fate/Apocrypha偽書 千人斬りのアストルフォ 作:鰻天ぷら
フランスの片田舎にある、歴史の古い全寮制の学校。
茜色に染まる夕暮れ時、レティシアは自室である学生寮の小さな窓辺に肘をつき、ふうと小さく息を吐いた。
机の上には、読みかけの教科書とノート。着慣れた質素な制服と、背中に長く下ろした美しい金髪。どこにでもいる、ごく普通の女学生としての日常。
聖杯大戦という神話の如き戦場に身を投じ、聖女ジャンヌ・ダルクの依り代として数多の英霊たちと肩を並べていたあの日々の記憶は、今や遠い幻のように感じられていた。
「……終わったのよね。何もかも」
空になったティーカップを指先でなぞりながら、レティシアは夕焼け空を見上げた。
聖女は天へと還り、世界は日常を取り戻した。レティシア自身も、望んでいたはずの平穏な学生生活へと帰ってきた。
それなのに、彼女の胸の奥――かつて高位の霊器を宿していたその場所には、ぽっかりと穴が空いたような、ひどい空虚感が居座っていた。
目を閉じれば、鮮明に蘇る。
血と鉄の匂い。魔力がぶつかり合う轟音。
そして――絶望的な戦況の中でも決して光を失わず、誰よりも自由で、誰よりも純粋に『誰かを救う』ために駆け抜けていた、桜色の髪の騎士の姿が。
(私の中にいたのは、ジャンヌ様。彼は、ジャンヌ様を見ていた。……わかっているのに、どうしてこんなにも、あの方の笑顔が、あの方の温もりが……胸から離れないの……?)
「アストルフォ様……」
無意識のうちに、切なさを孕んだその名を唇に乗せた、その瞬間だった。
頭上の空気を切り裂くような、力強い羽ばたきの音が、静かな寮の裏庭に響き渡った。
「――みーっけ!! レティシア、やっほー!」
「えっ……!?」
夕日を背にして、三階にあるレティシアの部屋の窓辺へ、空から一直線に舞い降りてきた影。
巨大な鷲の上半身と馬の下半身を持つ幻獣、ヒポグリフ。そしてその背で、窓枠にひょいっと身を乗り出し、満面の笑みで手を振っているのは――今まさにレティシアが胸の中で焦がれ、思い描いていた、黒のライダー・アストルフォその人だった。
「嘘……アストルフォ、様……? どうして……」
ガタンッ、と。レティシアが立ち上がった拍子に、椅子が床に倒れる。
彼女は信じられないものを見るように、大きく目を見開いた。大戦は終わったはずだ。現界するための魔力供給はどうなっているのか、なぜこのフランスの、ただの学生寮に彼がいるのか。
思考が追いつかず、呆然とするレティシアをよそに、アストルフォはヒポグリフを空へ帰すと、そのまま窓枠を飛び越えて、レティシアの狭い自室へと軽やかに降り立った。
「どうしてって、決まってるじゃないか。キミに会いたかったからだよ!」
カチャリ、と鎧の触れ合う音を響かせ、アストルフォは一切の躊躇なく、レティシアの目の前まで駆け寄った。
その瞬間。
ただの女学生の狭い部屋が、一瞬にして『彼の色』に塗り潰された。
彼から漂う、むせ返るような甘い薔薇の香りと、驚くほど生々しく、火傷しそうなほどの『純度百パーセントのオスの熱気』が、レティシアの鼻腔と肌を直接撫で回したのだ。
「あ、会いたかったって……私、にですか? でも、私はもう、聖女様を宿してはいません。ただの、しがない学生で……っ」
「そんなのカンケーないよ!」
一歩後ずさろうとしたレティシアの言葉を遮り、アストルフォは彼女の両手を、自らの大きくて逞しい手できゅっと握りしめた。
「ひゃうッ!?」
レティシアの肩が、甘く跳ねる。
彼の体温は、異常なほど高い。秋の夕暮れの冷たい空気にさらされていたレティシアの指先から、魔術回路の芯を直接焼かれるような、どうしようもないオスの熱が流れ込んでくる。
「ボクはジャンヌに会いに来たんじゃない。キミに、レティシア自身に会いに来たんだ。……だってキミ、さっきすごく寂しそうな顔をして空を見てたじゃないか」
「それは……っ」
図星を突かれ、レティシアは言葉を詰まらせた。
『理性蒸発』のスキルを持つ彼だが、直感的に相手の本質を見抜く眼差しは、時に誰よりも鋭い。紫水晶(アメジスト)のように澄んだ彼の瞳に至近距離で見つめられ、レティシアの心臓が警鐘のようにドクン、ドクンと早鐘を打ち始める。
「キミはすごく頑張った。ボクたちと一緒に、世界を救うために命を懸けてくれた。……でも、戦いが終わって、キミ自身の心の穴は、誰も埋めてくれなかったんじゃない?」
「アストルフォ、様……っ」
アストルフォの大きな手が、レティシアの震える指先から離れ、ゆっくりと彼女の頬に添えられた。
硬い手袋越しではない。素手の、滑らかで、あまりにも温かい指の腹が、レティシアの頬をそっと、慈しむように撫でる。
その底なしに優しすぎる感触と、絶対的な肯定感に触れた瞬間、レティシアの瞳から不意にポロリと一粒の涙がこぼれ落ちた。
「あ……ご、ごめんなさい。私、どうして……。ずっと、平気だったのに……っ」
「泣いてもいいんだよ。キミはずっと、一人で張り詰めてたんだから。……でも、ボクが来たからには、もう寂しいなんて絶対に言わせない」
アストルフォは親指で彼女の涙を拭うと、さらに一歩、距離を詰めた。
二人のつま先が触れ合うほどの至近距離。
レティシアが見上げると、アストルフォの瞳は先ほどまでの無邪気な少年のそれから、明確な『熱』と、逃げ場のない『独占欲』を孕んだ、静かで狂おしい情熱の色へと完全に変わっていた。
「キミのその空っぽな気持ち、ボクが全部……甘くて、とろとろの幸せで、いっぱいいっぱいにしてあげる」
囁くような声は、耳の奥の鼓膜を直接舐め上げるように甘く、低い。
レティシアの思考が、強烈な熱に当てられて白く溶け始める。
彼の熱い吐息が、すぐ目の前で自分の唇にかかっている。普通の学生に戻らなければいけないという僅かな理性が、彼から発せられる圧倒的な『オス』の引力の前に、砂上の楼閣のように崩れ去っていく。
「アストルフォ様……私……あなたのこと……っ」
「ん。ボクもだよ、レティシア」
言葉の続きは、重なり合う唇によって溶かされた。
ちゅっ、と。静かな学生寮の自室に、甘い水音が響く。
最初は確かめ合うような、小鳥のついばみのような優しい触れ合い。しかし、レティシアが安心したように、いや、陥落を認めたように小さく吐息を漏らした瞬間。
アストルフォの太く逞しい腕が、彼女の制服越しの華奢な腰に力強く巻き付き、逃げ場を奪うように身体を完全に密着させた。
「んっ……ぁ……!?」
「レティシア、口……開けて?」
甘くねだるような、けれど絶対的な力を持った声とともに、アストルフォの顔の角度が変わる。
抗う暇もなく、彼の滑らかな舌がレティシアの震える唇の隙間を割り、無防備な口腔内へと容赦なく侵入してきた。
「んんッ……!! ふぁ……あっ、アストルフォ、様……っ、んちゅ……っ、れろ……っ」
村娘としての慎ましい生活や、厳格な寮生活の中では決して知ることのなかった、濃密で、熱を孕んだ大人の口付け。
アストルフォの舌が、彼女の舌を深く絡め取り、上顎を撫で、甘い唾液を貪るように味わい尽くす。息を吸い込むたびに、彼特有のむせ返るような薔薇の香りが肺の奥深くまで満ちていき、レティシアの頭の中を白く、ドロドロに染め上げていく。
「はぁっ……ん、あっ……だめ、そんなに深く……っ、息が……っ」
「ははっ、レティシア、すっごく可愛い。身体、ビクビク震えてるよ……。もっと、ボクのこといっぱい感じて?」
アストルフォの大きな手が、レティシアの背中から腰へと滑り落ち、彼女の身体をさらに自分の方へと引き寄せる。
質素な制服越しに、彼のしなやかな筋肉の硬さと、子宮の奥底まで届きそうなほどの圧倒的な熱量が直接伝わってくる。
「あぁぁっ……! ぁ、あ……っ! アストルフォ様の、匂い……っ、熱い……っ」
膝から力が抜け、その場に崩れ落ちそうになるレティシアを、アストルフォは強引に、けれどひどく大切に抱き留めたまま。
彼女が『ただの学生』であるという過去を完全に焼き尽くし、「彼なしでは生きられない極上の妻(メス)」へと生まれ変わらせるための熱い口付けを、何度も何度も角度を変えて、深く貪り続けた。
茜色の空が徐々に夜の闇へと溶け込んでいく中、フランスの片田舎の学生寮の片隅で。
二人の熱い吐息と、甘く卑猥な水音だけが、永遠に途切れることなく響き続けていた――。