※この作品はR-18です。

fate/Apocrypha偽書 千人斬りのアストルフォ   作:鰻天ぷら

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アイリスフィール・フォン・アインツベルン編④

コッツウォルズの夜は深く、静寂に包まれていた。

マナーハウスの長く薄暗い廊下を、二つの影が足音を殺して歩いている。アインツベルンのメイドであるセラと、その背後を歩くリーゼリットだ。

 

セラの顔には、かつてないほどの焦燥と困惑が浮かんでいた。

彼女の魔術回路は、主であるアイリスフィールと繋がっている。そのリンクから伝わってくる生体バイタルが、先ほどから異常な数値を叩き出し続けているのだ。

 

「……あり得ません。アイリスフィール様の体温と心拍数が、人間の発熱時を遥かに超えて上昇し続けているなんて。それに、この魔力波形の乱れ……まるで、自らの存在そのものを別の何かに書き換えられているような……っ」

 

セラは銀のトレイ(鎮静用の冷たいハーブティーが乗っている)を持った手を微かに震わせた。

 

「……セラ、急ぐ」

 

いつもは感情の起伏が乏しいリーゼリットも、小首を傾げながらセラの背中を押す。彼女もまた、主の異常を感じ取っていたが、それ以上に、昼間のピクニックや夕食でアストルフォに頭を撫でられた時の「ぽかぽかとした感触」が、奇妙なほど自らの胸の奥に残り続けていることに、無自覚な戸惑いを覚えていた。

 

「わかっています! もしあの英霊が、アイリスフィール様に危害を加えようとしているのなら、私たちが……っ」

 

二人は、アイリスフィールに与えられた客室の重厚な木扉の前に辿り着いた。

息を呑み、ノックをしようとセラが手を伸ばした、その時だった。

 

『……あぁっ……はぁっ、あ……っ! アストルフォ、様……っ』

 

扉の向こうから漏れ聞こえてきた声に、セラの全身が雷に打たれたように硬直した。

 

それは、アインツベルンの最高傑作たる冷徹なホムンクルスが発するべき声では、決してなかった。

甘く、蕩けて、咽び泣くような……ただひたすらに、オスから与えられる極上の快楽を乞う、一人の雌としての嬌声だったのだ。

 

『アイリスフィール、すっごく温かい。……ボクの熱、もっと奥まで届いてる?』

『届いて、います……っ。私の、論理回路が……貴方の熱で、全部、焼き切れて……っ! お願い、もっと……私の中を、貴方でいっぱいに、して……っ!』

 

「な、ななな……っ!?」

 

セラの顔が、一瞬にして茹でタコのように真っ赤に爆発した。銀のトレイを取り落としそうになり、慌てて両手で口を塞ぐ。

 

「アイリスフィール、様が……あ、あんな、破廉恥な声を……っ!?」

 

『んひぃッ……!! ぁ、ああっ……! 好き……っ、アストルフォ様、私……貴方のこと、大好きです……っ』

 

扉の隙間から、むせ返るような薔薇の香りと、二人が交わることで生まれる強烈な愛の魔力(フェロモン)が廊下にまで漏れ出してくる。

それに触れた瞬間、セラの膝がガクンと折れそうになった。

扉の向こうの光景を想像しただけで、彼女自身の冷たいはずの身体の奥底が、ジンジンと甘く疼き始めてしまったのだ。

 

「……アイリ、熱そう。でも、すごく、嬉しそう」

 

リーゼリットが、扉に耳を当てながら、ぽつりと呟いた。彼女の白い頬もまた、微かに朱を帯びている。

 

「リ、リズ! 聞いてはだめです! 離れなさい!」

 

セラは涙目でリーゼリットの腕を引っ張るが、彼女自身もその場から逃げ出すことができない。圧倒的なオスの引力と、主が融解していく甘い気配に、彼女たち自身のホムンクルスとしての本能までもが、狂わされ始めていた。

 

***

 

扉の向こう側。

暖炉の火に照らされた豪奢なベッドの上では、アインツベルンの冷徹な思惑など完全に灰燼に帰していた。

 

「はぁっ……あ……ぁあ……っ」

 

純白のシーツに沈み込むアイリスフィールは、完全に衣服を剥ぎ取られ、雪のように白い素肌を惜しげもなく夜の空気に晒していた。

今まで誰の目にも触れられることのなかった純潔の身体。そこに、アストルフォの桜色の髪が揺れ、彼のがっしりとした両腕が、彼女の柔らかな曲線を逃さずに抱きしめている。

 

「アイリスフィール……。キミのお肌、最初は雪みたいに冷たかったのに、今はボクの腕の中で、すっごく熱くなって、桜色に染まってるよ」

 

アストルフォの指先が、彼女の汗ばんだ首筋から、形の良い双丘の谷間、そして引き締まった腹部へと、執拗に、そしてひどく艶めかしい手つきで這い下りていく。

彼の手が触れるたびに、アイリスフィールの身体がビクンッと大きく跳ねた。

 

「あぁっ……! だって、貴方が……っ。私の中に、こんな、熱い感情を……いっぱい、注ぎ込むから……っ」

 

彼女の赤い瞳は、兵器としての無機質な光を完全に喪失し、情欲と彼への絶対的な依存でドロドロに濁りきっている。

 

自分が罠を仕掛ける側だったことなど、もうどうでもよかった。

彼が自分を「お姫様」と呼び、この火傷しそうなほどの体温で抱きしめてくれるのなら、アインツベルンの悲願など永遠に忘れ去ってしまってもいい。

 

「ボクの熱、気持ちいい?」

 

アストルフォの顔が近づき、彼女の敏感な耳たぶを甘噛みする。

 

「んひぃッ……!! ぁ、はい……っ! 気持ちいい、です……っ。私の、冷たいところ……全部、貴方で溶かして……っ。私を、ただの、貴方を愛するだけの女の子に……して……っ!」

 

アイリスフィールは自ら腕を伸ばし、アストルフォの逞しい背中にすがりついた。

その切実な、初めての「我が儘」。

 

「うん……! アイリスフィールの全部、ボクが永遠に温めてあげる!」

 

アストルフォの限界まで高まった熱の塊が、アイリスフィールの最も深い場所、魔術回路の中心部を、慈しむように、けれど容赦のない深さで満たしていく。

 

「あぁぁぁぁぁっ……!! ぁ……あ……っ!! 好き……っ、アストルフォ様、愛しています……っ!!」

 

マナーハウスの静かな夜を引き裂くような、高く、甘い絶頂の嬌声。

彼女の身体の奥深くで、彼の規格外の熱と彼女の魔力が完全に混じり合い、爆発的な快感の波となって全身の神経を駆け巡る。

感情を持たなかった雪の妖精は、白目を剥きそうになるほどの快楽にのけぞりながら、何度も何度も絶頂の波に呑み込まれ、自らの意志で、彼という太陽の引力に永遠に囚われることを選んだのだった。

 

***

 

翌朝。

小鳥のさえずりが響くコッツウォルズの朝。

 

ダイニングルームでは、青子や凛、ルヴィアたちが、すでに優雅な朝食のティータイムを楽しんでいた。

 

「……あら。随分と遅いお目覚めですこと」

 

ルヴィアが、廊下から歩いてきた人物を見て、扇子を揺らして微笑んだ。

 

「おはようございます、皆様」

 

そこに現れたのは、アイリスフィールだった。

しかし、昨日までの「完璧な人形」としての冷たい空気は、完全に消え去っていた。

彼女の銀色の髪は艶やかに梳かれ、その頬はほんのりと桜色に染まり、赤い瞳には、世界中のすべての幸福を手に入れたような、柔らかく、むせ返るような女の艶が宿っていた。

歩くたびに、首元に刻まれた無数の赤いキスマークが覗く。

 

その後ろには、アストルフォがニコニコと笑いながら彼女の腰をしっかりと抱き寄せている。

 

「アイリスフィール、昨日はすっごく頑張ったから、まだ足がフラフラなんだよ! だからボクが支えてるの!」

「もう……アストルフォ様ったら。皆様の前で、恥ずかしいですわ……」

 

アイリスフィールは、アストルフォの胸板に頬をすり寄せ、ふにゃりと、完全に骨抜きにされただらしない(しかし極上に可愛らしい)笑顔を浮かべた。

 

「……はぁ。見事にドロドロね。これじゃあ、アハト翁も血圧が上がって倒れるんじゃないかしら」

 

青子がタバコを吹かしながら、呆れたように、しかし歓迎の意を込めて笑う。

 

「ふふっ。お義父様には、事後報告で『任務は失敗、私は愛に生きることにしました』とだけ伝えておきますわ」

 

アイリスフィールは、もはやアインツベルンへの忠誠など微塵も残っていない様子で、アストルフォに「あーん」と苺を食べさせてもらいながら答えた。

 

その光景を、ダイニングの入り口で呆然と見つめている二人のメイドがいた。

 

「ア、アイリスフィール様が……あんな、蕩けたお顔で……男に、甘えて……っ」

 

セラは、自身の主の変わり果てた(そして女として究極に幸せそうな)姿に、激しい混乱と、昨夜から続く得体の知れない胸の疼きに顔を真っ赤にしていた。

 

「アイリ、すごく幸せそう。……あのオトコの熱、すごい」

 

リーゼリットは、自らの白い手を胸に当て、トクトクと鳴る自分自身の鼓動を不思議そうに見つめている。

 

「おや、セラとリズも来たね! お腹すいてる? 一緒にご飯食べよ!」

 

アストルフォが、二人を見つけて満面の笑みで手を振る。

 

「ひゃっ!? わ、私たちは結構ですっ! メイドの分際で、同席など……っ」

 

慌てて逃げ出そうとするセラだったが、アストルフォの放つ底なしの包容力と、主をも溶かした絶対的なオスの熱量は、すでに彼女たちの冷たい論理回路のすぐ側まで、甘い魔の手を伸ばし始めていたのだった――。

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