけの『救済』です」
妻たちが次々と紡ぐ、永遠の愛の誓い。
その言葉の一つ一つが、アストルフォの胸の奥に生じたほんの小さな「親としての寂しさ」と「老いへの不安」を、跡形もなく溶かしていく。
リビングの空気は、もはや発情などという次元を超え、互いの魂と魂が直接溶け合い、混ざり合うような、極限まで濃密で甘い『家族の熱』で満たされていた。
「……ああ、もう。なんだか私まで泣きそうになっちゃったじゃない」
少し湿っぽくなった空気を吹き飛ばすように、沙条愛歌が、一切の感情を排した金色の瞳を極限まで優しく細め、パンッと手を叩いた。
「ねえ、王子様。涙はもうおしまい。せっかくイリヤちゃんが無事に赤ちゃんを産んだんだもの……今日は、私たちみんなで、盛大なお茶会にしましょう?」
「愛歌お姉ちゃんの言う通りだわ。……王子様、私たちに、最高の笑顔を見せて?」
綾香もまた、頬を赤く染めながらアストルフォを見つめ、美沙夜が「ええ。極東の吉報を祝して、最高級の茶葉を淹れなくてはね」と優雅に立ち上がる。
「ふふっ、でしたらわたくしたちも準備を手伝いましょう。美味しいお茶菓子を用意しなくては」
殺生院キアラが、かつての魔性の菩薩とは思えないほどの柔らかな手つきで立ち上がる。
「私も手伝います、お姉さま! アストルフォ、後でいっぱい撫でてくださいね!」
両儀未那も、小悪魔的な笑みを浮かべながら、楽しそうにキッチンへと向かっていった。
その声に呼応するように。
ホールの壁際で控えていたメイドのマリアたち、そしてアインツベルンの純白の三人娘が、一切の無駄のない洗練された所作で、巨大なダイニングテーブルに純白のクロスを広げ始める。
「ほらセラ、リズ! 私たちも行くわよ。アストルフォ様に、最高のお茶会をプレゼントするんだから!」
フィリアの号令で、セラとリーゼリットも「まったく、しょうがない人ですね」「……アストルフォ、なくの、だめ」と微苦笑しながら、銀のティーセットを運び始めた。
その温かすぎる情景を前に。
エレナが、少し膨らみ始めたお腹を両手で庇いながら、幸せそうに涙ぐんで微笑んでいた。
「……うん!」
妻たちの底知れぬ愛情と、変わらない笑顔。
それに背中を押されたアストルフォは、両頬をパンッと叩き、涙を拭って立ち上がった。
日はいつかは沈む。だが、日が沈むのは、まだずっと先だ。
それに、もし夜が来たとしても、この腕の中には、世界で一番愛おしい星々(家族)が永遠に輝き続けているのだから。
「よーし! ボクもケーキ焼くの手伝うぞー! みんなで、最高にハッピーなお茶会にしようね!」
アストルフォは、いつもの、すべてを照らし出す無敵の太陽の笑顔を取り戻し、元気いっぱいにキッチンへと駆け出していった。
「あ、こら! あんたは不器用なんだから、大人しく座ってなさい!」
「ふふっ、いいではありませんか。今日は特別な日ですから」
「王子様、私がお口にアーンしてあげるわ」
賑やかな笑い声が、再びロンドンの魔窟に響き渡る。
その背中を見送る妻たちの瞳は、極限まで甘く、深く、そして永遠の愛に満ちていた。
一つの世代が巣立ち、また新しい命が芽吹く。
狂おしいほどの愛欲と熱量で始まった彼らの物語は、今、すべてを包み込む穏やかな家族の愛へと昇華した。
規格外の騎士がもたらした熱と愛は、これからも形を変えながら、この魔窟で静かに、温かく、永遠に燃え続けていくのだった。
コレで本当に本当の最後です
もうネタが尽きました
これからも鰻天ぷらの次回作を期待せずにお待ちください