※この作品はR-18です。

fate/Apocrypha偽書 千人斬りのアストルフォ   作:鰻天ぷら

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バゼット・フラガ・マクレミッツ編①

重厚なカーテンの隙間から、ロンドンの白み始めた朝の光が、エーデルフェルト邸の特別室へと静かに差し込んでいた。

 

暖炉の火はすでに熾火となり、部屋の中には昨夜の狂乱の余韻――薔薇の香油と、六人の男女が乱れに乱れた末の、甘く、ひどく淫らな匂いが色濃く立ち込めている。

 

「……んっ、ぁ……」

 

広大な特注のキングサイズベッド。その中央で、アストルフォは極上の温もりと柔らかな感触に包まれて目を覚ました。

彼の右腕には、艶やかな金髪を散らして眠るルヴィアゼリッタがすっぽりと収まり、左腕には、シーツを抱きしめるようにして無防備な寝顔を晒すレティシアが寄り添っている。

彼のがっしりとした胸板には、黒の髪を絡ませた桜がぴたりと頬を押し付けており、さらに視線を下げれば、彼の逞しい足に自らの動かない脚を絡ませるようにして、フィオレが安らかな寝息を立てていた。

 

そして、ベッドのヘッドボードに背を預け、薄いシルクのシーツ一枚を胸元に当てただけの蒼崎青子が、すでに起きて彼を見下ろしていた。

 

「……おはよう、絶倫騎士様。本当に、呆れた体力してるわね。私たち五人相手に、一睡もさせないなんて」

 

青子の青い瞳には、呆れと、それを上回るほどの熱に浮かされた女の艶が宿っていた。

アストルフォはふにゃりと笑い、自分の胸で眠る桜の頭を優しく撫でながら、青子に向かって口パクで「おはよう!」と返した。

 

その撫でる感触に気づいたのか、桜が「んん……」と甘い声を出して身じろぎし、ルヴィアもまた、アストルフォの腕の中で目を覚ました。

 

「……はっ! わたくしは、いったい……」

「ルヴィア、おはよう。すっごくよく眠ってたね!」

「ア、アストルフォ……っ! 近いですわ、それに、わたくしたち……っ」

 

顔を真っ赤にしてシーツを引き寄せようとするルヴィアだったが、昨夜、彼の下で自分がいかに乱れ、愛を乞うたかを思い出し、そのままパタンと彼の上に顔を覆って倒れ込んでしまった。

 

「お義姉様……おはようございます。ふふっ、真っ赤ですね」

「サクラまで……っ! もう、お嫁に行けませんわ……っ」

「大丈夫だよ! ボクがみんなのお婿さんになるから!」

 

屈託なく言い放つアストルフォに、今度はレティシアとフィオレも目を覚ました。

 

「……朝、ですか。アストルフォ様……私、昨日は、その……何度も……」

「アストルフォ……すごく、熱かったです。私、脚の先まで、あなたの熱で……おかしくなりそうでした……っ」

 

純朴さを残しながらも完全に彼の愛に染まりきったレティシアと、魔術師の矜持を捨て去り女としての歓びに震えるフィオレ。

五人の美女たちが、朝の光の中で一斉に彼に熱い視線を向ける。

 

「みんな、すっごく綺麗だよ。……ねえ、もう一回だけ、朝の挨拶、してもいい?」

 

アストルフォの紫水晶の瞳が、再び『オス』の色を帯びる。

「えっ!?」「ちょっ、ちょっと待って……っ!」「アストルフォさん……っ!」

抗議の声は、次々と落とされる熱烈なモーニングキスによって、瞬く間に甘い吐息と水音へと変わっていった。朝の清々しい空気の中、再びベッドの上で肌と肌が擦れ合う、じっとりとした濃密な時間が小一時間ほど続いたのだった。

 

***

 

「――さてと! 今日はみんなでお出かけしよう!」

 

広大なダイニングルームで、エーデルフェルト家の専属シェフが腕を振るった豪勢な朝食(すでに時間は昼前だったが)を平らげた後、アストルフォが元気よく宣言した。

彼は青子が用意した、ロンドンの街並みに溶け込むスタイリッシュな白いジャケットと黒のスキニーパンツという、現代の若者のような装いをしている。

 

「お出かけって……あなた、正気ですの?」

紅茶のカップを置いたルヴィアが、呆れたようにため息をついた。

「わたくしや蒼崎先生は、時計塔の保守派から文字通り命を狙われているのですわよ? それに、これだけ目立つ美女(わたくしたち)が大挙してロンドンを歩けば、悪目立ちにも程がありますわ」

 

「そうね。いくらあんたが強くても、街中で魔術戦を起こすわけにはいかないし」

青子も同意するように頷く。フィオレとレティシアも、異国の地であるロンドンの街を歩くことには少し不安があるようだった。

 

しかし、アストルフォは胸を張り、ニシシと悪戯っぽく笑った。

 

「大丈夫! だって、ここはボクの『庭』みたいなものだからね!」

「……庭?」

「うん! ボク、シャルルマーニュ十二勇士であると同時に、イングランドの王子なんだよ! イングランド王オットーの息子! つまり、このイギリスはボクの故郷(ホーム)みたいなものさ!」

 

「「「「「……は?」」」」」

五人のヒロインたちの声が見事にハモった。

 

「そ、そういえば……原典の伝承では、あなたはイングランドの王子という設定(ルーツ)が……っ」

魔術師としての知識が豊富なフィオレが、ハッとして呟く。

 

「えっ、じゃあアストルフォ様は……本物の王子様、だったんですか!?」

レティシアが目を丸くして彼を見つめる。

 

「王子様って……あの理性の欠片もない振る舞いで? イギリス王室もとんだ爆弾を抱えていたものですわね……」

ルヴィアが頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。

 

「だから平気! もし悪い魔術師が襲ってきても、ボクの『王子様パワー』とヒポグリフで全部解決してあげる! ほら、フィオレもレティシアも、せっかくロンドンに来たんだから、観光しなきゃ損だよ!」

 

アストルフォの底抜けの明るさと、その「イングランドの王子」という(魔術的にはあまり意味のない、しかし彼らしい)謎の説得力に押され、結局、五人のヒロインたちは彼のエスコートでロンドンの街へと繰り出すことになった。

 

***

 

霧の都、ロンドン。

今日は珍しく気持ちの良い青空が広がっており、テムズ川沿いは多くの観光客で賑わっていた。

 

「ほら……あそこに大きい時計塔が見えるでしょう?アストルフォさん、あれがビッグ・ベンですよ!」

「そうなんだ! ボクがいた頃にはあんなのなかったけど、すっごくかっこいいね!」

 

桜はアストルフォの右腕にしっかりと腕を絡ませ、頬を染めながら彼を見上げている。

一方の左腕は、ルヴィアが「当主のエスコートとしては当然ですわ」と澄ました顔で、しかしガッチリとホールドしていた。

 

「ちょっとルヴィア、桜。あんたたちばかり独占しないでよ」

青子が背後からアストルフォの肩に腕を回し、その豊かな胸の膨らみを彼の背中に押し当てる。

 

「あ、蒼崎先生……ずるいです。私も、アストルフォ様と手を繋ぎたいのに……」

レティシアがもじもじしながら、アストルフォの服の裾をきゅっと掴む。

 

「レティシア、ほら、こっちの手が空いてるよ!」

アストルフォは桜とルヴィアに両腕を塞がれながらも、器用に身を捩ってレティシアの手を握った。さらに、車椅子に乗るフィオレの背後に回り込み、彼女の車椅子を笑顔で押し始める。

 

「アストルフォ、無理しないでちょうだい。私、少し後ろからでも……」

「だーめ! フィオレも一緒のペースで歩くの! ほら、風が気持ちいいでしょ?」

「……ふふっ。ええ、そうね。あなたが押してくれるから、どこまでも行けそうな気がするわ」

 

五人の絶世の美女たちを引き連れ、あまつさえ全員から甘い視線を向けられている桜色の青年。

すれ違う通行人たちの驚愕と嫉妬の視線を一身に浴びながらも、アストルフォは全く意に介さず、ロンドンの街を大満喫していた。

ショップで彼女たちに似合う服を見つけては褒めちぎり、カフェのテラスで極上のスイーツをあーんと食べさせ合う。それは、血生臭い魔術の世界の闘争とは無縁の、ただの幸福なデートの風景だった。

 

しかし――。

 

「……ん?」

 

大英博物館の裏手、人通りの少ない石畳の路地へと差し掛かった時。

アストルフォの紫水晶の瞳から、ふっと無邪気な笑みが消えた。

彼の『直感』が、路地の奥から放たれる、研ぎ澄まされた刃のような殺気を感知したのだ。

 

「みんな、ちょっとストップ」

アストルフォの声が、一段階低くなる。

 

「どうしたの、アストルフォ?」

青子も瞬時に空気を読み取り、臨戦態勢に入った。ルヴィアと桜も、フィオレとレティシアを庇うように立ち位置を変える。

 

コツ、コツ、コツ……。

 

霧が立ち込める薄暗い路地の奥から、規則正しい革靴の足音が響いてきた。

現れたのは、仕立ての良いエンジ色の男物のスーツを身に纏った、長身の女性だった。

暗い赤色のショートヘアに、冷徹なまでに感情を排した鋭い瞳。手には、円筒形の革製のケース(ルーンを刻んだ手袋を収めるもの)が握られている。

 

「……見つけました。エーデルフェルトの次期当主、並びに第五魔法の体現者・蒼崎青子。そして――登録外の所属不明サーヴァント」

 

女の声は、氷のように冷たく、ひどく事務的だった。

しかし、彼女の身体から立ち昇る魔力は、先日の暗殺者たちとは次元が違った。純粋な『武』と『殺意』に特化した、魔術協会の恐るべき猟犬の気配。

 

「バゼット・フラガ・マクレミッツ……! 封印指定の執行者が、なぜこんなところに……っ!」

ルヴィアが顔を強張らせ、指の間に宝石を挟み込んだ。

バゼット。魔術協会における最強の武闘派であり、ルーン魔術と徒手空拳を極めた、英霊にすら単独で立ち向かい得るバケモノ。

 

「私の任務は、時計塔の秩序を乱す者の排除、および特許の強奪を図る不穏分子の制圧。……エーデルフェルト、貴女が蒼崎青子と結託し、あまつさえ野良の英霊をロンドンに招き入れたという報告を受けました」

 

バゼットは革のケースを放り捨て、両手に革製の手袋をはめた。そこに刻まれたルーン文字が、不気味な赤い光を放ち始める。

 

「私はただ、己の職務を全うするだけです。抵抗するならば……ここで全員、排除します」

 

圧倒的なプレッシャーが路地裏を支配する。青子ですら、少しだけ面倒そうに舌打ちをした。

しかし。

 

「――排除? なんだか、すっごく物騒なこと言ってるね」

 

アストルフォが、ヒロインたちの前にふらりと歩み出た。

彼は腰の剣の柄に手をかけることもなく、ただ真っ直ぐにバゼットを見据えていた。

 

「下がりなさい、サーヴァント。貴方から排除されたいのですか」

バゼットが鋭く警告する。

 

「ううん、下がらない。だって、キミ、すっごく悲しい目をしてるから」

 

「……は?」

バゼットの表情が、初めて微かに動揺に揺れた。

 

「キミのその拳、誰かを守るためのものじゃない。ただ命令されて、嫌なことを嫌って言えずに、自分を機械みたいに思い込ませて振るってるだけでしょ?」

 

「……っ、貴方に、私の何がわかるというのですか! 私は、誇り高き赤枝の騎士の末裔……っ!」

 

「わかんないよ! でも、ボクの大切なお姫様たちを傷つけようとするなら、ボクは全力でキミを止める! そして……キミのそのガチガチに固まった冷たい心も、ボクの熱でドロドロに溶かしてあげる!!」

 

アストルフォが馬上槍(トラップ・オブ・アルガリア)を虚空から引き抜き、バゼットに向かってニッと不敵に笑いかけた。

 

ロンドンの裏路地。

魔術協会の冷酷な執行者と、理性を蒸発させた規格外の騎士の、激しくも甘い火花を散らす戦いの幕が、今まさに切って落とされようとしていた――。

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