fate/Apocrypha偽書 千人斬りのアストルフォ 作:鰻天ぷら
古いスプリングが軋む音が、静寂の学生寮の自室にどこまでも甘く、そして淫らに響き続けていた。
「あっ、あぁっ……! アス、トルフォ……っ、んんっ……!」
月明かりだけが差し込む薄暗闇の中。一人用の狭いベッドの上で、レティシアの白く柔らかな身体は、アストルフォがもたらす熱情の波に完全に飲み込まれていた。
聖女の器に選ばれるほど清廉に生きてきた彼女にとって、それは未知にして圧倒的な快楽の奔流だった。彼のがっしりとした身体が押し付けられるたび、皮膚の下を走る血液が沸騰するような錯覚に陥る。
普段は真面目な顔をして机に向かっているだけの彼女の身体が、今は彼という一人のオスの熱にひどく敏感に反応し、艶めかしく弓なりに反り返っていた。
「レティシア……可愛い、すごく熱いよ。キミの中、ボクのことでいっぱいに、なってる……?」
「は、いっ……! いっぱいです、あなたの熱で……私、おかしくなりそう……っ!」
耳元に吹き込まれる、甘く掠れた彼の声。
それに呼応するように、レティシアは無意識のうちにアストルフォの背中に爪を立て、彼をさらに深く自分へと引き寄せた。
空っぽだったはずの心と、身体の髄までが、彼という存在で満たされていく。
ジャンヌ・ダルクの影でもなく、ただの平凡な学生でもない。
今この瞬間、彼の腕の中で泣きじゃくりながら、声を殺して快感に身をよじる自分は、間違いなく一人の『女』だった。
「だめっ、もう……あ、ああっ……!」
アストルフォの唇が彼女のうなじに熱い刻印を落とした瞬間。
レティシアの身体は、これまでで最も高く甘い嬌声を(自らの手で必死に口を塞ぎながら)上げて、白く弾けるような絶頂の波へと沈んでいった。
***
――翌朝。
寮の自室の小さな窓から、朝露に濡れた冷たくも澄んだ空気が流れ込んでくる。遠くで小鳥のさえずりが聞こえ、フランスの片田舎の学校はいつもの静かな朝を迎えようとしていた。
「……ん、んっ……」
レティシアは、全身を包み込むような心地よい重みと、火傷しそうなほどの温もりの中でゆっくりと目を覚ました。
まぶたを開けると、すぐ目の前にはアストルフォの穏やかな寝顔があった。桜色の髪が乱れ、無防備にすうすうと寝息を立てている。薄い寮の毛布の下で、二人の素肌は一糸纏わぬまま、ぴったりと密着していた。
(あ……私、本当に……)
昨夜の激しく、そしてとろけるように甘かった営みの記憶がフラッシュバックし、レティシアの顔がカッと熱くなる。
首筋や鎖骨、そして毛布に隠された柔らかな胸元には、彼が執拗に吸い付いて残した赤い紅葉のような痕がいくつも散らばっていた。下腹部の奥には、彼を限界まで受け入れたことによる、気怠くも甘い痛みが微かに残っている。
「……ふふっ」
レティシアは愛おしさを抑えきれず、そっと手を伸ばしてアストルフォの頬に触れた。
もう、心の中に空虚な穴はない。私は、この眩しいくらいに美しくて優しい騎士様に、一人の女の子として愛されたのだ。大戦が終わっても、私を見てくれる人がいた。その事実が、たまらなく嬉しかった。
「……ん。レティシア、おはよ」
頬に触れた手のひらに擦り寄るようにして、アストルフォが目を覚ました。
紫水晶(アメジスト)の瞳がとろんと潤んだままレティシアを見つめ、ふにゃりとだらしなく、最高に可愛い笑顔を浮かべる。
「おはよう、アストルフォ」
自然と、その名前が口をついて出た。もう『様』はつけない。それは昨夜、何度も何度も彼に耳元で囁かれ、約束させられたことだった。
「うん、いいお顔。昨日の夜、あんなに泣いてボクにしがみついてたのに」
「っ〜〜! も、もう! そのことは言わないでって……っ」
顔を真っ赤にして毛布を頭まで被ろうとするレティシアを、アストルフォは笑いながら力強く抱き寄せた。
素肌と素肌が擦れ合い、朝の冷気など嘘のように毛布の中の温度が跳ね上がる。彼のがっしりとした腕の中にすっぽりと収まりながら、レティシアは安心しきったようにその胸に頬をすり寄せた。
「あのね、アストルフォ。私……もう、空っぽじゃないわ」
「うん。知ってる」
「あなたが、私の全部を満たしてくれたから。……私を見つけてくれて、本当にありがとう」
レティシアが少しだけ上目遣いで微笑むと、アストルフォは嬉しそうに目を細め、彼女の額にちゅっと優しいキスを落とした。
「ボクの方こそ、レティシアの可愛いところ、いっぱい知れて大満足だよ! ……でもね」
アストルフォは少しだけ身を起こし、真剣な瞳でレティシアを見つめた。
「ボクは、ずっとこの寮にはいられないんだ」
「……ええ。わかっています」
レティシアの瞳に、悲しみの色はなかった。
彼は風のように自由な英霊だ。一つの場所に縛り付けることなどできないし、してはいけない。昨夜、彼と身体を重ね、その途方もないスケールの魂に触れた彼女には、それが痛いほどよくわかっていた。
「ボク、もっと色んな世界を見て回りたいんだ。まだ見ぬ出会いとか、面白い冒険とか、そういうのがボクを呼んでる気がするから!」
「ふふっ、あなたらしいわ。……いってらっしゃい、アストルフォ。私のことは心配しないで」
レティシアは身を起こすと、脱ぎ捨てられていた彼のシャツを拾い上げ、そっと背中に羽織らせた。
「でも、絶対に忘れないでね。あなたが帰ってくる場所は、ここにもあるってこと」
「もちろん! 世界中をぐるっと回って、最高に面白いお土産話を持って、またキミの窓から飛び込んでくるよ!」
二人は朝の光の中で、今度は別れを惜しむような、けれど互いの未来を祝福するような、深くて長いキスを交わした。
***
寮生たちが目を覚ます前の、薄暗い早朝。
学校の裏山のひらけた場所で、アストルフォは完全な武装姿に戻り、幻獣(ヒポグリフ)の横に立っていた。
レティシアは寮の制服の上にカーディガンを羽織った姿で、彼を見送りに来ていた。
「それじゃあ、レティシア。またね!」
「ええ。道中、気をつけて。……無理をして怪我などしないようにね。あと、あまり他の女の子を泣かせちゃだめよ?」
まるで長年連れ添った妻のような口調で小言を言うレティシアに、アストルフォは「はーい!」と無邪気に笑ってヒポグリフの背へと飛び乗った。
「ヒポグリフ、出発! 次の冒険がボクたちを待ってるよ!」
鋭い鳴き声とともに、巨大な幻獣が力強く大地を蹴る。
巻き起こる突風にスカートの裾を押さえながら、レティシアは空高く舞い上がっていく桜色の騎士の背中を、いつまでも見上げ続けていた。
朝日が昇り、彼女の頬を明るく照らす。
その表情には、聖女の影に怯え、虚無感を抱えていた頃の弱々しさは微塵もなく。一人の男の愛を知り、彼を信じて待つ『女(妻)』としての、強く美しい輝きが満ちていた。
***
「ひゃっほーー!! やっぱり空の旅は最高だね!」
フランス上空。
眼下に広がる広大な緑の大地を見下ろしながら、アストルフォは手綱を握り歓声を上げていた。
ルーマニアでフィオレの重圧を溶かし、フランスでレティシアの空虚を愛で満たした。彼の内には、二人の少女から与えられた温かい想いが、確かな熱となって息づいている。
「さてさて! 次はどこに向かおうかなぁ」
『理性蒸発』のスキルの赴くまま、アストルフォはヒポグリフの首を撫でながら思考を巡らせる。
西へ行くか、北へ行くか、それとも海を越えるか。
と、その時だった。彼の並外れた直感が、遠く離れた別の土地から、何やら途方もなく巨大で、規格外の『魔力の気配』をふわりと感じ取ったような気がした。
「……ん? なんだろう、今の。なんか、すっごく破天荒で、面白そうな匂いがするぞ……!?」
それは、魔術師などという枠組みに収まらない、世界そのものを書き換えるような桁違いの存在感。
普通の英霊であれば警戒して避けるような気配だが、好奇心の塊であるアストルフォにとっては、最高に魅力的な道しるべでしかなかった。
「よし、決まり! ヒポグリフ、あの気配の方へ飛んでみよう! 絶対に何か面白い出会いが待ってるはずだよ!」
ヒポグリフが高らかにいななき、進路を大きく変更する。
アストルフォは目を輝かせ、まだ見ぬ未知との遭遇――のちに彼と意気投合することになる、さすらいの『魔法使い』との出会いを求めて、風を切って一直線に空を駆けていった。