fate/Apocrypha偽書 千人斬りのアストルフォ 作:鰻天ぷら
ロンドンの重苦しい雨雲が嘘のように晴れ渡り、スイートルームの巨大な窓から、眩しい朝日が黄金色に差し込んでいた。
暖炉の火はすでに燃え尽きていたが、キングサイズの広大なベッドの上は、昨夜の狂乱の熱をそのまま閉じ込めたように、じっとりと甘く、そして途方もなく温かかった。
「……んっ」
乱れたシルクのシーツに沈み込みながら、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトはゆっくりと重いまぶたを開けた。
全身の筋肉が溶けてしまったかのような、心地よい疲労感と強烈な気怠さ。特に腰の奥と太ももの内側には、昨夜彼に限界まで愛し抜かれた証である、熱を帯びた甘い痛みがくっきりと残っている。
(わたくしは……本当に、一晩中……っ)
記憶が鮮明に蘇り、ルヴィアの顔がカッと火を噴いたように赤く染まる。
誇り高きエーデルフェルトの次期当主である自分が、妹の桜と、最強の魔法使いである蒼崎青子に見守られ、あまつさえ彼女たちと肌を重ね合わせながら、一人の騎士の熱に狂わされ、泣き叫ぶように愛を乞うたのだ。
その背徳的で狂った睦事は、ルヴィアの理性を根底から破壊するのに十分すぎる破壊力を持っていた。
しかし、不思議と後悔はなかった。
かつて彼女の心を常に覆っていた「当主としての重圧」や「孤独」は、完全に白く塗り潰されていた。代わりに胸の奥を満たしているのは、絶対的な安心感と、身体の芯から湧き上がるような幸福感だけだった。
「……お義姉様、おはようございます」
すぐ横で、柔らかな声がした。
振り返ると、シーツにくるまった桜が、ルヴィアを見つめてとろんと微笑んでいた。彼女の滑らかな肌にも、ルヴィアと同じように無数の赤い愛痕が散らばっている。
「サクラ……っ」
「ふふっ。お義姉様、昨日の夜、すごく可愛かったです。アストルフォさんに何度も何度も『好き』って言って……泣いてすがりついて……」
「〜〜〜っ!! そ、それは言わない約束ですわ!! あなただって、わたくしの前でとんでもない声を……っ!」
顔を真っ赤にして抗議するルヴィアに、桜は幸せそうにくすくすと笑い、姉の身体に身を寄せた。義理の姉妹の間を隔てていた見えない壁は、同じ男の愛を全身で受け入れたことで、もはや微塵も存在していなかった。
「……朝から元気ね、お嬢様方」
反対側から、気怠げな声が響いた。
黒髪を乱した蒼崎青子が、大きなあくびをしながら上体を起こす。彼女の引き締まった美しい裸身が朝日に晒され、ルヴィアは思わず息を呑んだ。この女もまた、昨夜は自分たちと同じように、彼の下で獣のように乱れていたのだ。
そして、三人の美女の中心で、すべてを与え尽くした桜色の騎士が、スゥスゥと穏やかな寝息を立てていた。
アストルフォのがっしりとした腕は、ルヴィアと桜の腰を両側からしっかりと抱き寄せたままになっている。
「……ほんと、とんでもない男よ。私たち三人相手に、朝まで一睡もさせないんだから」
青子が呆れたように笑い、アストルフォの桜色の髪をくしゃくしゃと撫でた。
その感触で目を覚ましたのか、アストルフォが「んん……」と身じろぎし、ゆっくりと紫水晶の瞳を開いた。
「……おはよ、青子。ルヴィア、桜も……」
「おはようございます、アストルフォさん」
「お、おはようございますわ……っ」
寝起きの、少し掠れた甘い声。
アストルフォはルヴィアと桜の顔を見ると、ふにゃりとだらしなく、最高に無邪気な笑顔を浮かべた。
そして、彼はルヴィアの腰をさらに強く引き寄せると、彼女の唇に、朝の挨拶代わりの深いキスを落とした。
「んっ……!? ぁ……っ、ちょっと、朝から……っ」
「ルヴィア、すっごくいい匂い……昨日の夜、あんなにいっぱいいっぱい愛してあげたのに、まだ足りないみたいだ」
アストルフォの大きな手が、シーツの下でルヴィアの素肌をゆっくりと撫で上げる。太ももから腰、そして柔らかな胸の膨らみへ。
彼の手が触れるたび、ルヴィアの身体がビクッ、ビクッと敏感に跳ね、昨夜の狂乱の熱が瞬時に蘇ってくる。
「ひゃっ……! あ、だめですわ……サクラも、蒼崎先生も、見ているのに……っ」
「ボクは二人にもするよ! みんな、ボクの大切なお姫様だもん!」
アストルフォはルヴィアの首筋にちゅっと吸い付くと、今度は反対側にいる桜の唇を塞ぎ、さらに身を起こして青子の首元にも熱いキスを降らせ始めた。
「んんっ……ふぁ……ぁ」
「ちょっと、あんたねぇ……っ! はぁっ……本当に、呆れた体力してるわ……っ」
朝の眩しい光の中で、再び甘く淫らな吐息と水音がスイートルームに響き渡る。
四人の肌が擦れ合い、体温が混じり合う。完全に彼のペースに巻き込まれながら、ルヴィアは自らアストルフォの逞しい背中に腕を回し、その抗いがたい快感の波に再び身を委ねていった。
***
「さてと」
それから数時間後。
ようやくベッドから這い出し、ルームサービスで頼んだ豪勢な遅めの朝食(ブランチ)を囲みながら、青子がコーヒーカップを片手に切り出した。
彼女は備え付けのバスローブ姿で、隣にはアストルフォのシャツを借りて羽織った桜、そしてルヴィアもまた、乱れた髪を簡単にまとめ、シルクのローブを身に纏っている。
「ルヴィアへの襲撃の件は、エーデルフェルトの当主権限で協会に圧力をかければ、しばらくは大人しくなるでしょう。……問題は、これからのことよ」
「これからのこと、ですの?」
ルヴィアがトーストを齧りながら首を傾げる。
青子は、モリモリとベーコンエッグを平らげているアストルフォを指差した。
「あんたの、そのデタラメな愛し方のことよ。……いい? あんたは今、私と桜とルヴィア、この三人をロンドンでたらし込んでるわけだけど。ルーマニアにいるフィオレや、フランスにいるレティシアのことは、どうするつもりなわけ?」
「……っ!」
青子のその言葉に、ルヴィアと桜の肩がピクリと反応した。
そうだ。彼は、世界中に愛する女性を作っている。自由な英霊である彼を一つの場所に縛り付けることはできないし、そんなことをすれば、彼の最も美しい『光』が失われてしまう。
だが、放置されて悲しむ女性がいることも、同じ女としてルヴィアたちは見過ごせなかった。
アストルフォは、もぐもぐと口を動かした後、オレンジジュースでそれを流し込み、満面の笑みで答えた。
「どうするって、決まってるじゃないか! みんなに会いに行くんだよ!」
「会いに行くって……あんたね、距離ってものを考えてる?」
「ヒポグリフがいるから大丈夫! フランスなんてあっという間だし、ルーマニアだって一日あれば着くよ! ボク、みんなの顔を定期的に見に行って、いっぱいいっぱい抱きしめてあげるつもり!」
全く悪びれず、本気でそう言い切るアストルフォに、青子は深いため息をついた。
「……あんたは飛んでいけばいいかもしれないけどさ。待たされる側の気持ちも考えなさいよ。それに、あんたがいない間に、彼女たちに何かトラブルがあったらどうするの?」
その言葉に、アストルフォは初めて少しだけ「うーん」と悩む素振りを見せた。
彼には、一人の女性を独占するという概念がない代わりに、「愛した女の子が悲しむのは絶対に嫌だ」という強烈な信念がある。
そこへ、ルヴィアが優雅にカップを置き、静かに口を開いた。
「……蒼崎先生。それならば、わたくしたちエーデルフェルトの力を使いましょう」
「お義姉様?」
「ルヴィア?」
三人の視線がルヴィアに集まる。彼女は自信に満ちた、次期当主としての凛とした顔つきを取り戻していた。
「フィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミルレニア。そして、フランスのレティシア。……彼女たちが現在暮らしている場所に、エーデルフェルトの資金とネットワークを使って、最高峰の防衛結界と、直通の『魔術通信網』を構築しますわ。そして……」
ルヴィアは青子を見据えた。
「あなたの魔法、あるいはそれに準ずる高度な空間転移魔術の理論があれば、ロンドンからルーマニア、フランスを繋ぐ『転移陣(ゲート)』を構築することも、不可能ではありませんわね?」
「……はっ。言うじゃない、お嬢様。まあ、私とあんたの家の財力、それに時計塔の地下から引きずり出したパテントを総動員すれば、できなくはないわね。莫大な金と魔力が飛んでいくけど」
「金ならいくらでも出しますわ。……わたくしたちをこれほどまでに狂わせた男ですもの。彼が愛した女性たちをほったらかしにして、悲しませるような真似は、エーデルフェルトの誇りにかけて許しません」
それは、正妻宣言のような、しかし奇妙な連帯感に満ちたルヴィアの決意だった。
アストルフォに愛された者同士、一つの巨大な「家族」あるいは「陣営」として、互いを守り合い、彼が自由に飛び回れる環境を自ら作り上げるという、狂気にも似た愛情の形。
「お義姉様……! 素晴らしい提案です。私も、魔力供給の面で全力でお手伝いします!」
「サクラ……ええ、頼りにしていますわ」
姉妹が手を取り合って微笑む。
青子も「まったく、あんたのせいでとんでもない同盟が結ばれちゃったわね」と笑いながら肩をすくめた。
「えへへ……! ボク、すっごく嬉しい! ルヴィアも、桜も、青子も、本当に本当に大好き!!」
アストルフォはテーブル越しに身を乗り出し、三人をまとめて抱きしめようと腕を伸ばした。
「こら、食事中よ! ベーコンの油がつくでしょ!」
「あはは! ごめんごめん! でも、ボクがみんなを幸せにするからね! 絶対に、誰一人寂しい思いなんてさせないから!」
窓の外には、完全に晴れ上がったロンドンの青空が広がっていた。
孤独だった魔法使い、心を閉ざしていた養女、そして重圧に押し潰されそうになっていた誇り高き当主候補。
彼女たちのすべてを救済し、規格外の愛で包み込んだ桜色の騎士は、ヒポグリフと共に、次なる未知なる出会い――そして、このロンドンに潜むさらに厄介で魅力的な女性たちへのアプローチに向けて、輝くような笑顔を浮かべていた。