fate/Apocrypha偽書 千人斬りのアストルフォ 作:鰻天ぷら
時計塔、現代魔術科(ノーリッジ)の長く冷たい石造りの廊下。
いつもなら権謀術数が渦巻くこの場所を、エルメロイの次期当主であるライネス・エルメロイ・アーチゾルテは、信じられないほど上機嫌に鼻歌を歌いながら歩いていた。
(……ふふっ。昨夜の彼も、本当にデタラメで、最高だったじゃないか。……ああ、思い出しただけで、身体の奥が……っ)
ライネスは、豪奢なドレスの裾を揺らしながら、自らの下腹部をきゅっと引き締めた。
彼女の魔術回路は、アストルフォが注ぎ込んだ常軌を逸した魔力と「オスの熱」によって完全に変質しており、時計塔の冷たい空気に触れていても、彼を思い出すだけで子宮の底から甘い蜜が溢れ出しそうになるのだ。
彼女の身体からは、最高級の香水でも隠しきれない、むせ返るような薔薇の香りと、一人の男に極限まで愛され、乱されている『女の匂い』が濃厚に漂っていた。
「……あ、あの……ライネス、様……?」
不意に、廊下の角から、すっぽりと灰色のフードを被った小柄な少女が現れた。
ロード・エルメロイⅡ世の内弟子であり、霊的な事象や気配に極めて敏感な少女――グレイである。
「おや、グレイじゃないか。兄上の胃薬の買い出しかい?」
ライネスは足を止め、余裕たっぷりの(しかしひどく艶めかしい)笑みを向けた。
「は、はい……。お師匠様、最近ずっと頭を抱えて、胃を押さえていらっしゃるので……。あの、ライネス様……」
グレイは、フードの奥の翡翠色の瞳を瞬かせ、くんくんと小動物のように鼻を動かした。
「なんだい?」
「その……ライネス様から、すごく、甘くて……お花のような匂いがします。それに、魔力の気配も……なんだか、すごく熱くて、トロトロに溶けているような……。お風邪、ですか……?」
グレイの純真無垢な(そして魔術的な真理を正確に突いた)質問に、ライネスは一瞬言葉を詰まらせ、次いで顔をカッと赤く染めた。
次期当主としての威厳を保とうとするが、彼女の脳裏には、ベッドの上でアストルフォに泣き叫びながら快楽を乞う自分自身の淫らな姿がフラッシュバックしてしまったのだ。
「か、風邪じゃないさ! これは、その……! 優秀な使い魔から供給された、極上の魔力(熱)の余韻なのだよ! ……ああ、彼は本当に凄まじくてね。私の冷たいところを、指先一つで全部ドロドロに溶かして……頭の中が真っ白になるまで、何度も、何度も……っ」
ライネスの口から、無自覚に限界ギリギリの惚気(というか情事の暴露)が漏れ始める。
彼女の青い瞳は完全にトロンと濁り、呼吸は荒く、両手で自らの火照った頬を押さえて身悶えしそうになっていた。
「え、えっと……? ライネス様……? お顔が、すごく赤いですし、息も……っ」
純粋なグレイは、ライネスの異常なまでの『メスの発情』に戸惑い、心配そうに一歩近づこうとした。
その、まさに瞬間だった。
「グレイッ!! 待て、それ以上その女に近づくなァァァッ!!」
廊下の奥から、書類の束をかなぐり捨てながら、ロード・エルメロイⅡ世が血相を変えて猛ダッシュで駆けつけてきたのだ。
「お、お師匠様!?」
「離れろグレイ! 今のそいつはエルメロイの『次期当主』などではない! 圧倒的な色欲の特異点に精神を完全に書き換えられ、常時周囲に『底なし沼』のフェロモンを撒き散らす歩くバイオハザードだ! お前までその甘い毒に当てられたら、私はもう……私はもう……ッ!!(胃痛)」
Ⅱ世はグレイの肩をガシッと掴み、ライネスから強引に引き剥がして背中にかばった。
「失礼なことを言うじゃないか、兄上。私はただ、あの可愛くて仕方ない騎士殿に、骨の髄まで愛されている幸福な女というだけさ。……ふふっ、グレイも大人になれば、あのデタラメな熱の素晴らしさがわかるはずだよ?」
ライネスは蠱惑的に舌なめずりをして、くすくすと笑いながらその場を立ち去っていった。
「……お師匠様。あの、ライネス様が仰っていた『騎士殿』というのは……?」
「聞くなグレイ。絶対に聞くんじゃない。……ああ、胃が……胃が痛い……ッ」
純真な少女を必死にアストルフォの毒牙(ハーレムの引力)から守ろうとするⅡ世の絶望的な叫びが、時計塔の冷たい廊下に虚しく響き渡っていた。