fate/Apocrypha偽書 千人斬りのアストルフォ 作:鰻天ぷら
茜色に染まっていたフランスの空は、いつしか深い瑠璃色の夜闇へと沈んでいた。
秋の冷たい夜風が寮の裏庭を吹き抜ける中、開け放たれた三階の窓辺で、アストルフォとレティシアの影は一つに重なり合ったまま、幾度となく濃密な口付けを交わしていた。
学生らしい質素なブラウス越しにも伝わってくる、彼のがっしりとした胸板の硬さと、常人離れした高い体温。
レティシアの頭の中は、彼から絶え間なく与えられる甘い麻痺にすっかり侵され、ついに膝からガクンと崩れ落ちそうになった。
「んっ……ふぁ……ぁ……アストル、フォ様……もう、だめ……っ、足が……っ」
「ははっ、ごめんごめん。ボク、レティシアがすっごく可愛くて、ちょっと夢中になりすぎちゃった」
ちゅっ、と最後に名残惜しそうに唇を啄むと、アストルフォはレティシアの細い腰をしっかりと抱き留めた。
荒い息を吐きながら彼の胸に顔を埋めるレティシアの耳に、トクトクと力強い彼の心音が聞こえてくる。それは、かつての神話の戦場で背中を預け合った頼もしい騎士の鼓動であり、同時に、今この瞬間、自分という『女』を強烈に求めている一人の『オス』の鼓動でもあった。
「……夜風が冷たくなってきたね。レティシアの身体、少し冷えてる。風邪引いちゃう前に、窓、閉めようか」
「へ……? あ、はい……っ」
「それに……ここでこのまま続きをしたら、寮の他の子たちや、寮母さんに見られちゃうでしょ?」
悪戯っぽくウインクするアストルフォに、レティシアはボッと顔を真っ赤にした。
続き。その言葉が意味する甘く危険な響きに、心臓が早鐘を打つ。
ここは男子禁制の厳格な学生寮だ。こんな夜更けに男の人を……それも、ずっと憧れ焦がれていた英霊を自室に招き入れたままにするなど、真面目な学生として生きてきた彼女にとっては破廉恥の極みだった。
しかし、アストルフォの服の裾をきゅっと握りしめている自分の指先は、どうしてか彼を突き放すことができなかった。
パタン、と。
アストルフォが窓を閉め、カーテンを引く。
***
月明かりだけが頼りの、狭く質素な学生寮の自室。
インクと古い紙の匂いが微かに漂うその部屋の、一人用の小さなベッドに、レティシアはちょこんと腰掛けた。
ランプに火を灯すことすら躊躇われ、薄暗闇の中で二人の荒い息遣いだけがやけに生々しく響いている。
「アストルフォ様……あの、こんな殺風景な部屋で、ごめんなさい……っ」
「全然! ボク、こういう落ち着く場所って好きだよ。キミの匂いがいっぱいするしね。……それに」
アストルフォは音もなくレティシアの前に膝をつくと、彼女の履き古した革靴へと手を伸ばした。
「あっ……だ、だめです! そんな、英霊であるアストルフォ様に、靴を脱がせるなんて……」
「ボクがやりたいからやってるんだよ。キミは、大人しくボクに甘やかされていればいいの」
有無を言わさぬ、しかしどこまでも甘い声。
アストルフォの手によってゆっくりと靴が脱がされ、素足が露わになる。冷え切っていた彼女の足先に、彼の手のひらの異常なほどの熱がじんわりと伝播していく。
足首から、ふくらはぎ、そして膝頭へ。
制服のスカートの裾を少しだけ押し上げるようにして撫で上げるその手つきは、羽毛のように優しく、それでいてじっとりとした濃密な色気を孕んでいた。触れられるたびに、レティシアの身体がビクッ、ビクッと小さな痙攣を起こす。
「ひゃっ……あ……アストルフォ、様……そこ、は……だめ、です……っ」
「ねえ、レティシア。さっきからずっと、ボクのこと『アストルフォ様』って呼んでるよね」
膝の裏を撫でていた彼の手が止まり、下から覗き込んでくる紫水晶(アメジスト)の瞳と視線が絡み合った。
月明かりに照らされた彼の端正な顔立ちは、ぞっとするほど美しく、そして逃げ場のないオスの魅力を放っていた。
「ボクたちはもう、サーヴァントとマスターの陣営でもないし、聖女とその依り代でもない。……ただの、男と女だよ。だから、そんな他人行儀な呼び方、やめて?」
「でも……私は、ただの田舎の学生で……」
レティシアの瞳が、ふいっと伏せられる。
「聖女様のような気高さも、魔術師のような特別な力も、何もない……ただの空っぽの器だった、女です。大戦が終われば、誰も私になんて見向きもしない。……あなたのような光り輝く方に、愛される資格なんて……っ」
ポツリ、ポツリと。寮のベッドの上でずっと一人で抱え込み、封じ込めていた劣等感が口をついて出た。
特別な何かになれた気がしていたのは錯覚で、結局自分は何者でもなかったという虚無感。それが、彼女をずっと苦しめていたのだ。
しかし、アストルフォはそんな彼女の悲痛な言葉を、優しく熱い唇で塞いだ。
ちゅ、と短いキスを落とし、彼女の膝の上に置かれた震える両手を強く、力強く握りしめる。
「キミは空っぽなんかじゃない。大戦の時、キミ自身の意志でジークを助けようとしたこと、他の誰かを守ろうと必死に走ってたこと……ボクは、ちゃーんと見てた」
アストルフォは立ち上がると、レティシアの隣(狭いベッドの上)に腰を下ろし、彼女の華奢な肩を抱き寄せた。
「ジャンヌの影なんて追わなくていい。ボクは、今ここで震えてる『レティシア』に触れたいし、レティシアをめちゃくちゃに甘やかしたいんだ。……だめ、かな?」
耳元で囁かれる、甘く低い声。
その言葉に、レティシアの目から堰を切ったように涙が溢れ出した。
自分自身を、こんなにも真っ直ぐに肯定し、欲しがってくれる存在。彼から発せられる圧倒的な熱量と愛情の前に、彼女がずっと纏っていた『真面目な女学生』という分厚い鎧は、跡形もなく完全に融解した。
「……っ、アストルフォ……! アストルフォ……っ!」
レティシアは泣きじゃくりながら、自らアストルフォの首に腕を回し、その胸に思い切り飛び込んだ。
もう、何も我慢したくなかった。彼に触れてほしい。彼で満たしてほしい。
「うん。……いい子だね、レティシア」
アストルフォは愛おしそうに彼女の背中を撫でると、そのままゆっくりと、彼女の身体を狭いベッドへと押し倒した。
古いスプリングが、ギシ、と小さな音を立てる。
仰向けになったレティシアの上にすっぽりと覆い被さるようにして、アストルフォは彼女の涙に濡れた頬、目尻、そして唇へと、雨あられのように熱いキスを降らせた。
「んんっ……ふぁ……あ、アストルフォ……すき、です……私も、あなたのこと……っ」
「嬉しい。ボクもだよ。……レティシア、キミの素肌、もっと見せて?」
アストルフォの熱い指先が、レティシアのブラウスの胸元のリボンへと伸びる。
スルリとリボンが解かれ、ボタンが一つ、また一つと外されていく音が、静寂の部屋に異様なほど生々しく響き渡る。
夜のひんやりとした空気が露わになった胸元や鎖骨を撫でたのも束の間、すぐにそれを上書きするように、アストルフォの滑らかで熱い唇が首筋から肩のラインへと這い降りてきた。
「ああっ……! そ、こ……だめっ、んんっ……!」
「しーっ……レティシア、あんまり大きな声出したら、隣の部屋の子に聞こえちゃうよ?」
「あ……っ、んぐ……っ」
アストルフォに甘く窘められ、レティシアは必死に自らの口元を手の甲で覆い、声を殺した。だが、それが逆に彼女の羞恥心を煽り、身体の奥底の疼きを爆発的に加速させる。
鎖骨の窪みに舌を這わせ、甘噛みする。
「痛くない? 怖くない?」と気遣うような優しい手つきとは裏腹に、彼の唇と舌が与える快楽は容赦がなく、レティシアの理性を根こそぎ奪っていく。
ブラウスが肩からずり落ち、月明かりの下に、女学生の健康的ながらも白く柔らかな素肌が曝け出された。
「すごく綺麗だよ、レティシア……。身体、こんなに熱くなってる。ボクに触られて、嬉しい?」
「あっ、はぁっ……! は、い……嬉しい、です……アストルフォに、触られて……私、おかしくなりそう……っ」
恥じらいで顔を真っ赤に染め、声を殺しながらも快感に身をよじって彼の手を求めるレティシア。その無防備で純粋な反応に、アストルフォの瞳の奥で、オスとしての情欲の炎がさらに激しく燃え上がった。
「おかしくなっちゃえばいいよ。朝が来るまで、キミの頭の中、ボクのことだけでいっぱいにさせてあげるから……っ」
アストルフォの大きく熱い手が、薄い肌着越しに彼女の柔らかな膨らみを、下から掬い上げるように力強く包み込んだ。
「ひぐッ……!! ぁ、あぁああっ……!!」
レティシアの口から、声にならない、ひどく甘く蕩けた嬌声が弾けた。
男子禁制の学生寮の、誰にも見られない屋根裏のベッドの上で。
かつて聖女の影に隠れ、劣等感を抱えていた一人の少女が、愛する騎士の圧倒的な熱情によって、骨の髄まで『本当の女(妻)』へと作り替えられていく濃密な夜が、今まさに幕を開けたのだった――。