fate/Apocrypha偽書 千人斬りのアストルフォ 作:鰻天ぷら
ロンドンの厚い雲の隙間から、柔らかな朝の光がエーデルフェルト別邸の広大なリビングへと差し込んでいた。
「……んっ、ぁ……」
昨夜、あれほど狂おしいほどに乱れた巨大なソファの上。
ライネス・エルメロイ・アーチゾルテは、心地よい気怠さと、身体の芯に残るジンジンとした甘い疼きの中で、ゆっくりと青い瞳を開いた。
視界を満たしたのは、自分をすっぽりと包み込む、桜色の髪の騎士の広い胸板だった。
彼の規則正しい心音と、常人離れした高い体温が、シルクのシーツ越しに直接ライネスの肌へと伝わってくる。
(……私は、本当に……朝まで、彼に……っ)
記憶が鮮明に蘇り、ライネスの顔がカッと熱を持った。
次期当主(姫君)としての矜持も、サディスティックな余裕も、すべてが彼のもたらす圧倒的な快楽と肯定の前に消し飛んだ。涙と汗でぐちゃぐちゃになりながら、彼にすがりつき、何度も何度も絶頂の波に呑み込まれながら「もっと」と愛を乞うた己の姿。
「……信じられない。私が、あんな……だらしない声を……」
ライネスはシーツをきゅっと握りしめ、顔を真っ赤にして彼の大胸筋に額を擦り付けた。
しかし、不思議と後悔はなかった。
むしろ、長年背負い続けてきた「エルメロイ」という重圧の鎧を完全に脱ぎ捨てたことで、彼女の心はかつてないほどの軽やかさと、底なしの安堵感で満たされていたのだ。
「……おはよう、ライネス」
「あっ……」
頭上から降ってきた、少し掠れた甘い声。
見上げると、アストルフォが紫水晶の瞳を細め、極上の笑みを浮かべて彼女を見つめていた。
彼のがっしりとした腕が、ライネスの細い腰をさらに引き寄せ、二人の素肌が隙間なく密着する。
「よく眠れた? キミ、昨日の夜、すっごく可愛かったよ。いっぱいいっぱい、ボクの名前呼んでくれて……」
「〜〜〜っ! そ、それは言わないでくれたまえっ!!」
ライネスは羞恥で爆発しそうになり、咄嗟に彼のお腹をポカポカと叩いた。しかし、その力は弱々しく、単なるじゃれ合いにしか見えない。
「あはは! ライネス、顔真っ赤だ! すっごく可愛い!」
アストルフォは彼女の抵抗を全く気にせず、彼女の頭を愛おしそうに撫でた。
「……キミの重たい鎧、ちゃんと脱げた? まだ寒いところ、ない?」
その、どこまでも純粋で優しい問いかけに、ライネスの抵抗する手はピタリと止まった。
「……ああ。もう、どこも寒くはないよ。君の、そのデタラメな熱のおかげでね」
ライネスは負けを認めるようにふっと微笑むと、自らアストルフォの首に腕を回し、少し背伸びをして彼の唇にチュッ、と自発的なキスを落とした。
「えへへ……! ライネスからのキス、すっごく甘い!」
「うるさいよ。……もっと、君の熱を私に寄越したまえ」
ライネスの小悪魔的な命令に、アストルフォの瞳がオスとしての熱を帯びる。
「うん! いっぱいいっぱい、温めてあげる!」
朝の光の中、二人の唇が再び深く重なり合う。
互いの舌が絡み合い、甘い唾液を交換する卑猥な水音が響く。昨夜あれほど互いを貪り尽くしたというのに、彼の唇に触れるだけで、ライネスの身体の奥が条件反射のように甘く疼き始めてしまう。
「あら。隨分と朝からお熱いことですわね、エルメロイの姫君」
不意に、ソファの背後から優雅で、けれどひどくからかうような声が降ってきた。
ライネスがハッとして唇を離すと、そこにはネグリジェ姿のルヴィアゼリッタと、呆れたように笑う蒼崎青子、そしてフィオレ、レティシア、桜が立っていた。
「ひゃっ!?」
ライネスは咄嗟にシーツで素肌を隠し、顔を真っ赤にして彼女たちを睨みつけた。
「の、覗き見とは悪趣味だね、君たち……っ!」
「覗き見だなんて人聞きが悪いわね。ここは私たちのリビングでもあるのよ?」
青子が肩をすくめる。
「それにしても、見事な陥落っぷりでしたわね。あんなに涙声で『狂ってしまう』なんて……録画しておいて、時計塔の連中に見せてあげたいくらいですわ」
ルヴィアがオーッホッホと扇子で口元を隠して笑う。
「き、貴様ら……っ! 本気で時計塔の地下牢に叩き込んでやろうか……っ!」
ライネスが君主の顔を取り繕って威嚇するが、シーツにくるまり、アストルフォの腕の中にすっぽりと収まっているその姿では、何の説得力もなかった。
そこへ、キッチンの奥から、エプロン姿のバゼットがトレイに紅茶とスコーンを乗せて現れた。
「あ、あの……次期当主様。朝食の、お紅茶を……」
バゼットは、かつての自分の主が、自分と同じように一人の男の下で完全にメスに成り果てた姿を見て、気まずそうに、しかしどこか嬉しそうに視線を泳がせている。
「……バゼット。お前まで、私を笑うのかね」
「い、いえ! 笑ってなど……! ただ、ライネス様も……その、彼に救われたのだと思うと、少し、嬉しくて……っ」
バゼットが顔を真っ赤にして俯く。
その言葉に、ライネスの張り詰めていた肩の力が、フッと抜けた。
(……そうか。私はもう、一人で意地を張らなくてもいいのだな)
自分と同じように重圧と孤独を抱え、そして彼に救われた女たち。彼女たちは自分を陥れたのではなく、ただ、この温かい『共犯者』の輪に招き入れてくれただけなのだ。
「……ふふっ、あはははっ! いいだろう、私の完全敗北だ。このエルメロイの姫君が、見事に君たちの毒沼に沈められたよ」
ライネスはシーツを押さえたまま、清々しい笑い声を上げた。
その笑顔は、時計塔で見せるサディスティックな笑みではなく、年相応の、ひどく愛らしい少女のそれだった。
***
「さて。いつまでもこうして愛の巣でまったりしていたいのは山々だが、そうもいかない」
朝食を終え、ルヴィアの予備の服(少しサイズが合わず、胸元がゆったりとしている)を身に纏ったライネスは、ソファに深く腰掛け、次期当主としての理知的な顔つきを取り戻していた。
彼女の隣にはアストルフォがぴったりとくっつき、彼女の金髪の毛先を指でくるくると弄って遊んでいる。
「兄上……エルメロイⅡ世が、監視役のバゼットのみならず、私までが帰ってこないとなれば、いよいよ胃に穴を開けて現代魔術科(うち)の実行部隊を動かしかねないからね」
「そうね。流石に時計塔と全面戦争をするのは、私たちの目的じゃないわ」
青子がタバコに火をつけ、紫煙を燻らせながら頷く。
「ならば、どう動きますの? ライネスさん」
ルヴィアが、かつての敵対心はどこへやら、同じ盤面を囲む同志としての視線を向ける。
「簡単なことだよ。現代魔術科の権力を、君たち……いや、『私たち』の陣営を守るために最大限利用させてもらう」
ライネスの青い瞳が、鋭く光る。
「蒼崎青子とエーデルフェルトが結託して得た特許は、現代魔術科が厳重に管理・保護するという名目で時計塔内に公式に受理させる。保守派の連中には『エルメロイ派が彼らを監視下(コントロール下)に置いた』とアピールするのさ。
そして、アストルフォ。彼の存在は『現代魔術科の特別顧問の使い魔』として登録を捏造する。バゼットは引き続き『彼らの監視役』という名目で、ここに常駐させたまえ」
それは、時計塔の政治的システムを逆手に取った、完璧な隠れ蓑だった。
「なるほど。表向きは現代魔術科がわたくしたちを管理しているように見せかけ、裏では完全にわたくしたちが手を結んでいる……。悪くない腹芸ですわね」
ルヴィアが感心したように頷く。
「問題は、兄上への報告だが……まあ、適当に誤魔化しておくさ。『蒼崎青子たちとは一時的な協力関係を結んだ。あの英霊は無害な阿呆だった』とでも言っておけばいい」
ライネスがくすくすと笑う。
「それに、私がこまめにこの別邸に『視察』に訪れる理由もできた。……次期当主の仕事の合間に、極上の熱を分けてもらうためのね」
ライネスが、隣で自分の髪を弄っているアストルフォの頬を、指先でツンと突いた。
「というわけだ、アストルフォ。私はこれから一旦、時計塔のクソ面倒な執務室に戻らなければならない。……私が帰ってくるまで、他の女ばかりにかまけていたら、承知しないよ?」
ライネスの小悪魔的な、しかし独占欲に満ちた言葉。
アストルフォは満面の笑みを浮かべ、ライネスの細い腰を力強く抱き寄せた。
「わかってる! ボク、ライネスが帰ってくるの、いい子で待ってるからね! だから……お仕事頑張ってねのキス、しよ!」
「なっ……! み、皆の前で……っ、んんっ!」
ライネスの抗議は、再びアストルフォの情熱的な口付けによって防がれた。
青子やルヴィアたちが、呆れたように、けれど温かい笑みを浮かべてその様子を見守る。
時計塔の若き支配者は、もはや完全に彼という底なしの熱の虜となっていた。
「……はぁっ……。本当に、君という男は……っ」
息を切らし、顔を真っ赤にしたライネスは、アストルフォの頬にそっと手を添えた。
「待っていたまえ。必ず、すぐに戻ってくる。……私の身体が、君の熱を忘れてしまう前にね」
ライネスはステッキを手に取り、水銀のメイド――トリムマウを従えて、メインリビングの扉へと向かった。
しかし、その扉を開ける直前、彼女は振り返り、ヒロインたちとアストルフォに向かって、これまでにないほど柔らかく、美しい笑みを浮かべた。
「また後でね、私の愛しい共犯者たち」
時計塔へと戻るライネスの足取りは、かつての重圧に満ちたものではなく、羽が生えたように軽やかだった。
現代魔術科の姫君さえも手駒(ヒロイン)に加え、ロンドンにおけるアストルフォ陣営の地盤は、いよいよ盤石なものとなった。
彼らの甘く狂おしい噂は、時計塔のさらに深部へと届き始めている。
天体科(アニムスフィア)の幼き令嬢が、この異常な事態に気づくのも、もはや時間の問題であった――。
オルガマリーはまだ11歳ぐらいなので攻略対象ではありますが、今のところ本番はさせません
本当です!信じてください!