※この作品はR-18です。

fate/Apocrypha偽書 千人斬りのアストルフォ   作:鰻天ぷら

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アイリスフィール・フォン・アインツベルン編①

ロンドン市街から車で北へ数時間。

深い森の奥深くに、アインツベルン家がこの度の作戦のために用意した、冷たく荘厳な古城(別荘)がそびえ立っていた。

 

城の最奥に位置する、暖炉の火すら灯されていない氷室のような謁見の間。

そこには、純白のドレスに身を包んだ一人の美しい女性が、水晶球の前に静かに跪いていた。

 

銀の糸のような長い髪、雪のように透き通った白い肌、そして、赤いルビーのように美しいが、一切の感情の揺らぎを持たない無機質な瞳。

アインツベルンの最高傑作たるホムンクルス――アイリスフィール・フォン・アインツベルンである。

 

『……よいか、アイリスフィール。ルーマニアでの聖杯大戦を生き延びたあの英霊(アストルフォ)は、ダーニックに奪われた我らが大聖杯の行方を知る、唯一の鍵やもしれん』

 

水晶球の向こうから、アインツベルンの長であるユーブスタクハイト(アハト翁)の、氷のように冷酷な声が響く。

 

『対象は、現在エーデルフェルトの小娘どもの庇護下にある。力ずくで奪うのは被害が大きい。……お前の任務は、対象をこの城に招き入れ、自らの肉体を以て対象を「魅了」し、情報を引き出した上で、完全に我らが手駒として洗脳・拘束することだ』

「……御意に。御身の悲願、必ずやこのアイリスフィールが果たしてご覧に入れます」

 

アイリスフィールの声には、恐怖も、そして己の肉体を差し出すことへの羞恥や躊躇いも、微塵も存在しなかった。

彼女はつい最近、この任務のためだけに鋳造されたばかりの『人形』。魔術回路の質と容姿は歴代最高だが、人間としての情緒は極限までオミットされているのだ。

 

『頼んだぞ。セラ、リーゼリット。お前たちもアイリスフィールのサポートと、城の防衛を怠るな』

「「はっ」」

 

アイリスフィールの背後に控えていた、メイド服姿の二人のホムンクルスが恭しく頭を下げる。

通信が切れ、謁見の間に再び冷たい静寂が戻った。

 

「……アイリスフィール様。先程、対象の滞在するエーデルフェルト邸への『招待状』の送付と、馬車の出迎えが完了いたしました」

 

セラが、感情の薄い声で報告する。

 

「ご苦労様。……対象の嗜好のデータは頭に入っています。私は彼に微笑みかけ、肌を触れさせ、脳の快楽中枢を刺激する魔術的アプローチで、彼の理性を溶かします。……ただの、作業です」

 

アイリスフィールは、自らの豊かな胸の膨らみや、完璧な曲線を描く腰つきを、まるで無機質な兵器のスペックを確認するように見下ろした。

彼女はまだ知らない。自分がこれから対峙する男が、いかなる魔術的アプローチ(ハニートラップ)も児戯にしてしまうほどの、常軌を逸した『オスの熱量と肯定感』を持ったバケモノであるということを。

 

***

 

同時刻、エーデルフェルト別邸・メインリビング。

 

「オーッホッホッホッホ! 随分と古典的な手を使ってきますわね、北の古狸は!」

 

ルヴィアゼリッタが、黒い封蝋のされた手紙をヒラヒラと揺らしながら、底意地の悪い笑い声を上げた。

 

「アインツベルンからの招待状……。表向きは『魔術的知見の交流のための晩餐会』となっているけれど、狙いは間違いなくアストルフォね」

遠坂凛が、紅茶を啜りながら呆れたようにため息を吐く。

すっかりこの愛の城(ハーレム)の住人として定着した彼女の首筋には、昨夜アストルフォにつけられたばかりの赤いキスマークが、誇らしげに(そして少し色っぽく)覗いていた。

 

「ええ。噂によれば、最高傑作のお人形さんをハニートラップ用に用意したとか。……ふふっ、本当に笑わせてくれるわ」

蒼崎青子が、ソファーでアストルフォの膝枕を堪能しながら、紫煙を吐き出す。

 

「わあ! お出かけ!? 北のお城に行くの!?」

 

ヒロインたちのただならぬ気配など全く気にした様子のないアストルフォは、青子の長い髪を指で梳きながら、目を輝かせていた。

 

「ああ、騎士殿。君は向こうの『お姫様』から、熱烈なラブコールを受けているのさ。……どうする? 私たちは君が断るなら、この招待状を破り捨てても一向に構わないが」

 

ライネスが、蠱惑的な瞳でアストルフォを見つめる。

 

「行く行く! だって、お城でお茶会なんてすっごく楽しそうじゃないか! それに、そのアインツベルンのお姫様も、きっとボクとお友達になりたいんだよ!」

 

全く疑うことを知らない、底抜けの肯定。

その言葉に、リビングにいたヒロインたちは全員、顔を見合わせてクスリと(そしてひどく妖艶に)笑い合った。

 

「……仕方ありませんわね。あなたの純粋な心(と、とんでもない性欲)には、どんな罠も通用しないとわかっていますけれど。一応、護衛としてわたくしと、遠坂、そして蒼崎先生が同行いたしましょう」

 

ルヴィアが立ち上がり、優雅にドレスの裾を翻す。

 

「お姉ちゃん、アストルフォさんのこと、よろしくお願いしますね。……向こうのお人形さんに、あの方の『本当の熱』をたっぷり教えてあげてきてくださいな」

 

留守番となる桜が、アストルフォの頬にちゅっとキスをして、凛に向かって極上の共犯者の笑みを向けた。

 

かくして、エーデルフェルトの精鋭(完全にアストルフォにメロメロにされた強者組)を引き連れ、桜色の騎士はアインツベルンの冷たい城へと乗り込んでいくこととなった。

 

***

 

数時間後。アインツベルンの古城・エントランス。

 

重厚な両開きの扉が開き、ロンドンの冷たい夜風と共に、アストルフォたちが城内へと足を踏み入れた。

 

「ようこそおいでくださいました、アストルフォ様。そして、エーデルフェルトの皆様」

 

吹き抜けのエントランスの正面。

大理石の階段の上から、純白のドレスに身を包んだアイリスフィールが、セラとリーゼリットを従えて、完璧な礼の姿勢をとっていた。

 

(……来た。これが、ターゲット。私の美貌と魔術で、骨抜きにすべき男……)

 

アイリスフィールは、赤い瞳の奥で冷徹に計算を回しながら、ゆっくりと階段を下りてアストルフォの目の前へと歩み寄った。

 

「初めまして、アストルフォ様。私がこの城の主、アイリスフィール・フォン・アインツベルンです。……遠路はるばる、よくお越しくださいました」

 

アイリスフィールは、マニュアル通りの「男を魅了するための完璧な微笑み」を浮かべ、自らの白く滑らかな手を、アストルフォに向けて差し出した。

予定では、彼がこの手を取った瞬間に、微弱な魅了の魔力を流し込み、彼の意識を自分に釘付けにするはずだった。

 

「わぁ……っ!」

 

アストルフォは、アイリスフィールの顔を見るなり、紫水晶の瞳を大きく見開いた。

 

「キミがアイリスフィール!? すっごく綺麗! 雪の妖精さんみたいだね!」

 

ガシッ!!

 

アストルフォは、アイリスフィールの差し出した右手を握る……のではなく。

その勢いのまま一歩踏み込み、彼女の華奢な身体を、両腕で力強く、すっぽりと抱きしめてしまったのだ。

 

「……えっ?」

 

アイリスフィールの赤い瞳が、初めて微かな驚きに瞬いた。

魅了の魔術を流し込む隙など、全くなかった。それどころか、彼女の完璧な計算式は、一瞬にしてショートしてしまった。

 

――熱い。

 

彼女の氷のように冷たいホムンクルスの身体に、アストルフォのがっしりとした胸板から、常軌を逸した『火傷しそうなほどの体温』が、ドレスの布地を貫通して直接叩き込まれたのだ。

 

「あ……、あの……アストルフォ、様……? これは、いったい……」

「ごめんね! アイリスフィール、手がすっごく冷たかったから! ボクが温めてあげるね!」

 

アストルフォの顔が、アイリスフィールの首筋のすぐ横に沈み込む。

 

「……っ!?」

 

彼の熱い吐息が、彼女の敏感な耳たぶを直接掠めた。

同時に、鼻腔を容赦なく犯してくる、むせ返るような薔薇の香りと、濃密なオスのフェロモン。

 

「あ……ぁ……っ」

 

感情も、情欲も持たないように作られたはずの彼女の身体。

しかし、魔術回路の最も根源的な部分(つまり、生命としての本能)が、彼の圧倒的な熱量に反応し、アイリスフィールの子宮の奥底で、ポッと、小さな、しかし熱い火種が灯ってしまったのだ。

 

(なに、これ……。私の身体が……警報(アラート)を……? いいえ、これは……熱い……すごく、心地よい、熱……っ?)

 

アイリスフィールは、アストルフォの腕の中から逃れようとするどころか、無意識のうちに、その熱源にすがりつくように、ほんの僅かに自らの身体を彼に押し付けてしまっていた。

 

その後ろで、ルヴィアと凛、そして青子は、その様子を見て呆れたように(そしてひどく妖艶に)肩を竦めていた。

 

「……開始数秒で、すでにあの人形の魔力波形が乱れていますわね。本当に、あの方の引力はデタラメですこと」

「ハニートラップを仕掛けたつもりが、自分から捕虫網に飛び込んじゃったわね。……ふふっ、可哀想に。あの熱を知ってしまったら、もう二度と『冷たいお人形』には戻れないわよ?」

 

凛と青子が、クスクスと共犯者の笑いを漏らす。

 

「セラ! リーゼリット! お城の案内、よろしくね! ボク、アイリスフィールとお話ししたいから、このまま抱っこしていくね!」

「えっ!? あ、アストルフォ様……っ! ま、お待ちください……っ、歩け、ますから……っ」

 

アストルフォは、完全に機能不全に陥って顔を微かに赤く染め始めたアイリスフィールを軽々とお姫様抱っこすると、そのままニコニコと城の奥へと歩き出してしまった。

 

冷徹な陰謀が渦巻くはずだったアインツベルンの城。

しかし、その絶対零度の結界は、桜色の騎士が放つ狂おしいほどの熱と肯定感によって、早くもドロドロに溶かされ、淫靡な甘い檻へと変貌を遂げようとしていたのだった――。

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