fate/Apocrypha偽書 千人斬りのアストルフォ 作:鰻天ぷら
夜のロンドンの冷たい空気が、バゼット・フラガ・マクレミッツの火照った頬を撫でていく。
しかし、彼女の身体は一向に冷えなかった。それどころか、隣を歩くアストルフォから繋がれた手を通じて、火傷しそうなほどの熱が絶え間なく流れ込んでくる。
「ほら、バゼット、足元暗いから気をつけてね!」
「あ、はい……っ」
先ほどまでの「執行者」としての冷徹な仮面は、路地裏での熱烈な口付けによって跡形もなく溶け去っていた。今の彼女は、顔を真っ赤に染め、彼に取ってもらった大きな犬のぬいぐるみを片腕で大事そうに抱えながら、アストルフォに手を引かれるままに歩く、ただの不器用な乙女に成り下がっている。
その後ろを歩く五人のヒロインたちは、そんなバゼットの姿を見て、妖艶な笑みを浮かべていた。
「ふふっ、本当にあのバゼットさんが、まるで恋を知ったばかりの女学生みたいですわね」
ルヴィアが扇子で口元を隠しながら囁く。
「あれだけ頑なだった防波堤が、一度決壊するとあんなに脆いなんてね。……まあ、私たちも人のことは言えないけど」
青子が肩をすくめ、桜と顔を見合わせてクスクスと笑った。
フィオレとレティシアも、「バゼットさん、すごく可愛らしいです」「ええ、アストルフォ様にかかれば、どんなに強い方でもあんな風になってしまうのですね」と、もはや完全な「身内」を見るような温かい眼差しを向けている。
一行が到着したのは、ロンドン郊外に広大な敷地を構える超高級な屋敷。エーデルフェルト家が所有する、堅牢な結界と豪奢な設備を備えた別邸だった。
「さあ、着いたよ! バゼット、ここが今日からキミの泊まるお家!」
アストルフォが満面の笑みで重厚なドアを開ける。
屋敷に足を踏み入れた瞬間、バゼットは息を呑んだ。広大なエントランス、シャンデリアの煌めき、そして案内されたメインリビングの奥に鎮座する、何人寝転がれるのかわからないほどの巨大な特注ベッド。
そこから漂うのは、高級なルームフレグランスの香りだけではない。昨夜、彼らがどれほど濃密な時間を過ごしたのかを物語る、むせ返るような甘い情欲の残り香だった。
「ひっ……! ここに、私が……? い、いえ、私は護衛ですので、廊下で立哨を……っ」
「だーめ! ボクの可愛いお姫様を廊下に立たせておくなんて、絶対にできないよ!」
アストルフォはバゼットの背中をぐいぐいと押し、リビングの巨大なダイニングテーブルへと案内した。
すでにテーブルの上には、専属のシェフによって作られた極上のディナーが所狭しと並べられていた。
ローストビーフ、新鮮なシーフード、美しい琥珀色に輝くワイン。
「さあさあ、座って! バゼットの席はここね! ボクの隣!」
「あ、あの……私は任務中で……食事など……っ」
バゼットはエンジ色のスーツの裾を握りしめ、逃げ出したい衝動と必死に戦っていた。しかし、アストルフォに肩を押され、ふかふかの椅子に強制的に座らされてしまう。
彼女を挟むようにして、反対側には青子が座り、向かいにはルヴィア、桜、フィオレ、レティシアが並んだ。
「まあ、堅いこと言わずに飲みなさいな。あんた、ずっと時計塔の汚れ仕事ばかりで、こんな風にゆっくり食事することもなかったんでしょ?」
青子が、バゼットのグラスにワインを注ぐ。
「い、いただきます……っ」
バゼットは恐縮しきりでグラスを口に運んだ。
その様子を見て、アストルフォがフォークに切り分けた柔らかい肉を刺し、バゼットの口元へと差し出した。
「はい、バゼット! あーん!」
「なっ……!? じ、自分で食べられますっ!」
「いいからいいから! ほら、お口開けて?」
アストルフォの紫水晶の瞳が、至近距離でバゼットを見つめる。その甘く、抗いがたいオスとしての引力に、バゼットは逆らうことができず、震える唇を微かに開いた。
パクッ、と。彼の手から直接食べさせられた肉は、どんな最高級の料理よりも甘く、そして背徳的な味がした。
「んっ……」
「どう? 美味しい?」
「……はい。とても……っ」
顔から火が出そうになりながら俯くバゼット。
そのテーブルの下で、アストルフォの長い脚が、バゼットのスーツのスラックス越しに、彼女の太ももへとすり寄ってきた。
「ひゃっ!?」
「バゼット? どうしたの?」
「な、なんでもありません……っ!」
テーブルの上では無邪気な笑顔を振りまきながら、見えないところで彼女の敏感な内腿をゆっくりと撫で上げるアストルフォの脚。
バゼットは声を出すこともできず、ただグラスを強く握りしめ、身体をビクビクと震わせることしかできない。
魔術協会で最強と謳われる彼女の強靭な肉体が、たった一人の青年のさりげないスキンシップによって、いとも容易く快楽の淵へと追い詰められていく。
「ふふっ……バゼットさん、無理しないでくださいね。彼、そういう悪戯が大好きですから」
向かいに座る桜が、すべてを見透かしたような妖艶な笑みを浮かべる。
「わたくしたちも、最初はそうやって抗っていましたけれど……彼の熱に溺れてしまうと、もう二度と元には戻れませんわよ?」
ルヴィアがワイングラスを揺らしながら、艶っぽく同調した。
孤高の執行者として、誰にも弱みを見せずに生きてきたバゼット。
しかし、この異常なほどに温かく、そして狂おしいほどに甘い空間(ハーレム)は、彼女の心の奥底にあった「誰かに甘えたい」「女の子として扱われたい」という渇望を、容赦なく満たし、溶かしていった。
***
食事が終わり、夜が深まった頃。
青子たちは「私たちは少し奥の部屋で休むわ。……アストルフォ、その子、優しくしてあげなさいよ?」と、意味深なウインクを残して、フィオレやレティシアたちと共に奥の寝室へと消えていった。
リビングに取り残されたのは、アストルフォとバゼットの二人だけ。
「……あ、あの。私は、このソファで仮眠を……っ」
バゼットは立ち上がり、逃げるようにソファへ向かおうとした。
しかし、アストルフォの大きな手が、彼女の手首をふわりと、しかし絶対に逃げられない力で掴んだ。
「待って、バゼット」
「……っ!」
アストルフォが立ち上がり、バゼットを壁際へとゆっくりと追いやる。
背中が冷たい壁に触れ、逃げ場を失ったバゼットの目の前に、彼のがっしりとした胸板が迫る。
息遣いが混じり合うほどの、ゼロ距離。
「キミ、ずっとそのスーツ着てて、苦しくない?」
「く、苦しくなど……これは、私の戦闘服であり、誇り……っ」
「でも、今は戦闘中じゃない。……ボクの前でくらい、そんな重たい鎧、脱いだっていいんだよ」
アストルフォの手が、バゼットのエンジ色のスーツの襟元に触れた。
彼から漂う、花のような甘い香りと、男性特有の熱を帯びた匂いが、バゼットの鼻腔をくすぐり、脳の思考領域を真っ白に染め上げていく。
「あ……アストルフォ……」
「キミのその硬い殻の奥にある、すっごく柔らかくて温かいところ。ボクがいっぱいいっぱい、愛してあげるから」
カチャリ、と。
バゼットのスーツのボタンが一つ、また一つと外されていく。
彼女はもう、彼の手を振り払おうとはしなかった。ただ、荒い息を吐きながら、潤んだ青灰色の瞳で彼を見つめ返すことしかできない。
ネクタイが緩められ、ジャケットが床に滑り落ちる。
タイトなワイシャツ越しにもわかる、鍛え抜かれながらも女性らしい豊かな胸の膨らみが、彼の熱を帯びた視線に晒される。
「バゼット……キミ、すごく綺麗だ。カッコよくて、それでいて、とびきり可愛いよ」
「あ……っ、だめ、そんな風に言われ、たら……私、もう……執行者で、いられなく……っ」
「いられなくていいよ。今夜はただの『バゼット』として、ボクの熱でいっぱいになって?」
アストルフォの滑らかな手が、ワイシャツの隙間から滑り込み、バゼットの素肌へと直接触れた。
「ひゃああっ!!」
常人離れした高い体温が、彼女の白く引き締まった腹部から、豊かな胸の谷間へと這い上がる。
その指先が、最も敏感な頂を優しく、けれど執拗に弾いた瞬間、バゼットの口から、今まで出したこともないような高く、甘い嬌声が弾けた。
「あっ、はぁっ……! あ、熱い……っ、貴方の手、すごく……あぁっ!」
「バゼット……キミの心音、すごくドキドキしてる。ボクに触られて、嬉しい?」
「うれし……はい……っ、嬉しい、です……っ」
完全に陥落した執行者の、涙混じりの自白。
アストルフォは極上の笑みを浮かべ、バゼットの震える唇を、今度こそ深く、情熱的に塞いだ。
「んんっ……!! ぁ……っ、んちゅ……っ」
互いの舌が絡み合い、甘い唾液を交換し合う。バゼットは自らアストルフォの首に腕を回し、彼のがっしりとした身体にすがりつくようにして、その圧倒的な快楽と熱の奔流に完全に身を委ねていった。
ロンドンの夜。
時計塔の最強の猟犬は、ただ一人の騎士の前に完全に屈服し、狂おしいほどの愛と快感の海へと沈んでいくのだった――。